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第一話 転生、らしい

 特別、不幸だったわけじゃない。

 いじめられていたわけでもない。

 友達が一人もいないわけでもない。


 ただ。

 放課後になると、みんなは誰かと帰っていく。


「カラオケ行く?」

「今日ゲーセン寄ろうぜ」

「明日テストなのに遊ぶの?」


 そんな会話が教室のあちこちで聞こえる。

 自分は、それを聞きながら鞄を持つ。

 誰かに「また明日」と言われる。


「また明日」

 返す。

 それだけだった。


 教室を出る。

 廊下を歩く。

 昇降口で靴を履き替える。

 校門を出る。

 毎日同じだった。

 別に嫌じゃない。

 慣れている。


 でも、少しくらいは。

 誰かに「一緒に帰ろう」と言われる人生でも、よかったのかもしれない。


 コンビニでパンを買う。

 新作のおにぎりを見つけて少し迷ったけど、結局いつものパンにした。

 小さな公園のベンチに座る。

 ブランコでは小学生くらいの兄妹が笑っていた。

 お母さんが「帰るよー」と手を振る。

 妹が「やだー!」と笑う。

 その光景を眺めながらパンを食べた。


 平和だな、と思った。

 それだけだった。

 スマホを取り出す。

 動画を開く。

 面白い。

 でも、見終わる頃には内容を忘れていた。


 最近は、そんなことばかりだった。

 家に帰る。

「おかえり」

 母が夕飯を作っていた。

「ただいま」

 父はまだ仕事。

 弟は部屋でゲームをしている。


 夕飯を食べる。

 風呂に入る。

 少しゲームをして、動画を見て、寝る。

 また朝になる。

 毎日、それの繰り返し。

 幸せじゃないわけじゃない。


 でも。

 胸を張って「楽しい」と言える日が、いつからなくなったのかは思い出せなかった。

 その日も、いつも通りだった。

 授業を受けて。

 帰り支度をして。

 イヤホンを耳につける。

 特に聴きたい曲もなくて、適当にシャッフルを押した。


 信号が青になる。

 横断歩道を歩く。

 誰かが叫んだ。


「危ない!」

 クラクションが鳴る。

 振り向く。

 大きなトラック。

 近い。


 そう思った瞬間。

 世界が横に回った。

 痛みは、ほとんどなかった。

 体が浮いたような感覚だけがあった。

 空が見えた。

 青かった。


 ──あぁ。

 死ぬのかな。

 不思議と怖くなかった。

 やりたいことは、あった気がする。

 でも、何だったか思い出せない。


 意識が、沈んでいく。

 最後に聞こえたのは、誰かの泣き声だった。

 遠くて。

 ぼやけていて。

 誰なのかは分からなかった。

 風が吹いていた。

 草の匂いがする。

 目を開ける。

 青空だった。

 知らない空。

 雲の形が少し違う。

 鳥がゆっくりと円を描いて飛んでいる。


 体を起こした。

 どこまでも続く草原。

 遠くには石造りの街が見えた。

 まるでゲームや小説の世界だった。

「……え」

 声が漏れる。


 その瞬間。

 頭の中に文字が浮かんだ。

 【勇者のスキルを取得しました】

 【固有スキル『無限適正』を付与します】

 思わず目をこする。

 消えない。


「……え、本当に?」

 もう一度見る。

 やっぱり消えない。

 風が吹く。

 草が揺れる。

 どこかで鳥が鳴く。

 何分くらい座っていただろう。

 ようやく、一つの答えにたどり着いた。

「……死んだ?」

 トラック。


 あの衝撃。

 そのあと、この景色。


 たぶん。

 そういうことなんだろう。

 悲しい……のかな。

 家族の顔が浮かぶ。


 母。

 父。

 弟。

 少しだけ胸が痛くなった。


 でも。

 その痛みよりも。

 もっと大きな感情が、ゆっくり胸の中に広がっていく。


 知らない世界。

 知らない空。

 知らない景色。


 ここなら。

 ここなら、自分でも何かになれるんじゃないか。

 そんな期待だった。

 立ち上がる。


 夕日が街をオレンジ色に染め始めていた。

 自然と足が前に出る。

 理由なんてなかった。


 でも。

 歩きたかった。

 この世界を見てみたかった。


 胸が少しだけ高鳴る。

 こんな気持ちは、いつ以来だろう。

 思わず笑っていた。


「……夢みたいだ」

 その言葉は風に乗って、広い草原へ溶けていった。

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