ビニール試作
いよいよ夏が始まった。日が昇る前、気温も上がらない前に起きるけれど今日は暑くなりそうという予感がある。多分気圧が高いのだろう。
気の早い夏の収穫物を取り、ジェイクから集荷を引き継いだボニートさんに引き渡す。
「はあ…」
ため息がどうしても出てしまうのをカルロが同情を込めた瞳で見ていた。
夏の間は2時間早く仕事を始めるので終わりも早い。また国王の逝去によって国民全体が喪に服しているので遠出もない。
この間にビニール作成を進めようと思う。雷牙狼の角は入手したもののメインの材料である浮刺胞を獲れずにいた。プラインは村の海にいるのだけど、ここ数日は雨が強く、海水も川から流れ込んだ泥で濁っているため手が出せなかった。
賄いを食べたあと、海沿いの貝の養殖場に向かう。
「こんにちは」
「あらユリィちゃん、こんにちは」
ジェイクのお母さんのハンナさんに出迎えられる。
「今日はまだ水が濁ってるとは思うんですがプラインが2、3匹でも獲れたらと思いまして」
プラインが欲しいという話はもう通してある。雨が強すぎてもう少し待ってと言われていた。
「少しなら大丈夫だと思うわ」
ハンナさんはにっこりと微笑む。ハンナさんががっしりした元ハンターの男性二人に声をかけた。二人は何らかのモンスター素材を使ったウェットスーツとゴーグルを身につけていて、銛を手に海に飛び込んでいった。
昔から海にもモンスターはいっぱいいるので、入ってはいけないと言われている。海に入るときは専用の装備が必要だ。だから私は浅い川で遊んだことしかない。プラインは麻痺毒のある触手で刺してくるらしいし。
「ところでハンナさん、ジェイクは家に帰って来てます?」
「それが忙しいみたいで……」
ハンナさんは少し眉を下げ、頬に手を当てる。
「もし良かったらうちに住んで下さいね!」
女性ひとりでは危ないかもしれないと私は提案する。
「すてきな提案ありがとう。ジェイクとも相談してみるわ」
結局バケツいっぱいの浮刺胞をもらって養殖場をあとにした。後日お礼をしなきゃと思う。
家に戻り、既に死んでいるプラインの麻痺毒の針や内臓を取り、粘液を搾る作業をする。厚手の手袋をはめて力まかせに搾った。
「体のほとんど粘液じゃない」
絞ったあとは薄い皮のようなものしか残らなかった。
粘液を網目の荒いザルで濾して、次にサラシで濾す。透明な粘液だけを抽出できた。とてもヌルヌルしている。これを子供の頃に知ってたら、カルロの通り道に撒いてたと思う。めちゃくちゃ転びそう。
あとはジェイクに聞いておいた方法を試すだけだ。机上の計算だけど、とは言っていたけどそもそも机も使ってなかった。
肘上まである帯電の手袋をはめた。用意していた大きな型に粘液を薄く流しいれて、スペロウガの角を粉状にしたものを少量投入する。
「これを混ぜると……」
先がプロペラ状になった撹拌棒でしばらく混ぜるとバチバチと静電気が起きてくる。
「こういうのお父さんの方がうまい気がする……」
粘度が増して力がいるようになってきたが、流れを整えるように均一に混ぜるのは神経を使う。しかしお父さんは今日も基地でゼフさんと化学肥料を作っているから仕方ない。
撹拌を続けて地味に暑くなってきた。手を止めて腕で額の汗を拭い、スペロウガの角の粉をもう一度投入する。
「今度は逆方向に回すと」
線香花火のような電気が激しく空中に散った。
「わっ……」
型の中から枝のように放電が続いているが一度撹拌を止めて、反応を観察してみる。やっぱり反応が不均一なのか粘液は盛り上がったり凹んだりしていた。
「このくらいなら、触っても大丈夫かな」
私は手を型の中に入れた。強い静電気くらいの痛みがあった。触るか触らないくらいの距離でそっと均していく。
「集中、集中……」
ジェイクは魔力を均一に並べる必要があるといっていた。目を凝らすと光の粒が乱れている場所がいくつもある。力の加減が難しいが、磁石で砂鉄を動かす感覚に似ていた。
「こんなものかな?」
色々な角度から溶液を眺めてみるが、かなり平滑に均すことができたと思う。何回か練習したらもっときれいになりそうだ。
型がひとつしかないので、完全に固まるまでの間に殿下に持っていくお菓子を焼いた。彼はお酒が好きそうなので去年お酒とスパイスに浸けておいたドライフルーツでパウンドケーキを焼く。
このくらいなら私も食べたりするので本当に飲めない体質ではないと思っている。でも前世では酒に溺れ気味だったから。
パウンドケーキをオーブンに入れて、固まったビニールを型から取り出してみた。こうして見るとゼリーみたいだ。溶液を入れすぎたのか、厚みがちょっと気になる。
「おお……」
それでも試しに水をかけてみた透明で滑らかな皮膜は、水を一滴も通さず、染み込まずに弾いている。スペロウガの粉の量や撹拌は改良の余地があるけど、初めてにしては大成功と言える。
しかもビニールはお菓子作りにも使える。搾り出し袋だ。今までは織りの細かい布に口金をつけて生クリームを搾っていたけれど、布地を通して油分が染みでて勿体ないし、手もベトベトになるしで最悪だった。
「これならシュークリームも作れる」
カスタードと生クリーム半々でイチゴも挟めば絶対おいしい、と私は夢を膨らませた。
その後、ビニールの試作を続けて暗くなってからミルと王城に向かった。当分睡眠不足が続くなと少し気持ちも暗くなる。
もうお風呂も済ませたし、お菓子を渡したら早めに失礼して帰りにモンスター1体くらい倒して石を集めなきゃなあと考え事に夢中になっていたが、城の敷地に近づいたとき、違和感に足が止まる。
城の警備兵が昨日より明らかに多い。
―――私を試している。
エミリアーノ殿下は思ってたよりずっと子供らしい。昨日、別れ際に確認したときは今夜と同じように来てくれ、と言われたのにこの仕打ちだ。昨日聞いた話を思い出すと仕方ないのかなとも思う。
私は唇を舐めてザンディーラの石を使う。これで警備兵の居場所は全て把握できる。それに夜目も、魔力が視認できるようになってから効くようになってきている。
鈍重な警備兵の目をかいくぐり、昨日登った外壁の近くに行くが狙ったように人影が多い。私は匂いで開いている窓を見つけ、城内に侵入した。
壁つたいに歩き、人の匂いがしたら天井に張り付く。しかし階段を登っているときはばれそうだったのでやむを得ず、愛用の短剣を押し当てた。
「……!」
この短剣は、常人なら触れただけで気を失う。多分あるかないかの魔力を吸われてしまうのだと思う。哀れな男は気を失ってその場に倒れた。数時間で目を覚ますので階段ではないところに安置した。
殿下がどこに隠れようが私から逃げられると思ってるのか、と私は怒りにまかせてどんどん進んだ。幸いそのあとは誰にも見つからずに城の最上階にたどり着いた。多分昨日とは違う部屋だ。
突き当たりの大きな扉の前には兵士が二人立っている。一応顔も布で隠してるのでいいか、と正面から走り込み、ひとりの口を押さえている間にもうひとりの体に短剣を当てる。続けて、口を押さえている兵士。
倒れた二人を居眠りしてる風の姿勢に直してドアノブを触る。しかしそれはガチッと硬い音を立てるのみで動かなかった。鍵がかかっている。
今の音で中にいる殿下は私に気づいただろう。ちょっと怖がらせてやろうかと私は短剣でドアノブがつけられている金属部分を斬りぬいた。バターのように簡単に切れたが、私の発掘スキルが発動して、光の泡が発生してすぐに再生しようとしている。
そこに手を突っ込み、内側から鍵のつまみを回して解除した。扉の向こうにいる殿下から見ると扉に空いた穴から手が生えてきて引っ込み、穴がふさがっていくのでさぞかし気持ち悪いだろうと思う。
「こんばんは、殿下。お待たせしました」
扉を開けて私はなるべく優しく挨拶をする。部屋の中では、相変わらず顔色の悪い殿下がひとり立ち尽くしていた。




