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完成

「俺はユリィがどう変わっても、何をしてもいいよ。でもユリィの自分を大事にしないところだけは賛同できない」


 アミルは少し声を低くして、何か感情を堪えているように思えた。私が語らない部分ですら読み取っているのかもしれない。


「前もこんな話をしたけど、ユリィだって俺がもし自分の病気を無視して働いてたらどう思う?何で治療しないんだって思うだろ?」


「う、うん……」


「悪くなっていくのをただ放置するなんてありえない。何か方法があるはずだ」


 アミルは俯いたまま長い睫毛を瞬かせ、すごく考えてくれているように見える。申し訳ない気持ちで胸がぎゅっと狭くなった。


「ごめん……アンジェラにも話したけど、何も教えてくれなかったから」


 人間と魔力の関係についてアンジェラくらいしか詳しい人間を私は知らない。お父さんより歳上であるその彼女でさえ知らないのだ。私は諦めて、牧場とお菓子作りの趣味に残りの人生を捧げようとしていた。


「アンジェラ先生には俺からも相談に行ってみる。ユリィ、体のこと俺に話してくれて嬉しいよ。ユリィのことだから周りの誰にも言わないつもりだったんだろうけど」


 アミルは気を取り直したのか、顔を上げて笑った。


「うっ……」


 だって心配かけたくなかったし、湿っぽい余生を過ごしたくなかった。でもアミルが明るく受け止めてくれて、私は気持ちが楽になったのを感じた。魔力の吸収を抑えられる方法はまだ無いのに心強くて、何とかなるかもと希望を持ってしまう。


 希望。持ってしまうとたくさんの未練と欲望が溢れてくるもの。









 すっかりお腹の痛みも消え去り、私は村に帰った。予定通りビニールハウスを完成させるべく作業を始めようと思う。ここに至るまでかなりの紆余曲折と艱難辛苦があったが、遂に完成するのだ。


 カルロに手伝ってもらって、長いロール状にしたビニールを手押し車に乗せて、製糸工場からハウス建設地までゴトゴトと運ぶ。重さはともかく、何せ物が大きいので踏み固めただけのでこぼこの土の道を運ぶには腕が4本は必要だ。カルロがいて良かった。


 考えるといつもカルロにはこんなつらい道を歩ませてしまっている。お給料を上げることしか私には出来ない。


 時刻は夕方だけど、まだまだ暑いのでカルロは汗を流している。一方私は汗ひとつかかない体となっている。もう隠しようがないので私の体が魔力によりそういう仕様になったことはカルロに告げた。


「カルロ、ちょっと休憩しよう」


 私はカルロ用にと持ってきた魔法瓶の水筒をバッグから取り出した。今日もらった金物屋の試作品のうちのひとつだ。


 いわゆる魔法瓶は二重にした容器の空間を真空に近い状態にすることによって熱伝導を防ぐものだが、簡易的なものならこの世界の技術でも作ることが出来る。


 二重にした容器の底に穴を開け、容器より融点の低いものを詰めたあと全体を金属の箱に収め、シリンダーで空気を限界まで抜く。箱をそのまま加熱すると穴が塞がり、魔法瓶の完成となる。内側の鏡面加工は研究中だ。


「はい、飲んで」


 カルロは私から水筒を受け取ってそのまま喉を鳴らしてゴクゴク飲んだ。別に喉は渇いてないけど見てると習慣で飲みたいような気になった。


 水筒の中身は一応、水じゃなくてスポーツドリンクっぽく塩や砂糖やオレンジやレモンの果汁などを混ぜてある。配合まではよく分からないので適当にそれっぽい味に作った。


「……冷たいしうまい。ありがとう。ユリィは飲まないのか?」

「私は大丈夫」

「突然ぶっ倒れないでくれよ」


 私を気にしつつもカルロは喉が渇いていたようで、もう一度口をつける。


「カルロ、これ売れると思う?」


「容器も中身も絶対売れるだろ」


「あとでカルロにもこの水筒あげるから、もう少し使って感想教えてね」


 またゴトゴトと音を鳴らして私たちは手押し車を引き、振動で暴れるビニールロールを押さえる。


 やっと目的地に着いた。水を引き込みやすい川沿いの風が強くない場所を選定した。骨組みだけのアーチ型のハウスは私が何となくの設計図を描き、村の大工からの修正が入りつつ建ててもらった。


 カルロと協力して巨大に作ったビニールを被せていく。右側、左側と呼吸を合わせて広げる作業もやっぱり二人じゃないと無理だなと思った。


 3棟あるハウスに全てビニールを被せ、これもまた金物屋に頼んだ固定器具を用いて骨組みとビニールを固定していく。天井部は体重の軽い私が上に乗って取り付けた。骨組みにだけ足を乗せるようにしたものの、私が作ったビニールは存外に丈夫で穴が空きそうではなかった。


「できたね!」


「なんかすごいな」


 完成を喜ぶ私の横で、初めてビニールハウスを目にするカルロは不思議そうに出たり入ったりして温度差を確めている。もう夕方なのでそれほど内部は温まらないけど。


「ここは私の実験用だけど、まだまだ増設したいからまたよろしくね」


「それはいいけど、これ、保温性があるとはいえ冬は日光足りなくて南国の植物は厳しいんじゃないか?」


 カルロは作業中に私がお喋りしたカカオやバニラのことを言っている。


「ふふふ……それも今新しい電熱器具を制作してもらってるから大丈夫なの!」


「嬉しそうで何よりだけど。そんなにカカオとかバニラってうまいのか?」


「おいしいよ。そうだ、すぐ食べられる分も輸入できたから今度食べてみて」


「ふーん、どこで食べたか知らないけど」


 カルロの疑問に一瞬焦ったとき、急にカルロの右肩の魔力がもやもやしているのに気がついた。腕を上げる作業が多かったからだろうか。


「カルロ、またここ絡まってるよ」


 私は話をずらそうとカルロの右肩に触れる。急に触ったせいか一歩身を引かれた。


「い、今汗かいてるから……」


「な、なに女の子みたいなこと言ってるの?」


 目線を斜め下にやって恥辱に耐えているようなカルロの様子にこっちが慌てる。私がセクハラした人みたいじゃない。


「私今ザンディーラの石持ってないよ、安心して」


「いやでも……」


 私は指先でカルロの肩周辺をなぞり、魔力の絡まりをほどいていく。魔力の流れに集中しているので汗だとかは別に気にならない。


「はい、治った。でもやっぱり魔力を溜め込みすぎると体に負担あるのかなあ。ほかに不調ない?」


 長年私の作った食事で身体強化を続けてきたカルロは物理的な身体能力だけなら私より強いのではないかと思うくらいになっている。私のように周囲の魔力を常に取り込めるようにはなっていないものの体が心配になってきた。


「ほかにはないよ。ユリィ、別に魔力とか関係ない」


 カルロは肩を動かして確めながら言う。


「長年弓を使ってるとみんな体に左右差が出たりするから、むしろこんな風に治してもらえてすごく助かる」


「そう?カルロには長生きしてもらいたいから、健康に気をつけてね」


 私が死んだら牧場は、悪いけどカルロに任せるしかない。ほかに適任者は思い付かない。


「肩が痛いからってジジイ扱いはひどい。俺まだ25なんだけど」

「そんなつもりじゃないし」


 私だって25歳は全然若いとわかっている。だけど肩をすくめているカルロの顔を見上げると薄く笑っていた。


「良かったな、これが完成して。これで冬の作物も増やせる」


「うん、やっと夏休みの宿題が終わった気分」


 このビニールハウスは夏前の長雨の頃に思い付いてひと夏中かかった。これからハウス内に苗を植えたり種を撒いたりやりたいことはたくさんある。だけど今は少しだけ達成感に浸ろうと思う。




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