尊大なる自尊心
「私に何を言いたいわけ?」
見慣れない木造の建物−サグメ特有の建築物−の中、ヒルメと二人っきりとなったフレデリカは、覇気のない声で問う。
「初めて人を殺した気分はいかがですか〜?」
責める訳でも、褒める訳でもなく、本当に言葉のまま、今ある真実を問う声。
その言葉をそのまま受け取ったフレデリカは、何かを言おうとしたが、すぐに吐き気が込み上げて、口を押さえる。
「そうですよね~。初めては皆そうです…それで正常です~。まあ、サロメちゃんは例外ですけど~。」
ほんわかとそんなことを言ったかと思うと、『極東の慈母』と称されるヒルメとは思えない、ゾッとする様な冷たい目で続けて言う。
「私たち…現在『最果て』に到っている魔法使いたちの時代では、そんな心傷に浸る暇もありませんでしたけどね。」
その言葉を紡ぐ魔女の眼は、まるで、深い闇の入口の様であった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−
「セラフィマ姉さんも、私も、サロメちゃんも、毎日誰かを殺していましたよ〜。そうしなければ、自分が死んじゃいます〜。そんな時代でしたから〜。」
のほほんとした雰囲気に一瞬で戻ったヒルメは、そんな恐ろしいことをサラリと言う。
「死体を見たことの無い者など、ほんの一握りの温室育ちだけでした~。当たり前の様に人が、死んでいました~。戦争だったり〜、喧嘩でも〜。本当に、人の命の価値が低い時代でしたよ〜。」
どこか遠くを見つめて言うヒルメ。
「そう考えたら、今はとても良い時代です~。フレデリカちゃんの様な子供が、腐敗した死骸を見慣れたりしないのですから〜。」
フレデリカは何も言えなかった。歴史を学べばなそんな悲惨な時代のことは知っているが、直にその時代を生き、その深淵、歴史にも残せぬ程の闇を知る者の言葉と、その眼と纏う魔力に宿る闇に寒気と恐怖が奔り、言葉が喉から出て来なかった。
「命の価値は随分と上がりました~。でも〜戦争になった時、一番安いのは、人の命です~。それは、何も変わっていません~。」
様々な感情を押し殺し、無感情に言うヒルメ。
「そんな汚れた世界で、私は、あまりにも血に染まり過ぎました~。この世で最も汚れた手、そんな手であっても、必要としてくれる子たちがいるんです~。あの子たちは、そんな子たちなんです~。」
何度、今のフレデリカの様な心境を乗り越えて来たのだろう?それとも、乗り越えるわけでなく、ただ、折れずに歩み続けただけなのだろうか?
ヒルメの震える手を、フレデリカは痛々しく見ていた。
「フレデリカちゃん?貴女はどうしたいのですか~?」
白刃を抜いて問うヒルメ。
「もし、『最果て』を望むのなら、とっとと乗り越えなさい。『終わり』を望むのなら、その首を、苦しまない様に、刎ねてあげます…」
フレデリカに向けて放たれたその魔力と殺気は、サロメと相対した際のそれとは比ではない。
目の前どころか、首の根元まで迫った死の恐怖。抗うことさえ苦痛で悲痛になる様な圧力が彼女を襲う。
『最果てを望まない』そう言えば、この苦しみからも解放されるのだろう…
吐き気の込み上げる口から、フレデリカは己の望むを吐き出す。
「バカ言ってんじゃないわよ!!私は『最果て』に到る天才美少女、フレデリカ様よ!!…ぅっ!…ぅぉぇっ…!!」
積み上げたプライド、並外れた、尊大な自尊心はそれを許さず、啖呵を切ってそう言ったものの、迫るプレッシャーと、限界に達していた精神状況から抑えきれずに、嘔吐してしまう。しかし、フレデリカの眼は蘇っていた。
「はい、良く出来ました~。」
そんなフレデリカを、吐瀉物に汚れることに躊躇もせずに抱きしめるヒルメ。
彼女の眼は、フレデリカを見ながら、別の何かを同時に見つめていた。
「お師匠様…絶対に貴女をお救い致します…」
ヒルメは、フレデリカを抱きしめながら、泣き虫の弟子の姿を思いながら、誰にも聞こえぬ様に、心の中でそう呟いた。




