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転生ゲーム理論家は笑顔で世界を掌握する  作者: どみさん


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崩壊の足音

 軍議室に並んだ椅子の半分が空だった。


 冬の終わりのグレンツェン領。暖炉の火が揺れるたびに、空席の背もたれに影が落ちる。二十脚用意させた椅子のうち、埋まっているのは九つ。残りの十一脚が、答えだった。


 書状は届いている。「自領の防衛を優先する」「兵を動かす余裕がない」「春になれば合流する」。言い回しは違うが、中身は同じだ。来ない。


 俺が全体を守ると言ったせいで、こいつらは自分の領地だけ守ればいいと計算した。俺の設計した仕組みが、俺の首を絞めている。


 オットーが地図を広げた。インクに染まった指が、ヴァルトシュタイン領の輪郭をなぞる。声に張りがない。数字を読み上げる時だけ正確になる、帳簿番の癖だった。


「ヴァルトシュタイン領の街道は冬でも馬車が通れます。雪が少ない。帝国軍が本領を通過すれば、王都とグレンツェン領の間に出られる」


 指が地図の上を滑り、三つの矢印を描いた。


「三方から侵攻が可能です。北はヴァルトシュタイン領を経由して内陸を突く。東は国境正面。南は海路で沿岸を叩く。兵站を計算すると、北からの侵攻が最も速い。十四日で到達します」


 九人の諸侯が地図を見つめている。誰も発言しなかった。質問もない。反論もない。目の前の数字が冷たすぎて、声が出ないのだ。


 セラフィーナが壁際に立っていた。扇子を閉じたまま、骨の部分を指先で辿っている。暗算の仕草だ。翡翠の瞳が地図とオットーの指先を追い、数字を検算しているのが分かる。


「セラフィーナ」


 呼んだ。議場の全員がこちらを見た。


「前のように諸侯を動かせるか」


 扇子の骨を辿る指が止まった。セラフィーナが俺を見る。王都の社交場で見せる微笑みはどこにもない。グレンツェン領に戻ってから、仮面が薄い。


「前は利害で動かした。報酬と損失を設計して、協力した方が得だと分からせた」


 一拍、間を置いた。


「でも今は恐怖が利害を上回ってる。恐怖に怯えた人間は計算では動かないわ。直感で逃げる」


 敬語が消えていた。俺とオットーしか聞いていないなら構わないが、九人の諸侯の前だ。それでも直す気配がない。素の言葉で言わなければならないほど、深刻だということだ。


 九人の諸侯のうち、三人が目を逸らした。自領の城壁の高さを頭の中で数えているのだろう。ここにいる者ですら、半分は帰り支度を始めている。


「ブルーメ家はどうするのだ」


 最前列の老諸侯が口を開いた。ブルーメ家の名を出したのは、自分が矢面に立ちたくないからだ。他人の態度を見てから決める。こういう人間を九人集めて、何が決まる。


 リーゼロッテは軍議に出ていない。城壁の補強を指揮している。言葉より石壁の方が、今は頼りになると判断したのだ。彼女の不在を責める権利は、書状一枚で済ませた十一人にはない。


「ブルーメ家は既にグレンツェン領の北壁を補強中だ。兵も出す」


 俺が答えると、諸侯の何人かが顔を見合わせた。安堵ではなかった。ブルーメ家が動いているなら、自分たちは動かなくていいという計算が、目の奥で回っている。


 議論は堂々巡りだった。兵力の配置、補給線の確保、不参加の諸侯への再度の招集。どれも結論が出ない。結論を出す意思を持った人間が、この部屋に足りていない。窓の外で風が鳴った。雪混じりの風だ。冬はまだ終わっていない。


 散会の空気が漂い始めた時、扉が叩かれた。


 伝令だった。息が荒い。泥に汚れた外套のまま軍議室に飛び込んできた。手に握った書簡の封蝋が割れている。走りながら開けたのだ。


「帝国軍が越冬陣地を出ました。二日前に行軍を開始。ヴァルトシュタイン領に向かっています」


 椅子が鳴った。九人のうち五人が立ち上がった。残りの四人は座ったまま動けない。


 雪解け前だ。通常なら春まで動けない。だがヴァルトシュタイン領の街道は雪が少ないとオットーが言った。ルドルフは春を待たない。待つ理由がない。通過点が手に入ったのだから。


 伝令の声がまだ部屋に残っている。立ち上がった五人の諸侯が、もう地図を見ていなかった。出口を見ている。自領に帰る算段を始めている。


「各自の領地の防衛は理解する。だが、バラバラに守れば各個撃破される」


 俺の声が議場に響いた。正しいことを言っている自覚がある。正しいだけでは、誰も座り直さない。


 セラフィーナの扇子が閉じたまま、握り込まれていた。骨が軋む音が聞こえるほど強い。計算が終わったのだ。そして、答えが出なかったのだ。


 オットーが地図を見下ろしている。インクに染まった指が、北の矢印の上で止まっていた。十四日。二日前に出発なら、残りは十二日。その指先が、微かに震えていた。


 立ち上がった五人のうち一人が、椅子の背に手をかけた。外套を取る仕草だった。止める言葉が見つからなかった。計算で引き留められるなら、最初から空席は生まれていない。


 暖炉の火が爆ぜた。火の粉が地図の端に落ちて、紙が焦げる匂いがした。


 十二日。


 それが、俺に残された全てだった。


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