255 リゼ、人の心のなさに感心する(1/2)
『ルキア様だ!』
『ご加護が戻ったぞ!』
『ルキア様万歳!!』
真っ暗な会場に用意されたロウソクに、一斉に火が付いていく。
火のリレーは祭壇を満たしたあと、神殿の回廊を抜け、壁一面と窓を真っ白な魔道具の光でいっぱいにした。
――キャメリア暦一○二二年。
人類がネメシスから受けた『祝福魔法』の停止制裁は、たったの二十二日という、記録的な速さで、女主神ルキアによって解除されたのだった。
◇◇◇
わたしはともし火の魔法を使った。
指先に白い光が生まれ、あたりを照らし出す。
消して、そのあと、もう一度使い、消す。
明かりの魔法のオンオフを何度か繰り返して、わたしもようやく納得した。
「戻りましたねぇ!」
魔道具も使える。
魔道具作成用の生活魔法も使える。
ウキウキしながら適当に魔糸紡ぎをしていたら、王子様が慌ててわたしのところに飛んできて、お礼を言ってくれた。
「ひとまず、光魔法だけでも戻ってよかった。本当にありがとう、リゼルイーズ嬢。君のおかげだよ」
「いやぁ~……お役に立ててよかったです!」
「次は水だ。王都の安全な飲み水は人口に比べて少なすぎる。公爵、君の力を貸してほしい」
ディオール様は嫌そうな顔を隠しもしなかった。
「私は今魔術が使えませんので、お応えしかねます」
唯一魔術が使えていたくせに、さらっと嘘を言って、わたしを抱き寄せた。
「この先も魔術が復旧する見込みはなさそうですので、もうしばらく休暇をいただければ」
「いやだな、もう十分休んだでしょう? 困るよ」
「まだまだかかりそうですので」
……どうでもいいけど、なんでわたしを抱えてるんだろう?
「リゼも私がいないと寂しいようですから、この機会にじっくり触れ合う時間を取ってやろうかと考えています」
あ、そ、そういうこと?
お休みする口実?
じゃあ、わたしも口裏合わせた方がいい?
「そ、そうです……! わ、わたしと仲よくする時間が全然足りてないので……!」
「彼女もこう言っていますし。何よりここ最近ふたりきりでいる時間が長かったせいか、私も離れがたくなってしまったんですよ。彼女がいない生活に戻ったら気力のすべてを失ってしまいます」
ひゃ、ひゃあ~。
もう慣れたと思ってたけど、ディオール様、真顔でよくこんな嘘ばっかりペラペラ並べられるなぁ……
わたしは恥ずかしさに負けて、もう何も言えなくなってしまった。
くっつかれているのも心臓に悪い。
「ごめんね、これが終わったら思う存分休暇を取れるようにしてあげるから……」
王子様はなんとも申し訳なさそうに、眉を下げた。
「その前に、結界の復旧を済ませるまで、侵入してくる魔獣をどうにかしてもらえないかな? まずはリゼルイーズ嬢が優先だと思って言ってなかったんだけど、実はかなりの被害が出ているんだ」
そうだったんだ。
街中に突然魔獣が湧くから注意って、軽くディオール様にも言われてたけど、まだわたしは遭遇していない。
「祝福魔法が停止されて以来、騎士団も攻撃力の殆どを封じられて、機能不全気味だと聞いている。特に魔術師は全滅だそうで、まともに魔法が使えるのは君くらいなんだよ。どのくらいの惨状か、想像がつくはずだけど」
魔獣を倒すなら、魔術師は絶対に必要だって、昔、ディオール様が言っていた。
剣で戦う時代じゃないとも言っていて、攻撃の要は魔術なのだとも。
今は魔法付与した武器防具も動いていないはずだから……
……た、確かに、裏では大変なことになっちゃってたのかも?
「私としても力になりたいのは山々なのですが、私が取り戻せた魔術も限定的ですし、弱体化した私を後ろから刺す騎士もいないとも限りませんので、共闘は難しいかと」
「そんなことはしないと思うけど……分かった、対策は考える」
「何より、行ってほしくないとリゼが言っています」
全然言ってないですディオール様。
で、でも……
ディオール様は必死に、助けを求めるような眼差しでわたしを見ている。きっとすごーく行きたくないんだろうなぁ。
よ、よーし!
わたしは巫女の衣装に付属する杖(まだ持ってた)を掲げて、ディオール様をかばうように、前に出た。
「殿下にディオール様は渡せませんねえ!」
驚いている王子様に、眉間にしわを寄せて、なるべくつよそうな顔をしてみせる。
ディオール様はわたしの大事なこ……婚約者だから、とか何とか言って、王子様を説得するんだよ!
「わ、わた、わたしの、い、いと、いとし、いとしい、……いと……」
だめ! 恥ずかしい!
ディオール様、よ、よくこんな恥ずかしいことを……
毎回毎回真顔で言っていたよねぇ……?
わたしはごにょごにょどもりながら、だんだん頬が熱くなっていった。
「……大丈夫? 顔、真っ赤だけど……」
ディオール様がすかさず、わたしをそっ……と抱き寄せる。
わたしは思わずびくりとした。
「リゼは私を愛おしく思っていると、そう言いたいようなのですが、恥じらってしまっているようなので、ご容赦ください」
「やれって言ってないよ?」
王子様は不本意そうだった。
「容赦も何も、勝手にそっちが始めたんだよね? 何で私が強制したみたいに言うの? ……君は逆に、なんでそんなに平然としてるの? 見せつけられてるだけの私もちょっと照れてるのに? どうして君はいつも無反応なの? 人の心はちゃんと持っている?」
「リゼの愛らしさにはいつでも深く感動させられているのですが?」
「ああそう……分かったよ、もう勝手にしてよ……」
王子様は珍しくちょっとイラッとした様子で呟くと、やけっぱちみたいにくすくす笑い出した。
「とりあえず待機でいいけど、報告書を持っていかせるから、情勢だけは把握しておいてくれる? いつ破滅的な状況になるか分からないから、その備えだけでも」
「承知いたしました。ご温情に感謝いたします」
しれっと傅くポーズだけするディオール様。
心がこもっているようには全然見えない。
「もう、しょうがないけど、君たちの仲がいいのはいいことだから、私も応援しているよ。この機会に結婚の準備でもしたらどう?」
「余計なお世話です」
「……本当に、言うようになったよね、公爵も」
「仲がよくなったとお考えなら少しお待ちになった方がいいかと」
不敬どころじゃないディオール様に、王子様は苦笑いしていた。
「それじゃ、式には呼んでね」
と、ジョークまで飛ばして、忙しそうにどこか別の場所へと移動していった。




