259 リゼ、魔獣討伐クエストを受ける(3/3)
わたしはごく簡単に書かれた【魔術式】の概要欄を指さした。
「ほらここ」
この文字自体も、キャメリア語ではないので、声に出して読み上げる。
「実装に必要な魔術式は、神授書庫から配架する。コアの生成・パーツの再構成・魔術式の自動付与は『ティアマト』。コアの制御は『アテナ』『タロス』。コア司令塔ユニットは『オーディン』『セシャト』。起動管理は『ヤヌス』。身体モデルの局所最適化は『アテナ』『メティス』。通信管理は『ルキア』『エコー』『オルフェウス』――実装例はP021の【自動人形】参照のこと」
わたしは冒頭の文字を指で指し示した。
「このライブラリというのが、」
「おばあさまの暗号か」
「そうとも言えます! けど、この本に書かれた文字自体も暗号ですし、さらにこのライブラリ以外にも暗号はあるので、そうじゃないとも言えます!」
「暗号が複数の意味を持っているのか……」
「ついでに【重ね文字】になっちゃってるので、それはもうぎっしりと描いてある……と、わたしには読めるんですが」
「君には読めても、他の人間には無理、ということか」
「それはそうです!」
天才魔術師のディオール様だって、オリジナルで作られた生活魔法の読み方は知らないはずだ。
わたしは楽しくなってきて、どんどん喋る。
知ってることを話せるって楽しい!
「ただ、この魔術式に限っては、赤いコアにすべてが書いてあるわけではなくて、どこかに大きな司令塔のようなコアを作っておいて、そこから何度も命令を飛ばして、動くのに必要な分だけ都度都度【魔術式】を引っ張ってきているっぽく読めます! たとえば、【ヘカトンケイルの腕】であれば、似たようなヒト型の腕の制御に必要な【魔術式】を探してきて、新しくコアに上書きするんですよ。だから何度壊しても復活したんですねぇ! ゴーレムってみんなこんな仕組みなんですか?」
「いや……」
「なるほど、だから死霊術と紛らわしいんですね! 命令を飛ばす司令塔ユニット『オーディン』が必要なところは、術者が魂を操る死霊術の方に似ているかもしれません。ゴーレムはその点、一度設定したらずっと同じ動作を繰り返す【自動人形】が多いので、あまり生き物っぽくはないというか……」
調子に乗ってベラベラ喋るわたしを、リオネルさんが「ちょい」と遮る。
「その司令塔ユニットって、どこにあるか探せる? リゼさん」
「もちろんですよぉ!」
「よーし、じゃあちょっと行って俺らと一緒に宝探しゲームしようぜ!」
「楽しそうですねぇ!!」
元気よく答えたところで、わたしはディオール様に殺されそうな目つきで睨まれた。
「なに、ディオール、お前不満なの?」
リオネルさんが呆れたように突っ込む。
「ならお前は留守番しとけよ。リゼさんさえいりゃ親玉見つけられるって分かったし、今ちょうど用無しんなったわ。よかったなぁ、こわーい魔獣と戦わなくて済んだじゃん」
「……リゼ」
ディオール様はわたしに、静かな怒りの目を向けた。
「今度こそ絶対に、私の言いつけは破らないようにしてくれ」
ひやーっとするような低い声で言われてしまい、わたしは一も二もなく頷いた。
「絶対にだ」
「はい!」
あれ、でも、行っちゃダメとは言わないんだね。
わたしの身の安全を真剣に心配してくれてるディオール様には悪いけど……
ちゃんと活躍できたら、ディオール様にも役に立つ子って思ってもらえるかな?
――わたしは少しの期待とともに、ゾンビ退治に参加することにしたのだった。
◇◇◇
わたしとディオール様はリオネルさんの騎士団に護送されて、北東の砂漠を目指すことになった。
海岸からずっと続く平たい砂漠で、何百年も前はドワーフの集落があったのだとリオネルさんが教えてくれた。
「――クリスタルウェックス砂漠、っつうんだけどさ。昔はドワーフがあの辺で塩とか作ってたんだと。海岸が干上がったせいで塩田がダメになって、どっかに消えちゃったっていう話よ」
リオネルさんが広くてなだらかな草原を指して言う。
幌をオープンにした、大型の旅行用馬車に座り込むわたしたちの真横に、騎乗のリオネルさんがいろいろと話しかけてきてくれているのだ。
「消えるまでは交易の遊牧民がいっぱい行き来してて栄えてたらしいんだけどねえ。行きゃ分かるけど、マッッッジでなんもねーとこなんだわ。おにつよの魔獣もよく出んだけどさ、遊牧民出身のクッソ強い騎馬隊のおかげでうちの領地にまでは流れてきてなかったわけ。したら、祝福魔法停止したあたりくらいから荒れ始めて。東の奴に掃除させようと思って探してみたら行方不明じゃん? うちも困ってるんですーなんて副団長に泣きつかれてたまったもんじゃねーっての。うちだって極大の弱体化食らってヒイヒイ言ってんのにさぁ」
「『魔術には頼らない』、というのが北の自慢だったんじゃないのか?」
ディオール様のまぜっかえしに、リオネルさんが肩をすくめる。
「剣術も封じられるなんて思わないじゃん? 魔力が練れない騎士なんて一般人とかわんねーよ。槍一本でグリズリーに特攻できる馬鹿なんてそうそういねーっつーの」
「お前ぐらいだろう」
「まーな! 俺のふるさとだと男は単独で大型魔獣仕留められて初めて一人前みてーなとこあるし? お前みてーなモヤシとは環境が違うんだよ」
「最悪だ。絶対に住みたくない」
「バーカ。嘘に決まってんだろ」
リオネルさんは鼻で笑い飛ばして、青空を仰いだ。
「普通の村だよ。イモとカラスムギ植えて、小型の魔獣の毛皮取って、冬には暖炉囲んで小さくなって暮らしてきたんだ。知ってるか? キャメリア北部の魔獣ってなんでかしんねーけど、全部ビッグサイズなんだよ。よその魔獣の二、三倍ある。くっそでっけー魔狼に、くっそでっけー魔兎に、くっそでっけー岩ヒグマ」
リオネルさんは手綱を片手で捌くと、もう片方の手で大きく円を描いて、大きさを身振りで表現する。
わたしが知ってる魔狼は、人間の膝丈くらいでそんなに大きくないから、身振りが本当だとしたら、きっとすごく大きいんだろうなぁ。
「初めて俺の村に山みてーなサイズのクマが襲ってきたときは笑えたなぁ。もうみんなおしまいだって震え上がって……俺も隠れてろって言われたんだけどさ、弟や妹も怖がってるの見たら、つい『俺がなんとかしてやる』って言いたくなってさ。勝てるわけねーのに馬鹿じゃん? でも、なんでか不思議と死ぬ気だけはしなかったんだ。そんで、魔獣が来るたび『俺がなんとかしてやる』って言い続けて、気づいたら騎士になってて……上が皆死んだから、さして頭よくもねー俺が団長やることになった」
無表情に聞き流していたディオール様が、そこでちょっとだけリオネルさんを見た。
「自覚はあったのか……」
「うるっせえよ雑魚。でもまーしゃーない、俺みたいなのは椅子に座らせておくんじゃなくて、突撃用のコマにすべきだって、俺でさえ思うもん。まーうちゃ寒いし、魔獣も理不尽に強いし、深刻な騎士不足なわけよ。天才魔術師様とかが来てくれりゃーちょっとは経営にも余裕出るんじゃねーかと思うんだけどなー。なーディオール、どう思う?」
「冗談じゃない」
「ぶはははは、そうかよ。クソ野郎」
リオネルさんは何が面白かったのか分からないけど、豪快に笑っていた。




