第四章 ドワーフの呪い 4
半時間後――
アマーリエは患者の両親一同に加えて、なぜかシャルル・ド・ベルナールも一緒に、北棟で最も広い食堂用の一室で四角い食卓を囲んでいた。
幾度も水をくぐって黄ばんだ亜麻布をかけたテーブルの上に、チーズ入りの燕麦の粥と干し葡萄、アマーリエが作った蜂蜜入りの香草茶が並んでいる。
「――それではまず、そちらの若殿の御素性について、改めて伺いたいのですが」と、何となく全体のまとめ役みたいになっているフランツが控えめに訊ねる。「シャルル・ド・ベルナールさまと仰せられましたか、あなた様は、こちらにおいでのフォン・ヴェルンのアマーリエ姫の婚約者だとか」
「然様」と、シャルルが重々しく答える。
疎らに生えていた無精ひげをそり、柔らかそうな枯れ草色の髪に櫛を入れたシャルルの姿は先ほどより随分優雅に見えた。外套の下に着ていたのは瞳の色と同じ明るい青色のチュニックで、白繻子の剣帯には金糸の刺繍が施されている。
その姿は見るからに貴公子らしかった。
アーデルハイトがそんなシャルルをうっとりとした目つきで眺めながら重ねて訊ねる。
「それじゃ、あなた様は姫君を訊ねてわざわざロージオンから?」
「いかにも」と、シャルルは頷き、なんとも悲痛な表情でため息をついた。「私は初めミッテンヴェルンの城を訊ねた。しかし、フォン・ヴェルン男爵閣下は、『私に娘は一人しかいない。ベルナール家があくまでもわが家系との婚姻を望むならミア姫を娶るように』と仰せられたのだ」
「えええ?」
アマーリエは愕いた。「ミアと!? あの子十歳ですよ!?」
途端、シャルルが立ち上がったかと思うと、食卓越しに身を乗り出しながら、慌て切った様子で首を横に振った。
「姫君、どうかご案じ召されるな! 私は不運なるわが姫君を見換えて幼い妹姫を選ぶような不実な男ではござらぬ! わがベルナール家とてそれは同じ! わが妻はアマーリエどの、この世にただ一人だ! どうか今すぐわが所領へおいでくだされ。この世のすべてが姫君の敵となろうと、このシャルル・ド・ベルナールが生涯をかけて御身を御守りする故!」
力強く断言する。
アマーリエは応えに困った。
――ええと、ちょっと待って? わたくし、この方とは今日が初対面よね……?
それなのに、なぜこんなにも熱くなっているのだろう?
「騎士道精神ってやつだね」と、左隣の席のフランツが肩を竦め、表情を引き締めてシャルルに向き直った。
「若殿、あなた様のお気持ちはわかりました。つまり、ご生家の以降に関わらず、こちらのアマーリエさまを妻としてご領地に連れ帰るおつもりだと?」
「いかにも」と、シャルルが頷く。
「しかしですね、あなた様もお聞き及びのように、姫君は今この施療院で、謎めいた病に蝕まれた子供たちの治癒にあたってくださっているのです」
「わたくしどもの子供たちの、でございます」と、じっと無言で様子を眺めていたキルヒナー父が付け加え、反応に窮しているアマーリエに縋るような目つきを向けてきた。
「姫君、改めて、先ほどのお話の続きを聞かせてくださいますか? ほらあの、ドワーフの呪いの解き方をあなた様はご存じだという」
「なに? ドワーフの呪い?」と、シャルルが耳をそばだてる。「諸君らの子供を蝕んでいるのはドワーフの呪いなのか?」
「若殿もご存じで?」と、アーデルハイトが首を傾げる。
「いかにも!」と、シャルルが胸を張る。「わがベルナール一族の所領はラドローの山中でな、1308年前の《大分離》以前には、一族の祖たる騎士ジェフリーが、鉱脈を求めて北方から来たったドワーフの王子アヌビルと交友を持っていたという伝承が残っておる」
「まあ」と、アマーリエは思わず目を瞠った。「アヌビル王子というと、あの円環山脈に築かれたドワーフの地下王国、シャハル・ネアルグ王国最後の王アガラの子息で、《三種族最後の大同盟》を結ぶべく、人間の女戦士シグルーンとともに森エルフの女王イムールドのもとへ使者として発ったという?」
「おお、なんと、姫君は《大分離》以前の伝承学をお修めなのか?」と、シャルルが意外そうに目を瞠る。
「当然ですよ」と、アーデルハイトが傍から得意そうに口を挟む。「なんたって聖堂都市エルンハイムで十年学ばれているんですから」
「それよりお二方」と、カウフマン母が焦れたように口を挟む。「そういう昔の王子様や女王様のお名前は、今のわたくしどもの子供の病気と関わりがありますので?」
「あ、いえ、直接にはありませんわ」と、アマーリエは慌てて応えた。「話を戻しますわね。北方に伝わる伝承では、《ドワーフの呪い》というのは、ドワーフたちが築いた地下迷宮や鉱山都市から、彼らの手による細工物を人間が勝手に持ち出したときにかかるものだといいます」
「それじゃ、子供らが《ゼントの地下迷宮》に入り込んで、そこから何かを持ちだしたということ?」と、アーデルハイト。
「ええ、おそらく」
「でも、それじゃ、どうしてすぐに呪いが発動しなかったの?」
「たぶん日光ですわ。地下迷宮からドワーフの細工物を持ちだした人物は、地上に出て《太陽を目にした》ときに石化するそうですから。子供たちが地下迷宮を探検した日から、このあたりではずっと雪が降っていたのでは?」
「あ、ああ! 言われてみれば確かに!」と、ノイマン母が声をあげる。「子供らが具合を悪くする前は五日間ずっと雪で、外にはちっとも出られなかったんです!」
「それじゃ決まりですわ」
アマーリエは自信をもって告げた。「これが《ドワーフの呪い》なら解くのはそんなに難しくありません。持ち出された品を元の場所へ戻せばいいんです」