追い付いたようです
続きでございます。
( へ;_ _)へ
薄暗い裏通りに光る月明かり、その光で見えた顔に、リリーはただただ呆然とする。
口を塞いでいた右手が離れたと言うのに、声を出す事さえ忘れてしまったかの様に。
「う~ん、その表情。もしかして、彼女達に何も聞かされてなかったのかな?」
ウィルの方も、予想外とでも言いたげな表情になる。
彼にしてみれば、あれだけリリーを庇う様に動いていた『同業者』のナルルスとポーリーナが、自分の正体を明かしていないとは思ってもいなかったのだ。
「なるほど、だからチグハグだったのか」
「?」
ふと考え込むウィルの姿に疑問顔のリリー。
護衛の間、ウィルが近付いても何ら警戒しないリリーの態度に『罠か?!』と警戒していたのだが、何の事は無い、ただの考え過ぎであったのだと理解したのだった。
「てっきり、俺の正体を知ってるもんだと思ってたからね~。だからこの街までは慎重に動いてたんだけどね」
そう語るウィルだったが、リリーは呆然と聞き流していた。
このバストラに到着するまでの間、気軽に話し掛けてくれていた冒険者仲間が、実は自分を狙っていたなどと。
「あの荒くれ者達に金までバラ撒いてまで仕掛けたんだけど、無駄だったかな~?」
ボソリと呟いたウィルのその言葉に、思わず顔を上げるリリー。
「あの人達……盗賊っぽい人達は……ウィルさん……が?」
やっとリリーが反応した事に、いつもの人の良さそうな笑顔を向ける。
何度もリリーに向けていた笑顔、しかし、今ではその笑顔が粉臭い、何か別のモノに見えていた。
「そうそう、あの盗賊達はね、俺達裏家業の下っぱも下っぱ。何の能力も無い、ただの力自慢達だよ。まぁ、こんな時は役に立つ……はずだったんだけどね」
そう言うと、リリーへと顔を近付けてくる。
思わぬ行動に硬直するリリーだったが、次の瞬間、視界がグルリと回転する。
『ごうっ』と耳鳴りがし、今、自分が何処に居るのかも分からない状態になる。
「な……何……が?」
フラフラと揺れる視界の中、暗闇から黒い塊が伸びていた。
闇と同化していそうなそれは、拳を握り締めた状態の腕だった。
「いや~こんなに早く追い付くなんて思ってもいなかったけどね」
何時もの様に軽口を叩くウィルだったが、その言葉の端は僅かに震えていた。
ウィル自身、索敵能力特化型であり、下手な弓使いよりも索敵範囲は広く、そして敏感だ。
現に今も、壁の向こうに息を潜めて隠れている住人すら感知しているのだ。
なのに、そんな自分の索敵に引っかかる事も無く、後ろに付かれるとは思っても見なかったのだ。
ウィルの後方から伸びて来た黒い腕は、ウィルの頭部を鷲掴みしようとしていた。
僅かに感じた風切り音に身を翻してみれば、頭部ギリギリの所を拳が通過していったのだ。
『あと少し反応が遅れていれば、握り潰されていたかもね』
そう思いながらも心の奥底から沸き上がる感覚にうち震えていた。
彼ウィルは、強敵と戦う事に飢えていた。
裏家業をやっていると、希に強い者と出会う。
ウィルは、そんな者達を全力で殺す事が大好きだった。
自らの技術が、裏の技が、強者の技を越える瞬間、それこそが彼の生きざま、歪んだ感情。
「殺意も何も無い。ただ敵を殺そうとする姿勢。うん、君良いよ、凄く良いよ」
そう言ってニヤリと笑うと、リリーを壁際へと放り出す。
突然の事に対応出来なかったリリーは、背中から壁にぶつかってしまう。
「うっ」と苦悶の声が出た次の瞬間、両足に『チクリ』と小さな痛みを感じる。
痛みの元へと目を向けると、そこには、ローブから僅かに出た太腿へと二本の長い針が刺さっていた。
思わず息を飲んだリリーに
「あ~大丈夫、その針、痺れ薬が塗ってあるだけだから。暫くは両足使えないと思うけど。針は抜いても良いよ、痺れは暫く残ったままになると思うけどね」
ウィルが黒騎士から視線を外す事無く言ってくる。
両足から針を抜くが、確かに、痺れによって足はピクリとも動かない。
隙を見て逃げる事も出来なくなったリリーは、顔を上げて黒騎士を見る。
建物の影からゆっくりと全身と現した黒騎士は、ウィルの前へと歩を進める。
「く、黒騎士さん……殺しちゃダメ……ですから……ね?」
「……」
そんな黒騎士に、いつもの言葉を投げ掛けるが、相変わらずの魔法生物は何の反応も示さなかった。
「いやいやお嬢ちゃん、俺は殺し合いがした、いぃ?!」
ほんの一瞬、ウィルがリリーへと目線を向けた瞬間、水平に振られた手刀が首元へと迫る。
膝を曲げ、体をブリッジして避けると、跳ね起きる勢いを使い、黒騎士の脇をすり抜け、攻撃の範囲から逃れる。
「ははは、あの一瞬を見逃さないとか、ホントに君は凄いね。実に良い。流石、金貨二十枚の価値」
「金貨二十……枚?」
ウィルの言葉に、思わず疑問を投げ掛けるリリー。
自分に懸賞金が掛けられていた事は知っていたが、まさか黒騎士にまで掛かっているとは思って無かったのだ。
「おやおや、そっちの件も知らなかったのかい?ホント、君達は一体、どんな理由で何に狙われているんだか……っと?!」
低い位置からのローキックを後方に飛ぶ事で避け、腰から二本のダガーを取り出し、着地と同時に走り出す。
「しゃっ」
小さく気合いの声と共に、左右のダガーを繰り出す。
ジャリッと鉄の擦れる音が響き、弾け飛ぶ様にウィルが後退する。
「いやいや君、その鎧、どうなってるんだい?鎧の隙間から突っ込んだのに、逆に刃先が折れてしまったじゃないか」
呆れ顔で、両手に持つダガーを小さく振るウィル。
確かに、その刃先が僅かに欠けている。
黒騎士が軽く左手を振ると、チャリンと硬い音が鳴り響く。
左手首の隙間に挟まっていた刃先が地面に落ちた音だ。
「いやいやホント、君、良いね。冷静に処理するその姿、もしかして君も裏の人間……かな?」
ユラリと体を揺らすウィルに対し、黒騎士が右足を半歩下げ、両手を斜に構える。
「う~ん、無手で俺に勝てると思ってるのかな?盾はどうしたんだい?旅の間持ってただろ?それに白いマントは?全部何処かに置いて来たのかな?」
ウィルの言葉に黒騎士は一切答えず、ジッと構えている。
「はぁ~やれやれ、旅の間も思ったけど、会話したくないのかい君?それとも、俺の様な裏の世界のヤツは、会話する価値すらないのかな?」
ウィルの体がユラリと揺れながら、ジリジリと黒騎士に近付いて行く。