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勿忘草  作者: 小鴉まる
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5話 秋海棠

 お嬢さんが帰ってきて、次の日キッチンで数人の部下と共に食事の準備を行っていると、廊下や食室から、何やらざわめき立つ声がし始め何事かと確認する為、その場に居たであろう部下に田中は問いかけた。

 そうすると、何やら気まずそうな表情をし「奥様とその・・・。」と視線をこちらに向けず四方に振り続ける、その姿を見て小さなため息が出た。


 「奥様とですか・・・。」

 その言葉だけで、何となくだが察してしまう。きっと帰ってきたお嬢さんに夢中で、今は離れ難いのだろう。しかしお嬢さんが、恥ずかしがっているのを関係なく、揶揄い楽しんでるのでわないかと、呆れよりも先に親心に似た心配が勝り、部下が行うはずだった報告の任を田中自身で勝って出た。


 若頭がいるであろう、執務室の前に立ち扉をノックする。

 「入れ」とゆう声が聞こえ、ドアノブに手を掛けて言葉と共に室内に入り込んだ。


 「若頭、失礼します。」

 顔を上げ、執務室の椅子に腰掛けている京極彰の姿を見て、食室や廊下の一件に想像がはっきりと核心にかわる。椅子に座る京極の膝の上には、顔を紅潮させたお嬢さんが正面向きに座り、耳元で囁やかれる言葉に、周章狼狽していた。

 田中が咳払いを一つすると、お嬢さんしか見ていなかった視線をこちらに移し、静かに笑って見せる。


 「本日の報告をさせていただきます。」

 「あぁ、ええで、報告してくれ。」


 田中は、表情は動かさず内容を淡々と報告の内容を話し続けるが、その傍らで京極は何度も、お嬢さんへのイタズラを繰り返す。その度に、咳払いをして無言でちゃんと仕事に取り掛かって貰うように促す。しかし、仕事より目の前の愛らしい妻に御執心なのだろ、報告を聴く耳も持たず、一挙一動を目に焼き付けんとしている。

 これは、早々に立ち去った方がいいなと、田中自身呆れながら思い、早口で報告書の内容を読み上げ始める。


 「んん゛っ、では、隣町の組連中の動きが・・・・。」

 「んあっあっっ!」

 お嬢さんの色めき立つ声に、思わず、言葉が止まる。

 田中の言葉が止まったのを、動揺と受け取ったのか、京極彰は片方の口角をぐっと、引き上げ笑う。


 「田中、どないしはったん?続けてくれ、ちゃーんと、聞いとるから。」

 その言葉に、イタズラなのか、執着心からなのか、自分の物だと言う独占欲を表してくる。しかし、側からしたら迷惑この上ないので、再度咳払いをして、京極彰の方に近づき、机に報告書の束をばさりと投げ置いた。


 「ん?報告せえへんのんか?」

 「今ので、一通り終わってます。他の仕事もあるんでこれで失礼します。あんま、他のモン困らせる事せんといてください。」

 その言葉を残して体を翻し扉の前で振り返る。

 

 「それでは、失礼します。若頭、程々に。」

 一礼して、若頭のおいたに釘を刺すが、素っ頓狂な表情をしている若頭には、伝わってないのだろうと、諦めが大半しめる気持ちに陥る。

 案の定、お嬢さんを自身の腕の中に入れ屋敷内を歩き回る姿は、数日続き、組員達にには「気にするだけ無駄だ。」とため息混じりに伝えて、組員達も「田中さんが言いはるなら、そうします。」と納得してくれた。3日目に差し掛かる頃に、自身の仕事もせずにお嬢さんと過ごす若頭に嫌味も含め、仕事を急かすと重い腰を持ち上げ仕事にようやく向かっていた。


 「あの若頭にも困ったモンやなぁ。」

 レシピ帳を机に出し、今晩の夕飯を模索する、無理やり引き剥がしたようなもんやから、と言い訳に似た感情で若頭の詫びを込め気に入っている料理を作ってやる、と意気込んでいるとキッチンの入り口の方で足音が止まった。


 「田中さん今いいですか?」

 振り返ると、そこには青いワンピースを纏うお嬢さんが気まずそうにこちらを見ていた。

 「お嬢さん、どうしましたか?」

 「えっと、お願いがあって!!」

 胸の前で両手を組み、目をぎゅっと瞑りながら懇願のポーズを取る。


 「・・・あのっ、京極さんの夕飯私が作ってもいいですか??」

 「ええですよ。じゃあこのレシピ本の中から好きなもん選びましょうか。」

 そう伝えると、お嬢さんは机に近づき何冊もある田中のレシピ本を見渡す。


 「凄い数!!これ全部田中さんが書いたんですか?」

 目を輝かせながら繰り出される質問に、少し微笑み頭を一度縦に動かした。

 どれにしようかと、顎に人差し指を置き「んー。」と小さな声を漏らす。その愛らしい姿に、娘は居ないが愛娘と思う感情に浸りながら、お嬢さんのエプロンなどを準備する。


 「これに決めました!!」

 そのお嬢さんの言葉に準備していた手を止め選んだ本を確認するために振り返った。

 其処には、一冊の年季の入ったレシピ本がお嬢さんの手に持たれていた。


 「お嬢さん、すんません。それは、ちょっと・・・・。」

 「えっ、これも、これも美味しそうですよ!!」

 無邪気に笑い、一枚一枚ページを捲っていく。その姿を目にして、田中は少し伸ばされた手を下ろした。

 

 「・・・・・、そうですね、それ作りましょうか。」

 

 お嬢さんが選んだのは、湯葉巻き、鯖寿司、茄子田楽、鱧の天ぷらを選んだ、それは田中の最も思い入れのある料理に、言葉が詰まりながらも手慣れた手つきで食材を下処理していく。

 隣に立つお嬢さんに「田楽には仕込み包丁を」と丁寧に指示を出しては、一生懸命に取り組む姿に思わず傍にいない姿を重ねてしまう。


 「・・・あいつも、好きなもんやったもんなぁ。」

 「えっ?あいつ、ですか?」

 胸の内で呟いた言葉が口に出てしまっていた事に、聞き返されて初めて気づき目を丸くし、こちらを見るお嬢さんとの会話は止まってしまった。

 

 「あ、あの?田中さん」

 呼び戻された声にハッとして表情を取り繕う。

 「・・・・、いえ、何でも無いですよ。」


 るりも、田中にそれ以上追求するなと、壁を造られたような気がしてしまい、気を使って誤魔化すように「次は何をしたら良いですか?」と話を切り替えた。


 「後は鱧の天ぷらは、若頭が帰ってくる頃に揚げてお出ししましょうか。」

 「はい!!」

 元気よく返事を返すお嬢さん、に少し微笑みを屋敷内がまた騒がしくなる。二人して騒がしい音の方に顔と耳を向けると声が聞こえてくる。


 「るりちゃん!何処おるんや!!」

 騒がしく京極彰が探し回っていることに気付きお嬢さんの背中をポンと押し、お出迎えに行くように促す。

 その、行動の意図を知り、着ていたエプロンを急いで脱ぐ。しかし、脱ぎ切る前にキッチンに若頭が顔を出して、お嬢さんを抱きしめる。


 「もう、あんなかわええことされたら、会いたなって帰ってきてしもたわ。」

 「京極さんっ!!」

 エプロンを持つ腕ごと抱きしめられ、お嬢さんは必死に若頭の背中に腕を回せず、胸の中で腕を外に出すため動いていた。


 「若頭、一旦、お嬢さん離してやってください。」

 「ん?いや、ごめんなるりちゃん、もう可愛い妻に会いたくて、会えたから思わず抱きしめてしもてん。」

 少し腕の力を緩めたことで、お嬢さんは両腕を解放でき、背中に腕を回したと思うと力を込め「おかえりなさい!!」と京極彰を抱きしめたのだった。その行動が愛らしかったのか、また力を込めて抱きしめ返す。

 そんな光景を見せつけられながらも、田中は後を追ってきていた部下に食室を準備するように伝える。


 「若頭、今日の夕飯は、お嬢さんが作られたんですよ、今、部下に食室用意させたので、もし良かったらすぐ食べられますか?」

 「るりちゃんが、俺のために作ってくれたんやったらすぐ食べなあかへんな!」


 そうゆうと、まだ、足の不自由なお嬢さんをお姫様抱っこして、食室に連れて行った。

 残された田中は静かに残りの料理を仕上げて部下に渡していく。


 「あかへん、俺はもう作らへん思ってたのに、作ってしもたら、あの日々を思い出してしもたわぁ。」

 年季のはいったノートの表紙を優しく撫でて、棚に仕舞い込んだ。

  

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