国家は牧場である
「ユリアレス……昨日頼んだものなら、もう不要になった。だから帰っていい」
エミリアーノ殿下は険しい顔で言い放った。だけど私はわかっている。これはツンデレかヤンデレ的な強がりだ。
別に私を好きとかそういうのじゃない。だけど私を信じていいのか、裏切らないのか、試しているんだろう。
両親である国王陛下や王妃陛下から随分な扱いを受けてきたエミリアーノ殿下の境遇を考えるとわからないでもない。
わざと警備を増やして部屋を変えたのも、私が約束を違えて来ないかもしれない不安のせいだろう。そうしたら私が来なくても、警備が多くて来られなかったのだと理由ができるから。
昨日は開かれていた殿下の心の扉は、この部屋の扉と同じように、今は完全に閉じられているのを感じる。それをチートして、無理にこじ開けて入って来てしまった。
私は悪人になろう、と決意した。急いで頭を巡らす。
「……わかりました。殿下。私の打算に気づいてしまったのですね?それで拒否されているんですね?困りましたね……」
こうなればエミリアーノ殿下が受け取りやすい形で提示するしか私にはできない。
「……そうだ。何かははっきりわからないがおかしいと思ってな」
ようやく殿下の瞳に、感情らしいものが見えた。そこに悲しみとか、残念がる様子はない。王太子殿下に取り入ろうとするものの扱いには慣れているのだろう、それが少し悲しくもある。
「何が望みだ?」
「申し訳ありません。殿下を訪ねればジェイクに会えるかもと思って来ております」
「なるほど、私はついでと言うことか」
殿下は片頬で笑みを浮かべる。咄嗟に考えたので思ったよりひどい話になってしまったがこの方がエミリアーノ殿下は受け取りやすいらしい。
殿下の心は妃殿下に全てお任せしようと思う。私にできるのは何でもいいから食べてもらって体を健康にするくらいだ。
「よい。今はジェイクに命じている仕事があって呼べないが、次からはそうしよう」
ジェイクにはもちろん会いたかったので嬉しくはある。利用してしまった申し訳なさもある。混乱する胸中を顔に出さないよう、私は笑顔を作った。殿下は本当に難しい人だ。
「助かります……では、折角なので持ってきたケーキを食べてもらいましょうか。こっそりお城に侵入するのも大変なんですよ。次からはジェイク経由で普通に入れて下さい」
殿下にソファに座ってもらって、私は室内のキャビネットからお皿とフォークを持ってきた。この部屋にはこんなものもあるのに、素直じゃないなと思う。既に切ってあるパウンドケーキの一切れをお皿に載せて差し出した。
「……食べなければ殺す、くらい言った方がいいですか?」
「言わなくてもいい。既に殺気が出ている」
冗談なのか判別ができないことを言われて、私は笑うしかなかった。殿下の唇の端も微かに歪んだ。
「殿下に死なれては困るんですよ。ほかに有望な王位継承者はいないし、国内が混乱してしまいます。それでは私の目指す強い国から遠ざかってしまいます」
この国は男しか王位を継承できないので、エミリアーノ殿下のほかは亡くなった王の弟しかいない。しかし彼は私の知る限りあまり適任ではない。
「ふん、そうか」
殿下はあっという間に一切れを食べ終えたので私は追加のパウンドケーキをお皿に載せた。私は人間だろうとモンスターだろうと食べ物をあげるのがかなり好きだ。
食べる姿を見ていると少しは愛情も湧いてしまう。だけどそんなものを見せたらまた拒絶されそうで、私は顔を引き締めた。
「私が殿下に捧げられるものはこんなものと、忠誠だけです」
訝しげに殿下が私の顔を見る。この人は、愛情とか友情は絶対に疑って拒絶するだろうけれど忠誠心なら受け入れてくれるかもしれない。急にそう思った。
「……忠誠の証として今まで誰にも話していない計画をお話ししましょう」
私が覚悟した雰囲気を感じたのか、殿下もお皿をテーブルに置いて私をじっと見ている。
「……私は長らく、武器を作っていました。世界最強の武器です。何だと思われますか?」
瞬きを数度して、殿下は考えている。
「ユリアレスの持っている短剣か?」
「こんなの、ただの切れ味のいい短剣です。まあ人を気絶させたりもできますが、これで国は動かせません。世界で一番強い武器とは――――食糧です」
「食糧?」
殿下は眉を寄せて納得できない顔をする。
「はい、食糧です。食糧は気づかぬ間に国を支配する強大な武器なのです。どのような国でも最底辺に畑を耕す人がいて、その上で国が成り立っています。
政治や教育や治世は、安定した食糧供給があってはじめて議論できるものです。つまり国家は大きな牧場と言えます。たったひとつの作物、そこから国が始まるのですから」
私はひとつ息をつく。多くの人を巻き込む汚い計画なので口にするのも勇気がいる。
「……私は王陛下をいずれ倒すべく、私の養父であるグラソー子爵領地で主に小麦などの穀物を作り、特別な肥料を作ってきました。この肥料の製法は外に漏らしていません。そしてグラソー子爵の領地、以外の土地では、食肉産業や、あるいは食糧ではない産業を主に行うように仕向けてきました。
……ある日、私の領地から食糧や肥料が一切出なくなれば、国はどうなるでしょう?」
「そんなことをしたら、国民の多くは飢え死にをする」
殿下は非難するように私を見る。
「そうです。餓えたくなければ私の側につくよう、宣言するつもりでした。国民のほとんどは私の側につくでしょう。国民なくして、王は王足り得ません。そうしてこの国を乗っ取る計画でした。まだまだ道半ばでしたが……倒すべき王陛下は亡くなってしまいました」
「どうするつもりだ?私を太らせてから討つのか?」
「いいえ。エミリアーノ殿下は、地下の図書館で私と偶然出会ったとき、私に望外の言葉をかけて下さいました。私はあのとき誓いました。殿下が新しい王になるのなら、私は協力してこの国を豊かにしていこうと」
殿下は何かを考えているように横顔を私に見せている。クーデターの計画を聞かされればそうなるのかもしれない。だけど私は捕まるつもりもない。
「私を捕まえますか?それは食糧を大量に生産した罪ですか?それとも国民に有益な肥料を作成した罪でしょうか?」
証拠は、私の話以外は何もない。何一つ罪を犯さずに計画を進められるのも食糧の強みだと思う。
「もちろん、捕まえることはできない。ユリアレス、話してくれてありがとう。長年の膨大な努力と苦労を全て投げ捨てた君の忠誠を私は受け取ろう」
殿下は私に向かってゆっくりと笑った。一瞬だけど心を許してくれているような気がした。
「だが、食糧生産について各領地へ指導する必要があるな。そして君の野望を折った責任も取ろう。私は…ユリアレスが認める王になることを誓う」
幻のように笑顔は消え失せて、尊大な表情を浮かべるエミリアーノ殿下に私はむしろ安心した。
「微力ながら、お支え致します」
「ユリアレスが微力とは、面白い表現だ」
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