241 おじさん同士のランブル戦(3/4)
ディオールが横槍を入れたのだろうとは知りつつ、アルベルトはその場にいる騎士たちの恐怖心を煽るため、大げさに驚いたふりをした。
「……驚いた。不忠者たちでも、命までは取らずにいてくれるようだよ。我が神は慈悲深くていらっしゃる」
サントラールの騎士たちは混乱した様子でこちらを睨み返している。一歩も動けないのは主にディオールの仕業だが、彼らには、アルベルトが妙な力で騎士たちを操っているように見えているのだろう。
――これだけよく効いていれば、記憶をなくせと言っても通るかもね。
それほど期待はしていないが、一応、言ってみることとする。
「まあいいか。報告書でも探すことにするよ。ありがとう。他の騎士も、もう忘れていいよ。ここには誰も来なかったんだ」
命令に応えて、ディオールが残る騎士もまとめて昏倒させる。
部屋の探索で、フードを外して部屋を見回すディオールの横に来て、アルベルトはにこやかに語りかける。
「ごめんね、ロスピタリエ公爵。いたぶる役目を奪ってしまって。思いのほか反応がいいから、つい」
「……やりたいと言った覚えはありませんが」
「そう? でも君、今いい笑顔だよ」
「……でたらめを」
当人が焦ったように少し口をつぐんだからには、やはり少しは楽しんでいたのだろう。彼にしては珍しいことだ。笑顔など一生見られないのではないか、と思っていた時期もあるくらい、この魔術師は何があってもずっと面白くなさそうな顔をしている。
「でも、さっきの演出はなかなかだったね。あれは騎士たちを無駄に怖がらせようと思ってないとできないことだと思うよ。君は本当に人が悪いね、ロスピタリエ公爵」
「殿下に言われたくはありません。あれは本当に殺す気だったのでは?」
「まさか」
悔しそうな負けず嫌いの魔術師に苦笑を返しつつ、手分けして部屋を探る。
めぼしいものが見当たらなかったため、さらに主塔の階段を上っていくことにした。
階上でもうひとつ、大部屋に行き当たる。床には新しい藁の敷布が何枚も重ねてあり、何人もの騎士が寝泊まりしている痕跡があった。
「ここが作戦会議室かな?」
地図やら書類やらが無造作に置かれたテーブルからして、当たりのようだった。
テーブルに残された資料は断片的だったが、どうやら彼らの狙いは『墓掘り』であって、アルベルトたちではないらしい。
アルベルトは主塔を一通り調べて、武器が隠せそうなスペースや、秘密の隠し通路などはないと結論づけた。やはり、武器庫は既存の施設内にはなさそうだ。
――それにしても、ずいぶんな大荷物だ。
鎧や兜を収納していたらしき長持ちが、ベッドサイドに開け放たれた状態で置かれている。騎士の装備品は膨大な量にのぼる。フルプレートの鎧を含めた武装を好む騎士であれば、旅行かばんはとうていひとりで持ち運びできるサイズでは納まらないのだろう。
アルベルトは何気なく長持ちを開き、その中に小さな箱を見出した。
――何の箱だろう?
木製で長方形、地味な作りで、わずかな身の回り品が入る程度の大きさをしており、抱えて持ち運びすることができる。
さらに、魔法の革紐が何重にも巻かれ、蓋が開かないようになっていた。
タバコ入れか、あるいは宝石箱か。
紐を引っ張ってみようとして、アルベルトは手を止めた。
「……公爵。君には以前、リゼルイーズ嬢が囚われていたとかいう不思議な箱を預けていたと思うんだけど」
アルベルトは小さな箱を取り上げ、ディオールにも見えるように掲げてみせた。
「あれって、どんな理論であの小さなスペースに人を捕まえておけるんだっけ?」
「……まだ解明できていません」
手にある箱を外側から眺めてみる。抱えて持ち運ぶ必要のある、あまり取り回しがいいとは言えない箱。中身は一体何だろう。
その箱に魔法で封印がかかっていて、簡単には開け閉めできなくなっているとしたら、中身は高確率で貴重品だと直感した。
「……もしかして、彼ら、ああいう箱をたくさん持っているのではない?」
「異空間に繋がる箱ですか?」
「そう。末端に持たせられるくらいたくさん持っているとしたら……出所不明の魔獣素材も、大量に収めておけるんじゃないのかなって」
公爵はアルベルトから箱を受け取って、うさんくさそうに木箱を観察し始めた。
「どう?」
「これも異空間に繋がる箱かどうかは分かりませんが、紐の方は何らかの細工がしてあるようです」
つまり、騎士団長はこの箱を後生大事にしている、ということになる。
「よし、決めた。その箱は持ち帰ろう。調べてみて、何もなかったら返しにくればいいよ」
思わぬ収穫だった。
今、この場で開くという選択肢はない。この場に詰めている精鋭をすべて引き連れて騎士団長が戻ってくるに違いないからだ。アルベルトの魔術も、騎士団長のカリスマとじかにぶつかり合うと少し分が悪い。後日、改めて解析するとしよう。
◇◇◇
アルベルトたちが主塔を出て、元の道を戻ろうとしたときだった。
同道させていた風の魔術師が、索敵に妙なものが引っかかったという。
「――女性の、歌声?」
耳を澄ませてみたが、何も聞こえてはこなかった。
風使いの魔術師は結界と、周囲の諜報活動に長けている。氷使いのディオールよりも索敵できる範囲は広い。
「……音量を上げて。私たちにも聞こえるように調整を」
魔術の風が短く吹き荒れ、その中にだんだん不思議な物音が混ざり始める。すると確かに、女の声が聞こえてきた。神殿の巫女を彷彿とさせる独唱で、引きつれたような物悲しい声の絞り出し方から、素朴に口ずさんでいるだけのようにも聞こえるが、声の張り上げ方などは、歌の手ほどきを受けたもの特有の歌い方をしている。オペラとも少し違う、詩吟と和音を高度に融合させた、語り聞かせの歌唱法だ。
式典で巫女の歌を聴く機会が多いアルベルトからしても、その歌はかなりうまかった。広大な夜闇の墓場に吸い込まれることなく、高らかに響き渡る歌声に、しばし聞き惚れる。
「……ドワーフ語?」
自分の耳を疑うようにして、ディオールがぼそりと呟いたのを、アルベルトは聞き逃さなかった。
「分かるの?」
「いえ、何を言っているのかまでは……」
「魔獣ってドワーフ語ができる個体もいるの?」
いるわけはない。魔術師も静かに首を振った。
「しかも、どうやらひとりではないようです」
「コーラスも聞こえるね」
夜の墓場でコーラスつきの歌を披露する女のドワーフの幽霊?
アルベルトはこらえきれなくなって、少し笑ってしまった。
「いやだな。少し面白そうだと思ってしまった」
「様子を見に行きますか?」
「ぜひ行きたいね。君もどう?」
出不精の天才魔術師は若干嫌そうな顔を見せつつも、最終的には頷いた。
「殿下がそう仰るのであれば」
隠れて近づいて、様子を見たら離脱する。これまでにも数え切れないくらいやってきたことだ。アルベルトは幽霊を怖いと思ったことはなかった。まして魔獣など、魔術師の攻撃が通用するのだから、もっと怖くない。王国最強の騎士たちでさえもこうして無様に這いつくばらせているのだ。もはや恐れるものなど何もなかった。
◇◇◇




