新たなる戦い
異世界「ドリーム・ワールド」に存在するハイポリア大陸では、モンスターによる災害が激化していた。
この世界に転移してきた青年タツガミ・リヒトはアーブ王国の対モンスター災害国営組織「エクスレイド」に加入し、現地の人々と共にモンスターと戦っていた。
この日、初めて五十メートル級のモンスターが二体同時に現れた事でエクスレイドは苦戦を強いられ窮地に陥る。
果たしてリヒト達はモンスターを倒すことが出来るのか?
我々が住まう世界とはまた違う世界、これから始まる物語は、その地球が舞台となります。
そこは我々の常識を遥かに超えた生物が住まう、幻想渦巻く世界なのです。
そんな幻想渦巻く世界に、異邦から青年がやって来た事で、物語は再び動き始めます。
空想と幻想が交錯する時、眠る力が目醒めていく。
これからあなたの心はその体を離れ、空想と幻想が交じり合う世界に入っていくのです……。
静寂なる月夜。
だがしかし今は違う、木々を揺らす程の轟音が、徐々にこちらに近付いて来る。
やがて一際巨大な轟音と共に木々が巨大な脚に薙ぎ倒され、しばらくして咆哮が響き渡った。
その咆哮の主は二足歩行する甲虫としか表現出来ない奇怪な生命体で、何より目を引くのが全長が五十メートル近くある事だ。
「ヴェルク! こっち!」
そんな巨大な怪物の足元の森林から、弓を持つプラチナブロンドで尖り耳の少女が飛び出し、その後を追うようにハンマーを抱えた身の丈三メートルを超す巨漢が現れた。
「悪ィなヒオ……ミスっちまった、誘導は失敗だな」
「あんたのせいじゃないよ、あんなに大きなバグライトンが出たのは初めてだもん」
あの二足歩行の怪物はバグライトンと言うらしい。
「こりゃ作戦修正したほうが良いな」
「そうだね、隊長!」
ヒオは左腕につけた四角形の水晶が填まった腕輪に向かって呼びかけると、空中に深い青色の髪の凛とした雰囲気の女の顔が現れ、ヴェルクが片膝立ちになってそれを覗き込む。
『ヒオか、無事で良かった』
「俺も居ますよアイリス隊長」
ヴェルクからアイリスと呼ばれた彼女は部下二人の無事を確認すると、即座に次の一手を打つべく状況を確認する。
『こちらから見る限りだと、残るはあの巨大な一体のみのようだね』
「そうですね、他の中型個体以下は既に俺達三人で殲滅しました」
「まさか比較的大きくない巣穴にあんなのが潜んでるとはねぇ」
『そうか、だから探知機の反応が変だったのか』
ヒオの腕輪からもう一つ、今度は二十代前半程の若い男の顔が映った。
「そーだよイーライ、あの魔術式探知機の精度上げといて? あれじゃ命がいくつあっても足りないよ」
『善処します……ところで、リヒト君は?』
ヒオとヴェルクがハッとした顔でお互いに顔を見合わせ、森の方を向いたと同時に音声のみが腕輪から流れた。
『大丈夫、僕は無事だ!』
場所は移って無数の木々が倒れた森の中、長身で精悍な顔つきをした青年がヒオと同じ左腕につけた腕輪に向けて喋っている。
『やっぱ無事かァ! 流石リヒトだぜ』
『まっ、あんまり心配してなかったけどね』
『無事なのは良かったが、どうして別れたんだ?』
「巨大なバグライトンが現れた時点で、どうも僕だけ二人とは反対方向に逃げたからのようですね」
『わかった、すぐに二人に合流してくれ』
『バグライトンの生き残りが居るかもしれないからね』
「了解。あ、バグライトンについて言わなくてはいけない事が」
リヒトは咆哮を上げながら進む巨大な背中を一瞥して続けた。
「どうやらあの個体はただ巨大になっている訳ではなく、胸部から発火性の粘液の塊を吹き出す能力を獲得しているようです」
『オイオイ、マジかよ……』
『ただでさえ放電器官持ちで厄介な相手なのに!』
「それにこのままだと奴は確実に首都へ向かいます。あの巨体に加えて電気と火球で大暴れでもされようものならひとたまりもないでしょうね」
リヒトからもたらされた情報に、アイリスとイーライは息を吐きながら頭の中で今後の見通しを立て始める。
「あの巨体ですからどうなっているかは分かりませんが、飛ばれると非常に厄介です。今から『ラウンドナイツ』の出動を要請しましょう」
『分かった、我々もサポートに回るぞ』
全員が了解と言って通信が切れた後、リヒトは一人周囲の倒れた木々と地面でちろちろと揺らめく火を眺めていると、頭の中で美しい女声が響いた。
「リヒト」
自身の中に宿る相棒の存在を感じながらも、リヒトは首を振って答える。
「……まだだ、まだ早い」
「本当にそうだろうか? ヤツは五十メートルはあったぞ」
「君と僕の力を使うにはまだ早い……けど」
リヒトはこちらに背を向けてどんどん小さくなっていくバグライトンを見ながら、まるで歴戦の戦士が如く呟いた。
「その時は近い。だから今は待つんだ、ソルティア」
「だったら私は君に委ねるしかないな。信じているぞ、リヒト」
我々の住む世界から夢を介して行けるもう一つの世界、夢境。幻想とされたもの達が息づく世界に、ハイポリア大陸は存在する。
ハイポリアでは近年急激に凶暴性が高く危険な新種のモンスターが多く出現するようになり、日を追うごとに被害が拡大している。
そんな中、魔法と科学技術を融合した全く新しい技術開発をリードしているアーブ王国は、対モンスターに特化した国営の冒険者パーティ『エクスレイド』を結成した。
エクスレイドは分野毎に様々な隊を持つが、中でも前線で活躍するうちの一つが探査隊である。
探査隊は事件の際に各隊に先立って先行し、残された痕跡あるいはモンスターそのものを観察・分析・調査し、他の隊に結果を共有して今後のモンスター対策を円滑に進め、必要に迫られれば攻撃も行うのがその使命である。
メンバーは卓越した剣の腕を持つアイリス・マティルダ・ロックワースを隊長とし、ドワーフ族と巨人族のハーフであるファブロ・ヴェルク、鋭利な感知力を持つホワイト・アールヴ族のヒオ、仕立人の異名を持つ魔術師のイーライ・ゴルドスタインとその助手で魔法生物学者ウェンディ・スターリング、そして現実世界から転移してきた青年タツガミ・リヒトの六名で構成されており、全員精鋭揃いであるのは言うまでもない。
そして彼ら探査隊と連携し、前線に出て戦うのが攻撃隊、通称『ラウンドナイツ』だ。
彼らはエクスレイドの〝花形〟とされ、仕立人イーライが基礎を考案し、アーブが誇る最新技術を駆使して作られた対モンスター兵器「チャリオッツ」を駆り、モンスターに直接攻撃を仕掛けるのだ。
国営化前のエクスレイドからその身を置く古参でベテランの虎の獣人族であるキラヴ・バーンズに率いられた『円卓の騎士』達は、精鋭揃いのエクスレイドの中でも特に優れた者達を集めたエキスパート揃いであり、自分より遥かに巨大な凶獣達に果敢に立ち向かって行く。
そして今夜、総勢十五名のラウンドナイツに新しい三名の隊員が加わることになる。
「五十メートル級のモンスター一体、間違いないですな?」
『ええ、このままだと二時間もあれば首都に辿り着きます。駆除せずとも進路を変えたいのですが』
「分かりました、至急小隊を送りましょう」
『助かります、キャプテン・バーンズ』
「お気を付けて、アイリス隊長」
通信を終えたバーンズは後ろを振り返り、威厳のある声を張り上げた。
「よし、新入り三人! 前に出ろ!」
少し緊張が混じった若く張りのある三つの声が響き、バーンズの前に三人の男女がやって来る。
この三人こそ、今日からハイポリアでモンスターとの戦いの要となるラウンドナイツに加わる新人隊員である。
「右から……お前がミラ、その隣がアルフレッド、最後にマティアスだな」
「はいっ!」
「間違いありません」
「その通りでありますっ!」
これから初任務に臨むにあたり、三人は期待と不安を膨らませているに違いない。
「聞いていたと思うが、今回出現したバグライトンはこれまでに無い巨体を持っている事に加え、新しい能力を獲得しているという。だがエクスレイドの攻撃隊に入ったお前達ならば、無事に作戦を遂行できると信じている!」
ミラ、アルフレッド、マティアスの目に鋭い光が宿っていく。
「それでは初任務に……出動ッ‼」
「「「了解ッ!」」」
先輩達に見送られながら、三人は自分の兜を取ってチャリオッツへ急ぐ。
ミラ・キラス、彼女はアーブ王国の海沿いを生活拠点にしている少数民族マル族の出身であり、銛突き漁で鍛えられた身体能力に加え、チャリオッツシステムの操作訓練で特に優秀な成績を残したため、入隊を許可された。
アルフレッド・グラキアス・C、美しく長い金髪を持つミステリアスな長身の美丈夫である彼は、なんとエクスレイドの入隊試験で最高クラスの結果を残し、即座にラウンドナイツへの配属が決まった。
マティアス・フェルナンデス、他二人に比べてこれといったものはないが、努力と自慢の筋肉で成り上がって来た男であり、決して侮ってはならない。
「いよいよ、か」
「ああ、それに過去最大級のバグライトン相手だ」
「そうなんだよなァ、初陣相手が大物と来やがった」
初陣に燃えるミラと、いつも通り眉一つ動かさず泰然としているアルフレッドに対し、マティアスは少々緊張気味である。
「なに~? ビビってんのマティアス?」
「ビッ! ビビってなんかねぇよ! こいつぁ……武者震いってやつだ!」
「しっかりしてよ? アーブトピアの皆の命は私達に掛かってるんだからね」
「ついたぞ、この先に……俺達の半身がある」
重い扉を抜けた先に三人を待っていたのは、三台の戦車だった。
これこそが現在のアーブ王国を守り、三人の半身となってモンスターを狩る魔術の粋である「チャリオッツ」なのだ。
「行こう」
「ああ!」
三人はそれぞれのチャリオッツに乗り込み、自分用に調節された操作グリップのスイッチを押すと、魔術回路が接続して操作が可能になり、各種魔術センサーの表示が空中に浮かび上がる。
「チャリオッツ、オールグリーン」
「ベディヴィア、発進!」
アーサー王の円卓の騎士が一人、ベディヴィアの名を冠した戦車がカタパルトを通り、外界に出たと同時に各部が変形して翼が展開し、夜空に飛び立って行くのだった。
「おお、来た来た。結構早かったな」
アーブ王国の山中に居を構えるベースキャメロットからやって来た三機の空飛ぶ戦車を確認した探査隊の五人は、一安心して胸を撫で下ろす。
「あれは……ベディヴィアか?」
「じゃあ乗ってるのは新人って事?」
「初陣の相手が過去最大級にデカいモンスターってのもいい経験かもな」
魔術が生みだす炎の音を聞き取ったバグライトンは、足を止めて触角を動かしながら振り返り、空中から迫る自分の脅威に向けて咆哮した。
「ホントにデカいなあいつ」
「デカいデカいって言うけど、かえって好都合じゃない?」
「好都合? その心は?」
「図体がデカいと……ブチ込みやすいでしょッ!」
ミラのベディヴィアが加速してバグライトンに向けて突っ込み、マティアスとアルフレッドがそれを追いかける。
「電光収束魔術砲、発射ッ!」
音声認識と共にベディヴィアの砲門の前に小さな魔法陣が展開し、そこから青い光条が放たれてバグライトンの顔に直撃した。
「畳みかけるよ!」
「おうよ!」
三機から一斉に魔術砲を叩き込まれたバグライトンは面食らって苦悶の声を上げるも、即座に反撃を開始する。
「おおっと!」
「……火球と電撃は同時に出せるようだな」
バグライトンは体節の尻の部分に当たる部分にある放電器官と、胸部に備わった火球を放射する器官をフル活用し、自分の周囲を飛び回るチャリオッツを撃ち落とそうとする。
「爆炎魔術砲、発射」
アルフレッドの乗るベディヴィアの魔術砲の前面の魔法陣が切り替わり、赤い光球を複数放ってバグライトンの注意を引き付ける。
「サンキュー、アル!」
「こっちだ、俺を見ろ」
バグライトンの意識が自分の乗機に向いた事を確認したアルフレッドは、加速魔法を駆使して高速移動を繰り返してバグライトンを翻弄する。
「へぇ……新人って聞いてたけど、三人とも上手く使いこなしてるな」
「やっぱり上手く使ってるの見ると設計者的には嬉しいのかい?」
「もちろんですよ、これからも頑張ろうって思えるからね」
「お喋りはその辺にして援護するぞ。何か策はあるか?」
イーライは頤に手を当ててしばらく思順した後、背負っていたライフルのようなものを取り出して語り始めた。
「あのバグライトンは尻部と胸部、つまり体の前と後ろから攻撃を仕掛けている。だからそのどちらかを封じてしまえば攻撃がしやすくなるワケです」
「なるほどなぁ」
「でもどうやってそれを封じるの?」
「銃杖を使って同時に冷凍魔法を撃ち込みます。リヒト君の報告によればバグライトンの火球は発火性の粘液なので効果はある筈です」
「そうか! 火がついてなきゃただの粘液だもんな!」
「それにバグライトンの背中は外骨格があるから、比較的前から攻めた方が攻撃が通りやすいって事ね」
「そうと決まれば……行動あるのみ!」
リヒトとヒオとヴェルクは腰のホルスターに提げたワンドブラスターを抜き、アイリスは背に提げたクレイモアを抜いて刀身を撫で、氷魔法のエンチャントを施す。
「隊長のタイミングで合図を!」
「……よし、撃ェッ!」
青白い冷気を帯びた光条がワンドブラスターの先端から発生した小さな魔法陣から放たれ、リヒト達三人の拳銃型のものと、イーライのライフル型のものが収束して太い光条となり、チャリオッツを追い回していたバグライトンの胸に命中した。
「スゥ……ハッ!」
アイリスによって降り抜かれた刃から氷柱を含む青白い斬撃が飛び、胸部の放火器官の一部を傷つけて更に凍結させてしまう。
「よっしゃ! 大成功だぜ!」
「後は円卓の騎士に任せましょう」
どうにかバグライトンへの有効打を与えようとしていたミラ達三人に対し、バグライトンは放電と火球で暴れ回っていたが、突如火球放射器官が凍結したため大声を上げて苦悶した。
「おお⁉ なんか凍ったぞ!」
「探査隊の人達がやってくれたんだ!」
「これは助かるな、爆炎でカタをつけるぞ!」
ミラとマティアスは電光収束魔術砲を爆炎魔術砲に切り替えると、次々に火球を放ってバグライトンを追い詰めていく。
胸部が凍り付いた事で折角獲得した新しい能力が使えなくなったバグライトンは、腕の先の鉤爪をまるで体を掻きむしるように動かし、踵を返してどこかへ向かって行った。
「おお! 逃げ出したぞ!」
「追いかける?」
「俺達の任務はヤツをアーブトピアから遠ざける事だ。一旦ここは様子を見て……」
その時だった。
突如バグライトンの数メートル先の地面が隆起し、地震と共に黒い巨影が粉塵を上げながら出現した。
「あれは⁉」
「二体目⁉」
体に着いた土を巻き上げながら突如出現した二体目の四つ足のモンスターは、粉塵を吸い込んで咆哮を上げた。
当然新たに出現した二体目のモンスターの出現は探査隊の五人も目撃しており、イーライは即座にワンドブラスターを向けて黒いモンスターを読み取った。
「ウェンディ、見てるな?」
『はいはいはーい、黒いモンスターについてですね~、すぐ結果出ますからね。ちちんぷいぷい……っと』
現場から離れたベースアヴァロンで待機しているイーライの助手であるウェンディが、過去の記録から同種と思われるモンスターを特定した。
『あ、出ましたよ~! あいつ、ザントラスです』
「なに⁉ ザントラスだって?」
「ザントラス! あれがかァ⁉」
ザントラスならリヒト達探査隊も知っている、ただ普通ならベル砂漠に居るのにも関わらず、生息地域がまるっきり違うアーブに現れたのが奇妙な点であり、第一あんなに大きくはない。
「まあ確かに……巨大化したザントラスって言えば確かにそんなフォルムだよな」
「一体何しに来たというんだ?」
ザントラスはバグライトンへ向かって吠えると、口から砂を吐きかけて胸部の凍った火球放射器官を溶かしてしまい、更に体当たりをかましてバグライトンの向きを強制的に変えると、そそくさと地面を剥き出しの歯と前脚の爪で削って何処かへ潜って行ってしまった。
「ホンットに! アイツ! 何しに来たのよ!」
せっかくアーブトピアへの進路を変えたのにもかかわらず、いきなり横槍を入れてきたばかりか全ての努力を無駄にするだけして帰って行ったザントラスへのやり場のない怒りがヒオの頭を駆け巡り、弓を番えて地面に撃とうとする。
「きっと嫌がらせに来たんだろうな。どっか行った砂吐き野郎より、あのでっかい虫をどうにかすべきじゃねぇかな?」
それは尤もだとヒオは弓の照準を地面からバグライトンに変え、矢を放つと同時にそよ風にも似た美しい歌を口遊んだ。
すると矢の表面に刻印されたアールヴの古代文字が燐光を発し、無数に分裂して霰の如くバグライトンの背へと降り注ぐも、攻撃されたことにすら気付いていないのか再び歩みを始めた。
「チッ……ダメか」
「貫通力高めた?」
「当然よ。多分デカくなったからその分丈夫になってるのね」
ヒオが帰って来た矢を掴んだのを確認すると、探査隊はバグライトンの前に回り込むべく移動を開始した。
そしてミラ達三人もまた、再びこちらへ向かってきたバグライトンの対策へ頭を悩ませる羽目になっていた。
「またこっち来やがったぞ!」
「いっそのこと駆除する?」
「それも有りかもしれないが、あの〝黒いの〟の事も考えて戦った方がいい」
「ジュースティングショットは温存して、かつ奴を倒す方法……あぁっ! あの砂モグラ野郎! 本当に厄介な事してくれたわねッ!」
再び火球を放ってきたバグライトンの攻撃を避けながら、次の一手を必死に考え抜く。
「うぅあぁ……そういえば探査隊がやってたけど、あいつに対して冷やすのって結構有効打なんじゃねーの?」
「ああ、それいいねマティアス! 消火用の冷却魔術砲が使えるかも!」
「では早速、冷却魔術砲、変換!」
三機のベディヴィアが複雑怪奇な軌跡でバグライトンを撹乱しつつ、腹部を中心に冷却効果のある光条を放つも、先程の不覚の反省を生かしてか、バグライトンは火球の放射と放電を更に激しくしていく。
「クッ……」
「当たらないんだけどっ!」
「ただ図体だけがデカくなった訳じゃねぇみてぇだな!」
バグライトンが放つ激しい火球と電撃の様子を見ながら探査隊の五人はようやく前方に回り込むことに成功するも、激しい暴れぶりに手を出せずにいた。
「さっきまでのは手加減してたって事⁉」
「この様子だとそうらしい! エクスレイドとやり合うよりザントラスの方がよっぽど怖いみたいだ!」
「確かザントラスはサソリ食ってたよな、同じ虫として怖がってんのかもな」
『ヴェルクさ~ん、サソリは節足動物なんで厳密には虫じゃないっす~』
「細かい事は良いの!」
二手に分かれながらギリギリまで近付き、至近距離からワンドブラスターを用いて放電を妨害しつつ、胸部の火球を発射する器官を氷漬けにする作戦を立ていざ実行しようとしたその時。
「あっ⁉」
突如地面から砂の塊が噴き出し、ベディヴィアのうち一機の主翼に掠めて穴が開き、バランスを崩して墜落しそうになる。
「ザントラスが潜ってやがったのか!」
イーライが自分のワンドブラスターで重力魔法を発動して落下を防ごうと試みたと同時に、リヒトが一人何処かへ向かって走り出した。
「リヒト! どこへ行く!」
「ザントラスを追い払ってきます!」
こうなったリヒトはもう誰にも止められない、それはもう半年の付き合いになる誰でも知っている。
それがかえって、リヒトにとって好都合であった。
ひとしきり走って誰にも見られていない事を確認したリヒトは、深呼吸して自分の中に居る〝彼女〟に語り掛ける。
「その時が来たよ、ソルティア」
姿が見えず今は声と存在のみしか感じ取れないが、リヒトには〝彼女〟が喜んでいる事がわかる。
「また君と共に戦えるのか」
「ああ、ハイポリアに来てから初めての戦いだ。力を貸してくれソルティア!」
「ああ、行くぞリヒト!」
リヒトが右腕を立てると手首の辺りにエメラルドグリーンの光が収束し、やがて精密な機械のようにも、美しい装飾のようにも見える大型のバングルが出現した。
そのバングルに腰のホルダーから取った澄んだ青色の宝玉をはめ込むと、上部のレバーを押してバングルの各部装飾を展開し、中から迸る光を解放するかのように拳を天に向けて突き出した。
「おおおあああああっ!」
自分の体が〝彼女〟とひとつになり、それと同時に徐々に大きく強く変わっていくのを感じた。
「くっ……あああっ!」
「ミラ!」
ザントラスによるサンドブラストで主翼を損傷したミラのベディヴィアは、イーライの重力魔法のサポートを受けつつ何とか持ち直そうと試みるも、結局持ち直す事は出来ず空戦形態を解除して陸戦形態になりながら地面を削りながら不時着する。
「大丈夫か⁉」
「あぅ……うぁ……くっそ……」
四方八方から来る衝撃に何とか気絶せず耐え抜き、兜を取って前を確認すると、何やらやけに外が眩しい。
「なに……この光?」
夜空から優しく降り注ぐこの光は、アルフレッドやマティアスだけではなく、アイリス達四人も目撃していた。
「なんだ? また何か来るってのか?」
「すごい……何だこの反応は⁉ モンスターじゃない!」
やがて光が一際強まると共に轟音が響き渡り、全員が巻き上がった粉塵によって伏せた顔を上げた先には、衝撃的な光景が広がっていた。
「なんだよアレ……」
「光り輝く……巨人?」
突如降り注いだ光と共に現れた巨人は、銀色がかったエメラルドグリーンの体をしており、その胸部と手足には荘厳で美麗な装甲が装着されている。鶏冠が付いた兜を思わせる頭部には、楕円形の瞳が輝きを放っていた。
そして何より目を引くのが、胸部に輝く何かシンボルが刻まれた青い発光体だ。
「なんて……美しい」
思わずそう漏らしたアイリスに対し、巨人はゆっくりと頷いてから、咆哮したバグライトンを前に戦いの構えを取る。
両者走り出すと同時にバグライトンは鉤爪によるフックを繰り出すも、巨人は身を屈めてタックルを見舞い、即座に両拳による突きと足刀蹴りを連続で繰り出し、バグライトンを大きく後退させた。
「すっげぇ……バグライトンの奴怯んでるぜ」
「なんだか戦い慣れしてるな」
格闘では敵わないと踏んだのか、バグライトンは咆哮と共に電撃と火球を放ち、巨人を遠距離から攻撃しようと試みる。
「ハッ!」
巨人の左手の装甲から光が迸ると同時に八枚のハニカム構造の光の障壁が展開し、自分に向かって飛んで来る火球と電撃を全て吸収すると、八枚の障壁全てから電撃と火球を放って逆にダメージを与えてしまった。
「ゼヤッ!」
自分が放った攻撃を返されて苦しんでいるバグライトンを見た巨人は、両手を水平にして胸に添えてから右腕を後ろに振りかぶると、円周の周りに光輪を備えた光球を生成し、バグライトン目掛けて投擲した。
「うわっ!」
「うおおおっ!」
「くっ⁉」
投げつけた光輪付きの光球はバグライトンの周囲を飛び回って背中の外骨格を難なく切り裂き、最終的に背中から体内にめり込んで大爆発を起こしてしまった。
「すっげぇ……なんつー威力だ」
「あの硬い外骨格をぶち抜くなんて」
「すごい……すごいぞ! こんなエネルギー量の光子魔法は魔術では作ることが出来ない! それを容易く生みだせるなんて!」
バグライトンを難なく倒した巨人に対して沸き立っていると、再びザントラスが地面を割って出現し、巨人に向けて吠え立てる。
「ああ、そうだった。あいつも居たんだ」
砂土を掘るのに特化した剥き出しの鋭い牙をカチカチと鳴らしてから、ザントラスは自分の最大の武器であるサンドブラストを放つ。
ただ砂を吐くだけと侮るなかれ、ザントラスは掘った砂を口から砂袋に貯め込み、それを高速で吐き出すことにより狩りを行う。
高速で飛んで来る細かい無数の砂粒子が命中した際、ありとあらゆるものは大ダメージを受けるのだ、先程ミラのベディヴィアの主翼に穴が開いたのもサンドブラストによるものだ。
「なんて奴だ、デカくなって能力も向上したから長時間砂を吐けるようになってやがる」
「しかし……あの巨人には全く効いていないようだ」
この量と速度のサンドブラストを受ければ、何か対策していない限り金属の塊ですらあっという間に溶けてしまうのにも関わらず、巨人は腰に手を当てて胸を張って平然としている。
「ンン……ハァッ!」
巨人の目と胸の発光体が輝くと同時にもうもうと立ち込める砂が霧散し、巨人はザントラスに向かって走り寄るなり思い切り顎に蹴りを入れて仰け反らせ、倒れてくるところを首を掴んで一本背負いで投げ飛ばした。
「なんだか……モンスター相手に戦うの慣れてますね」
「確かに。対人と対動物、それも猛獣相手に戦うのとは勝手が違うからな」
投げ飛ばされたザントラスはすぐに体を回転させて起き上がって、お返しとばかりに真正面から巨人へ噛みつこうとするも、首を抑えられて締め上げられつつ、腹部に蹴りと肘鉄を何度も喰らう。
「よっしゃいいぞ! このままやっつけちまえ!」
「さっきの光の球でドカンとやっちゃって!」
誰もが巨人の勝利を確信していたその時、ザントラスの目が赤く光ると同時に口からオレンジ色の液状の何かを吐き出し、それを浴びた巨人は苦悶して倒れ込んだ。
「ギヨワッ! ンン……ンン! グワアアアァッ!」
巨人の精神の中で、リヒトは胸を押さえながら苦悶の声を上げていた。
「リヒト! ここは逃げるんだ! アバターを解け!」
「ダメだ……僕は逃げる訳には……いかない!」
「この姿でも持たないぞ!」
「最初の戦いでは……信用を勝ち取る必要がある……それに……まだこの戦いは……やりかけだ!」
倒れて地面を転がる巨人に対して、ザントラスは追撃とばかりに上から抑え込んで口からオレンジ色の液体を吐き出す。
「なになになに⁉ どうしたの⁉」
「なんだよあのドロドロは! 毒か? ザントラスって毒持ちだったっけか⁉」
「違う、あれは毒じゃありません」
「は? じゃあ何なんだよ?」
「あれはおそらく……ガラスです」
「ガラス?」
この場で聞くとは思っていなかった身近な物体に、ヴェルクだけではなくヒオとアイリスも首を傾げた。
「……ああ、そうか! 砂だな!」
「分かりましたかヴェルク君」
「待ってくれイーライ、どうしてザントラスがガラスを吐いてるんだ?」
「砂を超高温で熱すると溶けてガラスになるんですよ」
「どうやってるのかは分かんねぇけど、あのザントラスは体の中の砂袋で超高温を発生させて、溶かしたものを吐き出してるって訳ですよ」
「じゃっ……じゃあ、あの巨人はサラサラの液体になるぐらい熱いガラスを浴びてるって事⁉」
そんなものを浴びればひとたまりもないだろう。まるでそれを現すかのように何とか立ち上がろうとしている巨人の胸部の発光体の輝きが、青から赤に変わると同時に中のシンボルも別のものに変化した。
(この赤は……命を削る輝きだ!)
本能的に察知したアイリスは、再びクレイモアを抜くと皆の方へと向き直る。
「これよりあの巨人を援護する、私とヴェルクでザントラスの注意を逸らす。巨人に何かしてやれることは無いだろうか?」
アイリスの提案からすぐにイーライが手を叩いて答えた。
「良い作戦を思いつきました、ヒオさん、ワンドブラスターの用意をお願いします」
「オッケー、でもそれだけ?」
「いいえ、円卓の騎士たちにも協力してもらいます」
イーライは自分の腕輪に手を翳し、そこへ向かって呼びかける。
「こちら探査隊イーライ・ゴルドスタイン。チャリオッツ・ベディヴィア、聞こえますか?」
『えっ……仕立人⁉ はい!』
『聞こえております』
『大丈夫です』
「今から魔術砲に使う術式を送ります、合図したらそれを用いて……巨人を撃ってください」
イーライのまさかの発言に、ミラ達三人は驚愕のあまり抗議にも似た質問を浴びせかける。
「理由は後で説明しますので、今は待機願います……ウェンディ、ベディヴィアに術式を送る準備は?」
『んふふ~……私を誰だと思っているんですか? センパイの優秀な助手はいつでもスタンバイしてるんですよ!』
「でかした、じゃあ凍結魔術砲の術式を転送してくれ」
『了解でっす……我が意の儘に!』
全ての準備が整った事でイーライが頷き、それを見たアイリスとヴェルクは走って離れた場所に移動した。
「よっしゃぁ……一発ぶちかましてやろうじゃないの」
ヴェルクが背負った巨大なハンマーを取り出して仕込まれた魔法炉を起動し、アイリスはクレイモアの刀身に風魔法のエンチャントを施す。
「君のタイミングで打つといい、私が合わせる」
「了解っす……ヨッ!」
ヴェルクがハンマーで地面を叩くと、大地魔法で生成された岩石の塊が出現して空高く打ちあがり、それを見たヴェルクはハンマーを思い切り振りかぶる。
「飛んでけェッ‼」
灼熱に包まれたハンマーの打撃面が岩石に当たると同時に、岩石が灼熱の炎に包まれてザントラスへと飛んで行き、そこへアイリスの剣から発せられた竜巻がぶつかり、速度と回転が加わって更に威力を増して飛んで行く。
やがて巨人に向けて溶解ガラスを吐いていたザントラスの顔面に岩石が突き刺さり、面食らったザントラスが軽く吹き飛んでしまう。
「よっしゃ! ジャックポットだぜ!」
「イーライ! 任せたぞ」
ザントラスの意識がヴェルクとアイリスに向いた隙に、イーライは自分のワンドブラスターを構えながら腕輪に向けて語りかける。
「良いですか三人とも、君達に撃ってもらうのは凍結魔術砲、即ち物を瞬間的に凍らせる魔法です。これを使う事で巨人の体に纏わりついた超高熱のガラスを、一瞬で冷やしてただのガラスにしてしまいます」
『そんな事をすればかえって巨人を戒めてしまうのでは?』
「いいえ、あの巨人はバグライトンを打撃だけで吹き飛ばした。あの膂力があれば体に着いたガラスなど一瞬で破壊出来るでしょう」
『なるほど! さすが天才シュナイダーだぜ!』
『そうと決まれば……あとはやるだけ!』
ウェンディから送られてきた魔術砲の術式を選択し、アルフレッドとマティアスは空から、ミラは地面から巨人の体の上で赤熱したガラスを狙う。
「私達もやろう」
「ああ、しっかり狙いを定めて……」
ヒオとイーライのワンドブラスターと三機のチャリオッツによって、巨人の体に纏わりつくガラスに狙いが定められる。
「発射ッ‼」
イーライの一声と共に凍結魔術砲が発射され、赤熱したガラスは一瞬で凍り付き、作戦通りただの冷えたガラスになっていった。
「頼む……上手く行ってくれ」
やがて巨人はまだ動かせる右腕をついて何とか立ち上がると、胸の赤い発光体から光を放ち、全身に力を込めて筋肉を隆起させる。
「ンン……トワァァッ!」
見事巨人の体に纏わりついたガラスは粉々に砕け、月明かりに照らされたガラス片がきらきらと舞い散る。
「おお! やってくれた!」
「上手く行ったわね!」
しまったと言わんばかりにザントラスは急ブレーキをかけて振り返ったがもう遅い、もはや巨人は完全復活している。
「ホォォォ……」
巨人は胸の発光体の前で両手の拳を重ね合わせ、肘を曲げたまま腕を開くと発光体から光の環が出現し、腕の装甲に光が収束し始める。
「ゼアアアアアッ‼」
半歩後退しながら左手を曲げて右上腕に添え、右腕を真っ直ぐ伸すと巨人の指先から透き通るような青の光線が放たれ、出現した光の環を通ってザントラスに直撃した。
「ハアアアア……ゼヤーッ‼」
しぶとく耐えるザントラスに気合を入れるように前屈して威力を増すと、青い光線にエメラルドグリーンの光線が加わり、遂に耐え切れなくなったザントラスは断末魔を上げて大爆発を起こした。
「おおお! やった!」
「すっげぇ! やりやがったぜ!」
「ハァ良かった……一時はどうなる事かと思ったわ」
喜ぶ皆に向けて巨人は一瞥して感謝の念を込めて小さく頷くと、上を向いて両手を伸ばした。
「ゼワッチ!」
そのまま巨人は星屑の彼方へと飛び去ってしまうのだった。
「いや~……なんと言うか……人生でそうそうない体験をしたというか……とにかくすごかったですね」
「それにしてもあの鎧、綺麗だったよなぁ……あんな鎧作ってみたいぜ」
「それしか目に行かなかったの? もっとあるでしょ」
「いやいや、この血に刻まれた鍛冶職人としての血が沸き立ってくるというか……」
皆が巨人の事で持ち切りになっている中、アイリスは少し不安げに周囲を見回している。
「あれ? 隊長、どうしたんですか?」
「リヒトが帰って来ない。大丈夫か?」
そういえば巨人に気を取られていたが、リヒトはザントラスを追い払うと言って何処かへ走って行ってしまったのだ。
まさか戦闘に巻き込まれてしまったのではなかろうか?
「おぉーい!」
遠くから聞き馴染みのある声がして、皆はホッと胸を撫で下ろした。
「たっく……心配させやがって!」
「ハハッ、ただいま。僕が簡単にくたばる訳ないだろ」
「そんな事言ったって、あんなデカいもの同士の戦いやってる中に突っ込んでいくんだもん、流石に今回はヒヤヒヤしたよ」
「分かった分かった、ごめんごめん……いやぁ~それにしても、また〝彼〟と出会えるとはね」
「彼?」
意味深な一言に皆は首を傾げ、それを見たリヒトはしみじみと続ける。
「あの巨人だよ」
「えっ‼ リヒト君知り合いなのかい⁉」
「詳しく教えろよ!」
皆に詰め寄られたリヒトは手で静止して落ち着かせると、白み始めた空を見ながら続けた。
「僕が元居た世界の、地球から遥か離れたオリオン座の方角から……宇宙の安寧と遍く命を守るためにやって来た星の戦士」
「星の戦士……」
「ラクス、輝きのラクスと、僕は彼をそう呼んでいたんだ」
「ラクス……彼とはまた会えるだろうか?」
「会えますよ。僕達が全てを出し切り、窮地に陥ったその時、彼は星の彼方から力を貸してくれるでしょう」
昇り始めた朝日を眺めながら、リヒトはこの地で始まった自分の新たな戦いに思いを馳せるのであった。
To Be Continued.
いかがでしたでしょうか、私の作品第二段、その一話目でございます。
異世界×クトゥルフ×巨大ヒーロー、趣味全開でやってみました。
隔週更新を予定しておりますので、また来週お会いしましょう!
感想コメント、Twitter(現X)のフォロー、友達へのオススメもよろしくお願いします。
それでは次回をお楽しみに!




