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ホタル

 翌日の夜、私は出かける用意をしていた。今日はもうお城にも行ってあるし明日は黒嵐竜が来る予定なので早く寝なければいけない。


 だけど昨日フランコ先生の診療所で、アミルに飼育している虫を見せてもらったとき、なぜか虫話が広がってホタルを使った閃光弾の話になった。


 アミルが留学先の国で戦争に巻き込まれ、襲撃されたときなども一時的な時間稼ぎになったという。私も明日、ぜひ使ってみたいので一緒にホタルを採りにいくことになった。


 自室を出てミルと一緒に1階のホールに向かうと、アミルはもう待ちきれない感じでそわそわ待っていた。


 アミルは今日は夕食を共にしたけれどそのときから様子がおかしかった。一点を見つめたまま動かなくなったり、急に我に帰ったり。アミルはホタルが特に好きらしいしきっと楽しみなんだろう。


 私の家に泊まってる間は夜の外出を禁じているのも虫採取に行けなくてアミルにとっては悪かったかもしれない。それというのも私が眠ってしまうと無意識にモンスターを呼び寄せてしまって危ないからだ。やっかいな体質で困る。




「お待たせアミル、行こう」


 私の小さめな声に被せるように背後から声がかかる。


「どこに行くんだ?」


 反射的に振り替えると、お父さんが2階の廊下から私たちを見下ろしていた。寝巻きを着て、不審そうな顔つきをしている。いつもは夕食後すぐお風呂に入って寝ちゃうのにどうしたんだろう。


「あ、アミルと虫を採りに行ってくる」


 私の返事は何だか馬鹿みたいに響いた。小学生かな?

 一応成人している男女の言動ではない。でも、アミルはちゃんと虫捕り網と籠を持っている。嘘じゃない。


「明日は忙しいんだろ?早く寝なくていいのか?」


 お父さんは当然ながら納得してくれなかった。防衛隊の観測班から明日の午後に黒嵐竜到着予定だと連絡が来ていて、私が忙しいのは周知の事実だ。


「アウグスさんすみません、明日の作戦に役立つ素材を採りに行くんです。すぐ終わらせてユリィには早く寝てもらうようにします」


 アミルは私よりきちんとした説明をした。うん、私もそう言えば良かったと思うけどさっきは驚いて言葉が出てこなかった。お父さんはため息をつくように肩を上げてから下げた。


「……まあ、気を付けて行くんだぞ」


 お父さんが優しくて良かった。


「ミルも一緒だし大丈夫だって。じゃあ行ってきまーす」


 私は早足で駆けるようにミルと家を出たけれど、アミルはもう少しお父さんと何か話したのか、遅れて後からついてくる。


「ごめん、先にアウグスさんに外出のこと伝えておくべきだったかな」


「気にしなくていいよ」


 お父さんが珍しくお父さんらしい行動をした。それだけのことだ。明日は雨になるだろう。というか嵐だ。



 私とアミルは村を流れる川を目指して歩いた。あちこちの草むらで、夏の終わりの虫たちが競いあうようにそれぞれのリズムを奏でていた。


「あ!」


 歩いていたアミルが何かを見つけて、ランタンを掲げる。そこには見慣れない腰ほどの背丈の白い花が咲いていた。


「白花蟷(ロキリス)だ!」


「どれ?」


 私は花に近づき、どこかにいるだろう白花蟷(ロキリス)を探す。花弁は細長く6枚で、葉も6枚の甘い匂いのする花だ。


「これだよ!」


 アミルは白花蟷(ロキリス)の黄色い中心部に触れる。その瞬間、花がぱたっと閉じた。アミルは素早く指を引っ込める。


「え?この花全体が虫なの?」


「そう、ここに目がある」


 よく見ると蕾のように閉じた花の萼の辺りに、1対の目とおぼしき丸い膨らみがあった。目が合った気がする。また、葉に見える部分から脚のような細いものが伸びていた。


「すごい……知らなかった」

「昼間は茶色くなって木の枝と同化してるからね。夜になるとこうして花のふりをして、甘い匂いで他の虫を誘って捕食するんだ」


 花に擬態する虫は知ってるけどこんなに完全に花みたいになってサイズも大きいものがいるなんて全然気付かずにいた。


 その後もアミルは色々な虫を教えてくれた。普段は作物につく虫を無慈悲に殺してしまっているが、アミル解説によるめくるめく虫ワールドに魅力されそうになる。


「虫って、こういう体になりたいとかどうやって考えてるんだろう?」


 ふとした疑問を私は口にする。悪いけど虫にそれほど知能があるとは思えない。その仕組みを考えているのは虫自身なのか、大いなる力なのか、これは前世からの疑問だ。進化論だけでは説明しきれない気がする。もしかして前世の世界にも、魔力というものが少しはあったのかもしれない。魔力は生き物の体を変えていく。


「不思議だよね。だけど全く違う体の構造をしているのにすぐ近くで、同じ空気を吸っている事実に俺は魅力を感じる」


「なるほど」


 わかったふりをしつつわからないがアミルはミステリアスな虫がとにかく大好きらしい。


 いつの間にか、ミルの彼氏のイケメン火灰狼(コールティコ)が合流していた。彼氏狼は、ミルが魔力の高いモンスターを貢いでいるのか徐々に大きく、毛並みも灰色から艶のある銀色に近くなってきている。

 ミルは青田買いをして育成するのが好きなタイプらしい。後ろでいちゃついている。


 自然が豊かな村なので、すぐにホタルが飛び交う辺りに着いた。蛇行する川と森に続く木立の手前が黄緑色に光っていた。手分けして次々と虫取り網で捕獲する。私はホタルの飛ぶスピードなど何てことないし、アミルも流石に上手かった。


 あっという間に――本当にあっという間に終わってしまう。


「これを閃光弾にする作業もあるし、帰ろうか」


 アミルがぽつりと呟く。籠の中でホタルが幻想的に明滅していた。


「風が気持ちいいし、ちょっと涼んでから帰らない?」


「そ、そうだね」


 私が提案したとき、丁度ホタルが激しく光ってアミルはすごく嬉しそう見えた。


 私は暑くなどないけど川からの風がアミルの銀色の髪の毛を時折そよがせていた。誰かが放置した大きな切り株を見つけたので、そこにふたりで腰かける。本当は木を伐採したら切り株も責任持って処理して欲しいけど今だけは許そうと思う。


「アミル、これ覚えてる?作ってきちゃった」


 私はバッグから包みを取り出して広げる。中身はアミルと初めて会ったときにもらった月餅に似たお菓子だ。


「ううっ!!」


 アミルは突然胸を押さえて上体を折った。


「どうしたの?大丈夫?」

「だめだ……」


「え?」


 胸に手を当てたアミルはなんだか悶えている。


「覚えてるよ……今のはかわいすぎる……冷静でいられるよう色んな想定してきたのに想像を遥かに超えてる、死にそう」


「な……」

 私も想像を超えたアミルのリアクションに恥ずかしくなってきた。


「アミルって感性が変わってると思う」


 虫好きはともかく、私にそんなにかわいいとか言う人はアミル以外にほぼいない。子爵令嬢という身分なのでとりあえずお世辞は良くもらうけど。


「いやユリィはかわいいよ!このかわいさがわからない人は日射しで目を痛めてるんじゃないか?炎症を抑える目薬を処方してあげたいね。あ、でもあんまりわかってもらっても困るな」


 顔を上げたアミルは大真面目に語るのですごく恥ずかしくていたたまれない気持ちになってきた。アミルは折角かっこ良く生まれて頭も良いのに感性が残念な人なんだと思う。


「ごめんもういいから」


 私は月餅もどきをアミルの口に押し付けた。久しぶりに木型を引っ張り出してきて作ったお菓子だ。子供の頃、アミルがこの国を離れたあとポンさんに頼んで木型を輸入してもらって何回か作ったものの、何となく寂しくなるので作らなくなった。


「……おいしい。俺が昔あげたものよりおいしいと思う」


 アミルは一口食べてちょっと落ち着いてくれた。


「餡はちょっと難しいから黒ごまでやってるだけ……好みなら良かった」


 私も自分の分を少しずつ食べ進める。ナッツもぎっしり入っていて食べ応えがあるし、外でこうして並んで食べると自分で作ったとはいえ格別においしい気がする。もう寂しい気持ちにならない。


「このお菓子、バーフレムに来る前に寄ったシンギンっていう国で買ったんだ。懐かしいな」


「そうだね。シンギンってどんな国だったの?」


 シンギンは私の住む国、バーフレムとアミルの国ルサーファの中間あたりにある大国だ。国が広すぎて地域ごとに全く違う文化だという。私は牧場のことがあるので外国には行けない。


 帰り道はアミルのシンギンの話を聞きながら家に戻った。

2章開始時に、この話には3つのエンディングがある、とのたまいましたが2つのエンディングは本編終了後に別タイトルで書いて回収する予定ですすみません……

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