105 自分の足で
翌朝、ユリアが目を覚ました時、ベッドの隣にはすでにエルフナルドの姿はなかった。
窓から差し込む朝の光が、昨夜の出来事が夢ではなかったことを静かに告げていた。
――やっぱり……陛下は、私が目覚める前に部屋を出られたのね。
胸の奥が、きゅっと締め付けられる。
温もりの残るシーツに指先が触れ、ユリアは一瞬だけ目を伏せた。
――優しさだって分かっている。
でも……だからこそ、私はこのままではいけない。
昨夜、思わず腕を回してしまった自分を思い出し、ユリアは小さく息を吐いた。
あれほど決めたはずなのに、簡単に揺らいでしまう自分が、少し怖かった。
――陛下がそばにいてくだされば、私はまた甘えてしまう。
歩けるようになっても、きっと……心が、自立できない。
ユリアはベッドの上で身体を起こし、震える足に意識を向けた。
まだ完全ではない。
それでも、確実に――前よりも動く。
日々の積み重ねは確かに身体に現れ、やがて車椅子から自力で立ち上がれるまでに回復していった。
そしてついに、歩行訓練も本格的に始まった。
数歩進むだけで息が上がり、膝が笑い、床に崩れ落ちそうになる日も少なくなかった。
足に力が入らず、その場に立ち尽くしたまま動けなくなることもあった。
――まだ……こんなもの……。
悔しさに歯を食いしばりながらも、ユリアは必ず自分の足で立ち上がった。
誰かが心配そうに手を差し伸べても、すぐには掴まらない。
自分で立つと決めていたからだった。
ある日、庭園の奥で、ユリアはそっと車椅子から離れた。
車椅子をすぐ傍に置いたまま、石壁に片手をつき、慎重に一歩を踏み出す。
――大丈夫……。
一歩、また一歩。
二歩、三歩と進むたびに、足は小刻みに震え、視界がわずかに揺れた。
それでも、倒れなかった。
歩けた距離は、ほんの数歩に過ぎない。
だがその数歩は、今までで一番遠く、重く、尊い距離だった。
ユリアの瞳には、達成感だけでなく、これから先を見据えた揺るぎない覚悟が宿っていた。
そして日々の訓練を重ねた末、時間こそかかるものの、杖を使えば自室から庭園までを一人で歩けるようにまで回復していた。
――よし……やっと、この道を一人で歩けるようになったわ。
胸に込み上げる喜びと同時に、なぜか小さな寂しさが滲んだ。
ユリアはその感情を噛み締めながら、静かに息を整えた。
その後ろ姿を、少し離れた場所からクリックが見守っていた。
何も言わず、ただ静かに。
――ああ……そろそろ、ユリア様は私と交わした、あの約束を……。
そう思っていると、ユリアがゆっくりとこちらへ歩み寄ってきた。
「クリック様、こんにちは。……今日、自分の足でここまで歩いてくることができました」
息を整えながら、ユリアはそう告げた。
「時間はかかってしまいましたが……あの日の約束を……お願いしても、よろしいでしょうか」
クリックは一瞬だけ目を伏せ、それから静かに頷いた。
「……はい。ですが……陛下には、もうお伝えになられたのですか?」
「いえ……まだです。これから、お話ししようと思っています」
「……そうですか……」
二人の間に、短い沈黙が流れた。
「では、日時が決まりましたら……改めてお知らせください」
「はい。ありがとうございます」
――歩けるようになったら、必ず伝える。
私のこの想いを……。




