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「燃え尽きた……」


ひんやりしたテーブルに突っ伏して私は呟く。私は何十回目かのビニール試作に失敗した。苛立ちまぎれに失敗した、と何度も繰り返し呟く。ベッド5台分くらいの面積の特製の金型の中、一度に均そうとしてぼこぼこ穴だらけの透明な何かがそこにある。


茹だるような暑さの中、外では夏の虫がうるさいくらいに鳴いている。

少し疲れが溜まっているかもしれない。あるいは夏バテなのか。


ビニールハウスにかけるほどの大きなビニールを作るため、私は村に六年前に建てた綿の紡績工場に来ている。工場といっても、外観はレンガ造りの大きな倉庫風で、肝心の大型機械は機械工に発注し続けて未だに完成していないので空きスペースだけがある。


それに綿花はわざわざほかの領地から買っているので、完全にうちの牧場の赤字部門だ。


別室で糸紡ぎ機や機織り機で数名の女性が童話のように糸を紡いでいる音も聴こえてくる。彼女たちは私の放電や奇行が怖いのか話しかけてこない。


エミリアーノ王太子殿下は、先日無事即位されてエミリアーノ国王陛下となった。祝賀式など忙しい陛下に合わせて夜にお城を訪問しているため私の睡眠不足は続いている。


それでも何とか暑い中、雷牙狼(スペロウガ)の角の粉末で電気をバチバチさせて慣れない魔力操作を続けていると、座っているだけなのに目眩がしてきている。


「これからどうしよう……」


エミリアーノ陛下に全て告白してしまった私は、燃え尽き症候群のようになってしまった。もう無理して食糧の増産をしなくてもいい。ジェイクが参謀に入ったこともあるし、これからは私が入手しきれなかった国内のデータを全て取り纏めた上で、有効な政策が敷かれるだろう。私はそれに従うのみだ。


アミルにこの国に住んでもらう、という子供の頃からの目標も既に叶ってしまった。アミルは今やフランコ医師の有能美男子助手として、噂に疎い私の耳に入るほど有名になっている。


ただアミルとは最近顔を合わせていない。王都の子供たちの間で耳下腺炎、いわゆるおたふく風邪が流行っているらしく、私に感染させたくないとアミルはフランコ医師の家に泊まっている。おたふくはかかった記憶がないので私も気にしないでとは言えなかった。



カルロは国境地帯で栽培されている麻薬について、公爵が関わっているという証拠を掴むため午前中の牧場作業を終えたあとはあちこち出かけている。

聴覚を強化できる、ドッディの石を持っているカルロなら盗聴し放題だし意外とツテもあちこちにあるらしい。


麻薬の件はジェイク経由でエミリアーノ王陛下にも伝えている。国を揺るがしかねない麻薬は根こそぎ刈るべく準備を進めているそうだ。


つまり、私に今できるのはひとり工場に籠ることだけ。



「あっ……」


大きなテーブルの、少し遠くにあるカップを取ろうとして私は椅子から転げ落ちた。受け身は取ったものの天井が激しく回って見えて気持ち悪い。これはまずいかもしれない。


魔力操作は不慣れなせいなのか、発掘よりかなり消耗してしまう。


風通しのいい場所で寝ていたはずのミルが私の様子を見に来てくれた。濡れた黒い鼻が押し付けられる。白銀に輝く滑らかな毛を撫でて私はささやいた。


「ミル、どこか行こう」









ミルの背に乗って私は工場を、村を飛び出した。自由への逃避行と言わんばかりにミルも全力疾走でスピードを上げていく。体に当たる風が籠った熱を吹き飛ばしていく。


「あの山の頂上へ行こう!」


目指したのは村の北側にある山々。洞窟には入ったけれど頂上はどうなっているのか気になっていた。空も飛べるようになったミルは山の斜面を、見えない階段を一足飛びで駆け上がるように登っていく。


一般的な空飛ぶ馬にはできない芸当だ。馬たちはなぜか一定以上の高度を飛ぼうとしない。


ミルはそんなこと関係なく、たくましく登り続けていく。突然、頬に冷たいものが当たった。天気雨だ。びしょ濡れになりながらも水滴を散らし、光が乱反射する頂上を睨んだ。やがて天気雨も降りやみ、向かい風ですぐに服が乾き始める。



見たことのない白い花の群生も濡れて光っていた。すぐにそれも飛び越え、灌木に囲まれた深い青の湖にたどり着いた。ミルが水を飲みたいのかと、私はミルの背中から降りた。



水深が深いカルデラ湖なのだろうか、水の透明度は高いものの、底が見えない。静謐な湖面を、ミルが舌を伸ばして揺らしている。青い水の波紋は広い湖の対岸までは届かないだろう。


どこまでもどこまでも深い青の湖は神聖な感じがして私はほとりに立ち尽くしていた。


「わっ……」


油断していると結構な力で背中から押された。私は成す術もなくどぼん、と湖に落ちた。



「ミル!」


慌てて顔だけ水面に出すと、ピンク色の舌を出したままのミルが嬉しそうに岸から私を見下ろしている。水はかなり冷たいし、底が深いので足が全くつかない。私が泳げなければ死んでいるところだ。


「もう……」


私は衣服が水を含んで重いものの、なんとか岸辺に這い上がった。獅子は子を千尋の谷に突き落とすというが、この世界では火灰狼(コールティコ)は飼い主を底無し湖に突き落とすものなのかもしれない。


貼り付いて気持ち悪い服を私は思い切って全部脱いだ。こんなところに来れる人はいないし、と開放的な気分になった。



「ミル!おかえし!」


私はミルの巨体を力いっぱい押して湖に突き落とした。毎日一緒にお風呂に入っているし、ミルは水好きだと思う。私もミルを押した勢いのまま飛び込んでしばらく水中でもみくちゃになった。



息継ぎのため顔を出すと、同じく顔に出して犬かきしているミルの口に、手のひらを合わせて作る水鉄砲を狙い入れた。感触が気持ちいのか、ミルは口をパクパクさせて喜んでいる。


「熱っ……?!待ってミル!ストップ!ストップ!」


急に水が熱くなってきて私は焦りながらミルを止める。ミルはテンションが上がりすぎたのか無意識に周囲の水を沸騰させていた。ミルと一緒にかき混ぜて誤魔化す。

これじゃあプールでお漏らしする子供じゃないかと、ちょっと思う。


「お漏らしなんて子供のとき以来じゃない?」


私が子供の頃は一緒にお風呂に入ってるときに良くこれをやられて、茹で殺されそうになっていた。こういう話をするとミルは都合良くわからないふりをする。犬かきでどんどん泳いでいってしまうので追いかける。


良く見ると小さな魚も泳いでいるが、驚いて私たちから離れていくだけで危険はなさそうだ。


湖の真ん中辺りまで泳ぎ、ふと空を見ると雲ひとつない晴天で、上下の感覚が無くなりそうになった。ここで溺れ死んだら誰にも見つけてもらえないだろうな、なんて思った。


見えてきた対岸に目を凝らすととてつもなく大きな黒い影がゆっくりと歩いていた。

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