1 ユーハイム国の姫
ユーハイム国は、山のふもとに抱かれた小さな国だった。
原油に恵まれ、金銭的には困ることはなかったが、その豊かさゆえ、隣国から狙われることも少なくなかった。
それでも今日まで国を保ってこれたのは、王太子であり、騎士団長でもあるヘレン・シュバルツァーの存在が大きかった。
ヘレン王子は王太子の身でありながら十四歳で騎士団に入り、十八歳という若さで団長の座に就いた人物である。
その圧倒的な強さにより、隣国がユーハイム国へ攻め込むことは次第になくなっていった。
しかし約三年前、東の地にあるアルジール国がユーハイム国の資源を求め、侵攻を開始した。
アルジール国は東方でも指折りの大国であり、その力は強大で、近年急速に国土を広げていると噂されていた国であった。
そのため周辺諸国では、いかにユーハイム国の兵力を持ってしても、アルジール国に勝つことは難しいだろうと見られていた。
しかし戦争は予想をはるかに上回り、長期戦へともつれ込んだ。
そして三年後の冬、戦況が一変し、ユーハイム国は敗戦を宣言することとなる。
その大きな要因は、ヘレン王子が戦争に敗れ、命を落としたことだった。
王太子を失い、士気を喪失したユーハイム国は敗戦を宣言し、国土の一部と王女を人質として差し出すこととなった。
終戦が決まったその夜、国王シルクベインは、執務室に王女ユリアを呼び出した。
「本日、我が国はアルジール国に敗戦を宣言した。その条件として、王女を一人差し出すこととなった。お前をここまで生かしておいたのは、このような時のためだ。出発は明日。準備しておけ」
椅子に腰掛けたまま、シルクベイン王は娘を見下ろし、淡々と言い渡した。
ユリアはその言葉を受け止めると、静かに頭を下げた。
「かしこまりました、お父様。今まで……ありがとうございました。どうぞお元気で……」
そう告げて執務室を後にしたユリアは、王宮の端にある自室へ戻った。
出発の為の仕度を整えた後、ユリアは自室のバルコニーに出ると月を見上げた。
これまで過ごしてきたユーハイム国での日々が、次々と思い出されていった。
***
戦で負傷した騎士を治療するテントの奥。
ユリアはそっと手を伸ばした。
彼女には、生まれつき人の傷を癒すヒーリングの力があった。
その力を使うため、戦争のたびに戦場へ送り込まれていた。
母は、力を持つ者たちが暮らす秘境の国――ティーン国の姫だった。
かつてその国の人々は、その力を求めたユーハイム国に捕らえられ、奴隷として働かされていた。
ユリアの母もその一人であった。
力には限界があった。
ティーン国の人々は皆、白い髪を持って生まれた。
使うほどに白い髪は黒く変わり、完全に黒く染まる頃には力を失い、命を落とす者も少なくなかった。
戦争のたびにティーン国の人々は減り続け、ついには絶滅寸前にまで追い込まれていた。
その力に頼って兵力を保ってきたユーハイム国も、次第に国力を落としていった。
その現状に王は頭を抱えた。
そんな中、ユリアの母だけは例外だった。
彼女は力を使い続けても、髪色は変わらず、尽きることなく力を使うことができた。
そこに目をつけた王は、彼女を妾として側に置き、その力を利用した。
さらに、力を持つ者の子は同じ力を受け継ぐと知り、自らの子も産ませた。
それがユリアである。
王は、ユリアの母にたくさん子を設けさせ、力を生み出そうと企んでいた。
しかし彼女は、ユリアを出産と同時に命を落とした。
ユリアもまた力を受け継いだものの、無限ではなかった。
そしてそれがわかる頃には、力を持つ者はユリアただ一人となった。
それから王は、力を使うことを出し惜しむようになったが、戦況が悪化すると力に頼らざるを得なかったため、ユリアを戦場へと送った。
その度に、髪は少しずつ黒く染まり、十三歳で参加していた戦争を最後に、ユリアは完全に力を失った。
命は助かったものの、力を失ったユリアに価値はないと判断した王は、ユリアを王宮の片隅に幽閉した。
そして四年後の今日。
ユリアは再び、王に呼び出されたのだった。
ユリアはバルコニーに置かれた椅子に腰かけ、王宮から見えるユーハイム国の町並みを眺めていた。
「……お母様。ついにこの国を離れるときが来てしまいました。私はこれから、どうなってしまうのでしょう……? 本当は、争いを起こす国なんて行きたくないのに……」
ユリアは静かに涙を流しながら、そう呟いた。




