カルロのお休みの日
夜中のことだった。
「ううーん」
寝返りを打って、隣のモフモフを触ろうと手を伸ばしても当たらないことで隣にミルが寝ていないことに気づく。
家の外から地響きのような、うなり声のようなお腹の底に響く音がしたので私は寝ぼけた頭で、寝巻きのまま剣と短剣とを持って家を出た。いつものことだ。
音と匂いのする方向に小走りで向かった。徐々に見えてきた巨大なモンスターは、全身が黒い棘に覆われ、腹側が薄い黄土色の姿をしていた。小さな前脚に比べて後ろ脚が異常に発達していて、跳ねるように移動していたのかと思わせる。
今は火の粉が爆ぜる炎の中、その巨体より一回り小さな銀狼のミルに食べられている。黒い棘は炎で熱せられ、赤く溶け落ちつつある。
「ミル、少し分けてくれる?」
ミルは尻尾を数度振ったのでそれを了承の合図として私の身長くらいある立派な後ろ脚を1本、短剣で切り分けた。ミルの炎が少しだけついている。
お食事中のミルから離れた場所に置いて、私は刀身の太い、ファルシオンに似た剣を軽く振る。剣から衝撃波が出て炎を消すことが出来た。この剣は確か50回くらい『発掘』済みの剣だ。
消火した後ろ脚を倉に逆さまに吊るして血抜きの処理をした。これは数日のおかずになりそうだ。
家に戻ろうとしたとき、アミルが2階の窓から私を見ているのに気づいた。一部始終を見ていたのかもしれない。顔に血が一気に集まるのを感じた。恥ずかしくて、走って部屋に戻る。とうとうこういう姿を見られてしまった。引いてるかもしれない。
この村に巨大モンスターが現れる現象は続いている。しかしそれは夜、私の家の周りだけになった。もういい加減私がモンスターを呼び寄せていると、認めざるを得ない。来てほしいと思ってる訳じゃないけど、これも私の体質のひとつなのだろう。
ミルが誰よりも早くモンスターの気配を察知して駆けつけてくれるので被害は無いものの、いつか何かありそうで心配はある。ちなみにアミルには、夜間にひとりで出歩かないようには言ってある。
「……はあ」
軽く手を洗ってまだ温かいベッドに戻った。ほどなくしてミルも部屋に戻ってきた。私が部屋の浴槽にお湯を貯めておいたのでミルは軽く汚れを流して、ブルブルと体を振って出てくる。その一瞬で蒸気が体全体から立ちのぼり、乾いてふわふわになった。
「ごめんね、いつも夜中に。もう少し寝ようね」
胸元の白い毛に顔を埋めて私は目を閉じる。ミルは満腹になって眠いのかクゥ、とかわいい声で返事をした。
夜中に起こされたものの、いつも通りの時間に目が覚めた。だけど今日はカルロがお休みの日なので少し急がないといけない。
ダイニングに行く途中にコーヒーの香りが鼻腔に届いた。
「カルロ!休みなのに今日も来てるの?」
「ここにコーヒー飲みに来てるんだよ」
カルロはコーヒーを飲みながらテーブルにコーヒーの生豆を広げて選別をしていた。
「ちゃんと休みの日は休んでよね!」
私は何度も何度も繰り返している注意をする。実はキーラさんとゼフさんが来る前はカルロには休みがなく、とても気にしていた。休んでもいいといっても聞かなかったのだ。今はやっと休んでくれるようになったけどそれでも朝は高確率でここにいる。
私は前世で恐らく過労で死んだのに、転生先で雇用者を過労死させるなんてそんなことあってはいけないと本当に心配している。
私は氷鳥の冷蔵庫を開いて、イチゴとメロンを切り分けてテーブルに置く。
「はい、特別ボーナス」
「たまに言ってるけどボーナスって何?」
カルロの質問に答えず、私は笑ってカフェオレを飲み干して部屋を出る。
ゼフさん、キーラさんと急がしく仕事を終えた昼過ぎ、私は村内をミルと歩いていた。カルロが休みの日は遠出はしないことにしている。もし遠出をしようとしたら過保護なカルロがついてきて、休んでくれないからだ。
「この辺に水田作ろうかなあ」
水捌けが悪く、今は作物を何も植えていない地帯を私は見回っている。発掘クワを構え、軽く振る。衝撃波によって1振りで広範囲が耕される。力加減は自分でも匠の技だと思う。2区画ほど深く掘り、持ってきた堆肥も混ぜた。今は春の終わりなので、実際に植えるのは来年からになる。
次に、海沿いにある貝の養殖場に来た。食用の貝と真珠貝を育てている。ここは7年前に完成して、4年前にやっと軌道に乗ってきた。貝の成長は数年かかるし、失敗もあったけど資本には困っていないので何とかなった。
「こんにちはー」
「こんにちは」
ジェイクのお母さんのハンナさんが、ジェイクそっくりの優しい微笑みで迎えてくれた。ハンナさんはおっとりした雰囲気なのにめちゃくちゃ泳ぎがうまいので、養殖場の管理者をやってもらっている。
この養殖場には30人の人を雇っている。そのうち20人はアンジェラがやっている孤児院の年長者だ。一応ハンナさんの安全のために元ハンターの男性も9名雇っているが、今までトラブルもなく皆、ハンナさんを慕っている。天使のようなジェイクを育てただけある。
私は作業場に入ってあらかじめ用意してもらっていた真珠の核を入れて育てた貝が入った籠を自分の左にセットする。
「では……」
貝開き用ナイフを右手に持ち、次々と開いていく。私の『発掘』の力によって、どれも素晴らしい真珠が産出される。真珠は貝の種類によっても色が異なるので、何種類か育てている。一般的な白い真珠のほかに黒真珠や金色の真珠もある。
「いつもながらすごいわあ、ユリィちゃんが開くと全然照りが違うのよね」
ハンナさんや周りの人が関心して真珠に見入っている。
「お役に立てて良かったです、じゃあまた来ますね」
予定が詰まっているので早々に席を立った。
家に戻る途中に剣のぶつかり合う音とかけ声が耳に入った。
「ミル、ちょっとだけここで待ってて」
私はミルの耳元で囁き、足音を殺してかけ声の場所に近づく。無駄な努力だけど。林の中に、切り開かれた場所がありそこに数名の男性が集まっていた。予想通りカルロと防衛隊の人たちだった。
カルロは珍しく剣を持っている。王都からわざわざやって来ただろう防衛隊の人たちに稽古をつけてあげているようだ。カルロはうちの牧場で働いてるけど、防衛隊の特別部隊隊長でもある。でも休みの日なのに、これじゃ休みにならない、と少しむっとしてしまう。
弓専門かと思っていたけど剣も使えたんだなと私は木の幹に身を隠し、しばらく観察していた。弓矢では手加減が難しく命を奪いかねないので仕方ないのかも。
カルロが隊員を打ち負かし、後ろ歩きで私が隠れている木に近寄ってきた。
「俺が気づくのわかってるだろ?仲間に入れて欲しいなら声かければいいのに」
目線は模擬戦を行っている隊員に向けたままカルロが言う。
「いいの?」
「ちゃんと手加減しろよ」
意図せず嬉しそうな声が出てしまった私に、カルロは苦笑した顔を向ける。カルロから、練習用の刃がないなまくらな剣を受け取って素振りをする。流石にただの剣なので衝撃波は出ないが、鋭い風切り音がした。
「人型モンスターが襲来したのでこれより特別訓練を行う」
カルロがちょっと失礼な号令をかけると、隊員たちの青ざめた顔が私に一斉に向けられた。




