256 リゼ、人の心のなさに感心する(2/2)
王子様が消えたとたん、ディオール様がすっと静かな挙動でわたしを解放してくれる。
本当に何事もなかったかのように、わたしに表情の乏しい顔を向けた。
「こちらも引き揚げようか」
「はい」
分かっていたことだけど、これは演技なんだよねぇ。
……?
そうだよ、最初から分かっていたことだ。
わたしは胸の奥に生じたかすかな違和感は無理やりなかったことにして、ディオール様に馬車へと乗せてもらったのだった。
◇◇◇
それから二、三日もすると、ルキア様の奇跡で使えるようになった魔法のリストもできあがってきた。
まずは光の魔法。
ここからの派生で、わたしはまた【魔糸紡ぎ】ができるようになり、その他、構造式の分析用の生活魔法や、魔術式の書き込みが可能になった。
火起こしも、ルキア様の逸話と関連するものは使えるようになったので、生活の自炊に関しては困らなくなった。
つまり、魔道具店、再開できます!
ただ、魔石は動かず、魔道具も動かない。
そのせいで、魔道具はただの道具に。
よくて置物、悪いとガラクタだ。
「お客さんが来ないよぉぉぉぉ……」
わたしはがらんとしたお店で、暇を持て余すことになった。
「リゼ。この魔剣のサンプルが見たい。もっと作ってないのか?」
護衛のはずのディオール様が、ひとりで楽しそうにしている。
フェリルスさんはまだ魔力の巡りが悪いのか、子犬化したまま眠っているので、お留守番だ。
「今のところはそれだけですねぇ。ちょっと前に売れてた時期があって、あるだけハケちゃったので」
「そうか……残念だ。ではこちらは?」
ほかにお客様もいなかったので、わたしはディオール様相手に、お店ごっこを続けることに。
あれこれとわたしを質問攻めにし、原料の在庫まで引っ張りださせたあげく、ディオール様がぽつりと言う。
「全部もらおうか」
テーブルに山と積まれた品、全部がほしいというのは、たぶん、本気で言ってるんだと思う。
問題は、これがオーダー用のサンプルだということだ。
「これ全部サンプルなので、これから個別にご用意していくことになるんですけど」
「いつでもいい。いくらでも待つ」
「大人買い! ありがとうございます」
開店休業状態のわたしとしてはありがたいといえばありがたい。
「でも、ディオール様、剣なんて使うんですか?」
「観賞用だ。ダメか?」
「いーえー! 集める専門の人っていますし」
でも、と思うのは、単なるわたしの、ちょっとしたワガママだ。
「……ディオール様が剣を構えてるとこ、見れたら見たかったなぁ、なんて思っただけなんです」
「私がか? 武術未経験の私にやらせてどうする」
「観賞用です! とーってもカッコいいと思うんですよねぇ!」
そう、ディオール様は外見だけだったらオペラ座の俳優さんたちよりずっとカッコいい。
「ポーズを二、三取ってくれたら、油絵とかのモチーフに使わせてもらえてありがたいなーなんて」
とは言いつつ実は、わたしが見たいだけです!
ディオール様は気乗りしなさそうに剣の柄を取った。
「どうだろうな。まずまともに持ち上がるかどうか」
「軽さがウリです! どうぞ!」
薦められるままに鞘を取っ払い、剣を構えるディオール様。
真っ直ぐ持ってはみたけど、全然慣れてない感!
でも、その慣れてない感じがかわいい!
「いいですねえ! こうちょっと斜めにしてみましょうか!」
手首の位置を下げ、足の重心をかかとのあたりに移すようにして立ち直してもらったら、それっぽくなって、わたしはドキドキしてきた。
ディオール様、お顔がすごくすっきり整ってるから、デッサンのモデルに最適なんだけど……
体型も意外と……この……筋力があって整ってる!
魔術師のローブって分厚いからこれは気づかなかった。
あと、男の人の服は作ってないから、体型の平均はよく分からない。
「いい……いいですねぇ……!」
楽しくなってきた……!
「じゃ……じゃあ次はこう! 腰は低く! こうです! こう! もーっと!」
「待て、人体はそっちには曲がらない」
――ひとしきりポーズを取ってもらって、盛り上がっている最中。
どこか遠くの方で、大きな音がした。
立て続けに悲鳴が複数上がり、大きな魔術を炸裂させたような音がする。
「今の爆発、まほーですか……?」
「そのようだ」
「魔術って、もう使えるようになったんですか?」
「なっていない。少なくとも、人間は」
「人間は?」
「結界消失後の魔獣の出没状況の報告書が毎日届くんだが、どうも高位魔獣は禁止措置の影響を受けていないらしい」
魔獣が暴れてるってこと?
ショーウインドウに近寄ろうとしたら、止められてしまった。
「待て、まだ窓は覗き込むな。割れたら破片が直撃する」
窓から死角になる位置まで、ディオール様から半ば無理矢理バックヤードに引っ張り込まれる。
「魔獣が都心まで侵入した可能性が高い。少し様子を見てくる。君はなるだけ床に伏せているように」
「は、はい」
「私が戻ってくるまで、何があっても店から出てはいけない」
「わ、分かりました……!」
お店から出ていったディオール様は、十分くらいですぐ戻ってきた。
わたしはそのとき、伏せるのに飽きて、紅茶を淹れていたので、ちょっとビクリとした。
「……あ、は、早かったですね……?」
言いつけを守らなかったことで文句を言われるかなと思ったけど、ディオール様は不機嫌そうにしているだけで、むっつり黙っている。
な、なんだろ……?
ディオール様と一緒にやってきた大柄の騎士さんは、わたしを見て元気よく手を上げた。
「リゼさん、お久しぶり! 元気だった?」
「リオネルさん!」
手にしていた武器や籠手を床に転がして、わたしの頬に親愛のキスをする……よりだいぶ遠いところで止めて、ふりだけしてくれる。
その様子を、ディオール様が横で嫌そうに見ていた。
「いやーそこでちょうどばったりこいつに出くわしてさぁ! 何かもう魔法使えてんじゃん!? いやーすげーすげー、天才魔術師様はやっぱちげえわって褒め称えに来たわけよ」
「いらないから帰れと言ったはずだが?」
「まあまあまあ! そう言うなって! 俺ちょーっと困っててさあ、こういうときゃ持つべきものはトモダチっつーの? 話だけでも聞いてくれたらすっげえ助かるんだけどどうなんそこんところ!」
「紅茶でいいですか?」
「ありがとーリゼさん最高! すぐ話終わらすからちょっと彼氏貸してな!」
彼氏ではないんだけど……
ディオール様は諦めたのか、渋々と言ったように席に着いた。
「三分やる。好きなだけ喋って帰れ」




