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耐性

 深夜に家に帰り着いた。玄関の扉を開けた瞬間、飛び付いてきたミルに押し倒される。


「ミル、もしかしてイビヌの匂い嗅いでるの?だめだってば」


 カゴや木箱に入ったものを少し運んだだけなのに、匂いがついてしまったのだろうか。麻薬探知犬のようにミルは鼻先をぐいぐい押し付けてくる。


「お風呂入らなきゃ。カルロもどこか空き部屋で入っていったら?うちならお湯がすぐ出るし……そのまま仮眠した方がいいんじゃない?もう朝まであんまり時間ないから」


 床に寝た体勢でカルロを見上げた。

 私の屋敷は客室は7部屋あるし、屋根裏のタンクをミルが有り余る魔力で沸かしているのでいつでもお湯が出る仕様になっている。そしてもう夜明けの畑仕事開始まで時間がない。


「……じゃあそうさせてもらう」


 カルロは少し考えた風に見えたが、私の合理的な提案に乗ってくれた。


「うん、そうして。おやすみなさい」


 夜中に働こうとも、夏の農家の朝は早い。私は慌ただしく2階の自室へ駆け上がった。


「ふう……」


 ミルと部屋に入って、私はしっかり鍵を閉める。とりあえずカルロに私の体の異常は気づかれずに済んで良かったと思う。


 ため息をついて装備品を外し、詰め物やサラシを脱ぎ捨て、裸になって全身を部屋の鏡に映して確認してみた。


 もしかして体に変な模様とか浮かび上がってたらどうしようかと不安だったけど、見た目は変わっていなかった。


「よかった」


 別に誰に見せる予定もないけど、自分なりに入浴剤を調合して毎日お風呂に入っていい感じにしてる肌だ。真夏に着ぐるみ状態で動き回っても全然暑いと思わず、お肌さらさらなのは異常だけど良しとする。


『耐暑』のスキル、そう思うことにした。私は暑いのが苦手だったから助かる。うん。


 私はお風呂場でお湯や水を出して、温度をちゃんと感じられるか試してみた。


「大丈夫っぽい……?」


 熱いのも冷たいのも多分人並みの感覚だと思う。そういえばナザリオから受け取った水もちゃんと冷たいと思った。だから私は暑さに強くなっただけだ。



 安心してお風呂に入って即寝落ちした。





 わずかな仮眠で夜明け前に起きる。悩みも解消したし、気分がいい。全然眠くないし元気いっぱいだ。ダイニングに降りると、ちゃんとカルロも起きてつらっとした顔でコーヒーを淹れていた。


「一度でいいからカルロの寝てるところ見てみたい」


 大喜利みたいな私の呟きに、カルロは顔をしかめて反応する。


「……出せ」


 カルロはコーヒーサーバーを置き、私に手を差しだした。


「え?」


「昨日の!眠り薬塗った短剣があと2本残ってるだろ」


「ばれた?」


「俺が処分しておく」


 別に本気でカルロを刺そうなんて思ってなかったけど、私はなるべく残念そうな顔で隠し持っていた短剣を2本とも渡した。そう、これはほんの余興。今度またお父さんに眠り薬を作ってもらって仕事終わりのカルロに飲ませる完璧な作戦だ。


「アウグスさんに言ってあるからな、ユリィが眠り薬を欲しがったらすぐ俺に伝えて下さいって」


「心を読まないでよ!」


 長らく私の面倒を見ているカルロに対してお父さんは全幅の信頼を置いている。ひとりで危ない橋を渡りがちな私より、カルロの言を優先しそうだ。


「ちなみにユリィにも眠り薬って効くのか?」


「な、何考えてるの?」


 過保護なカルロに眠り薬なんていちいち使われたら私のやりたいことが捗らない。


「いや、純粋な疑問として」


「……使ったことないし、意識したこともないから効くと思う。それは普通の人と同じじゃないかな?」


 普通の人と同じか、違うか、そんなことをいちいち考えなければいけない自分の体が少し悲しくもある。


「そういうものか……。じゃあ気を付けろよ」


「やめてよフラグ立てるの!」

「は?フラグ?」


 カルロにはフラグなんて概念はないらしく、本当に純粋に心配してくれてるのだろう。睡眠不足なはずなのに澄んだ目をしている。



 だけどこのときの私には知る由もなかった。まさか本当に眠り薬を使われる羽目になるなんて。




 数日後、私は結婚式に出席していた。養父であるレオナルド・グラソーが結婚した伯爵家の三女。その姉の娘、セラフィーナの結婚式だ。


 一応親戚に当たるけど初めて顔を見た17歳だという花嫁は皆に祝福され、笑顔を振りまいていた。


「この良き日に、私からささやかな贈り物をさせて頂きます」


 打ち合わせ通りの順番で、私は新郎新郎に近づき声を張る。


 私は銀の匙を掲げてポキリと折った。その瞬間、光の泡となり新しい銀の匙が出現する。招待客にどよめきと歓声が広がった。私の発掘スキルによって銀の匙はよくわからない、銀よりちょっといいものになった。錆びないらしい。


「この銀の匙のように、お二人の愛がいつまでも輝くものでありますように」


 銀の匙を箱に収め、新郎と新婦に捧げる。これが私の結婚式の鉄板芸だ。拍手と歓声に包まれる。


 式次第も全て終わり、立食パーティーになった。一緒に来ているレオナルドお父様も義理のお母様も、義理の弟たちも、それぞれの親交を深めにどこかに行ってしまう。


 あまり社交界に馴染んでいない私はこういうとき、どうしたらいいのかわからず壁にもたれて自分のドレスの模様を眺めていた。緑のグラデーションに金色の刺繍が入っていて、綺麗だと思う。緑はいい。こんなパーティーなんてどうでもいい。自分の牧場に帰りたい。


 もう黙って帰ってしまおうか。私がひっそり帰るのはいつものことだ。誰に言い訳してるのか、私はお手洗いに行きますよ、という雰囲気で出口に向かう。


「ユリアレス様、まって」


 私の進行を妨害したのは小さな男の子だった。見たことがない顔だが、7、8歳だろうから仕方ないのかもしれない。


 子供ながらにクラバットを締め、ベストとジャケットを着ている姿はかわいらしい。


「どうしたの?」


 話しかける声もつい高くなってしまう。小さきものは全てかわいい。大きくてもかわいいけど。


「僕はラニエロといいます、噂で聞くユリアレス様にずっと憧れてました。良ければ少しお話をして頂けませんか?」


 意外としっかりした口調で紳士的に誘ってくるのでまあいいかと私は了承する。子供だけど、こういう場面で声をかけられたのは初めてだ。初対面の子供が私を怖がらないのは珍しい。


「ありがとうございます、ではこちらにいらして下さい」


 ラニエロが手を差し出してくる。小さな手は、驚くほどひんやりしていた。少年に手を引かれるままにお屋敷の広間から離れて、奥まった部屋に案内される。小さめの応接室といった感じだ。


「僕は新郎のタルチジオ様の親戚ですので、今日の結婚でユリアレス様とも親戚になりました」


「そうなの。だからこのお屋敷のこと知ってるのね?」


「はい」


 ラニエロは微笑むが、貴族の姻戚関係はもうめっちゃくちゃ複雑だからまた覚え直さなきゃなあ、なんて思う。


「お茶を持ってきますので少々お待ち下さい。もしユリアレス様が帰ってしまったらとても悲しいです」


 ラニエロは私にしっかり釘を刺して、扉を静かに閉めた。彼は小さな体で良く動き、立派に喋る。私も子供の頃はあんな感じに見えていたんだろうか、と私はソファに腰かけてぼんやりとしていた。


 やがてラニエロは自らトレイにティーセットを乗せて戻ってきたので、私は立ち上がる。


「大丈夫?手伝う?こぼれたら危ないから……」


「大丈夫です。ユリアレス様をおもてなししたいんです」


 ゆっくりとラニエロは慣れていない様子でお茶の用意をする。ポットから紅茶を注ぎ、砂糖壺からいくつもの角砂糖を投入した。


「ラニエロは甘いのが好きなの?」


「はい。甘いとおいしいです」


 そう言って砂糖をたっぷり溶かした紅茶を手渡してきたのでちょっと驚く。君くらいの年齢ならストレートで紅茶を飲まないかもしれないけど、私は紅茶に砂糖を入れないんだけどなあ。とも言えずに受け取った。


「どうぞ」


 榛色の瞳をキラキラさせてラニエロは勧めてくる。仕方なく一口飲んでみた。


 ものすごく甘い。なのに苦い。どういう淹れ方をしたんだろう?ここのメイドは何をやっているのか。


「おいしくないですか?僕がユリアレス様のために淹れたんです」


「お、おいしいわ。ありがとうラニエロ。ところで何かお話があったのかしら?」


「あ、えっと……。ユリアレス様はどんな人が好きなんですか?」


 ませた子だなあ、と私はもう一口、我慢して紅茶を飲んだ。


「私は……私より強い人が好き」


 ラニエロはびっくりしたように目を見開く。私もこんなことを言い始めた自分に驚く。


「そんなあ、ユリアレス様より強い人なんてこの国にも、世界中探してもいませんよ」


「強いっていうのは、心のことよ。自分が傷つくのを恐れない、強い心を持っている人が好き。私はそうじゃないから」


 私は初対面の少年になぜペラペラと素直に喋っているんだろう。ラニエロの顔を見ようとして、目蓋がやけに重いことに気づく。何だか頭がぐらぐらする。


「え……?」


 部屋にたくさんの人が入ってきた足音が聞こえた。それもすごく遠くの世界に感じて、私は意識が途切れた。











「うっ……」


 頬に当たる冷たい感触で目を覚ました。数回まばたきをして覚醒するにつれ、事態の異常さに気づいてのろのろと身を起こす。


「うん……」


 窓もなく暗い場所だ。肌の感覚で私はドレスを着ていたはずなのに白い薄手の下着しか身につけていないことに気づいた。


「最悪」


 誰が脱がせたんだろう?体の感覚的には脱がせただけでそれ以上はないと思う。というか腹時計的には気を失ってからそれほど時間は経っていない。


 私は気を失う前を思い起こした。あいつ……。

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