↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/146

子爵家

「着替えて参ります」


私はそう言って足を踏み出した瞬間、左足に痛みを感じた。──足をくじいた?私が?この程度で?


驚きと滅多にない体の痛みにその場に蹲ってしまう。


「どうした?今ので足を痛めたのか?私と同じではないか…血の繋がりはなくとも親子ということか!わはは」


レオナルドお父様は笑って手を差し出す。すっかり年を重ねて貫禄が出た。私の中でひとつの仮説が激しい主張を始めたが、礼を言い、手を借りて立ち上がる。


「お父様は足を痛めていらっしゃるのですか?どうして?」


「先日クラウディオ卿と狩に行った際に少しくじいたのだ」


「……そうですか、お大事になさって下さい。もし痛みがひかないならフランコ医師が評判が良いそうです。私はもう大丈夫です」


痛みを堪えてこの屋敷にある自室に向かう。レオナルドお父様から離れると足の痛みは嘘のように消え去った。私は今、昨日のカリネックスの石を身に付けている。


──この石は近くにいる人の体の感覚に共感するものかもしれない。だからカルロといるとき鼻のかゆみが倍増したし、アミルとジェイクといたときは怠さを感じた。多分、アミルが疲れていたんだと思う。


この仮説があっているとすれば医者として働くアミルには役立つかもしれない。私はあとでもう少し調べて報告しようと歩を早めた。


その前に、調理室に立ち寄る。


「こんにちは」


「お嬢様!今日も花のように大変お美しく、ご機嫌麗しゅう存じます」


待ち構えていたと思われる料理長が丸い顔全面に笑顔を作って挨拶をしてくる。


「お世辞はいいのよ。これ、アイスクリームっていう冷たいお菓子のレシピが完成したから作ってみて」


私は用意してきたレシピを渡す。


「ありがとうございます!先日お嬢様が教えて下さったスフレも、皆様絶賛していらっしゃいました」


料理長は恭しくレシピを受け取る。かなり歳上の料理長にあまり偉そうにするのはまだ違和感があるけれど、敬語を使うと逆に恐縮されてしまう。


「それは良かったわ。このアイスクリームはこれから暑くなるからおすすめよ。果物のコンポートに添えるといいと思うわ」


「お嬢様はお菓子作りの天才でいらっしゃいますね!神はお嬢様に二物も三物も与えられたのですね」


「……料理長は誉め上手ね」


前世でお菓子作りと食べるのが好きだっただけなのだけど。こうやってレシピを渡すと翌週のデザートに出てきたりするので、料理長とはウィンウィンの関係だ。


週に一回しか入らない与えられた自室にはメイドが待機していた。手伝ってもらってドレス──背中が編み上げになっていて自分ひとりでは着られないドレスに着替えた。きつめに締め上げられた。


そうして子爵家でのランチが始まる。私の横には教育係のブリアンナ先生が座る。30代半ばの生真面目な女性で、私が少しでもテーブルマナーを間違えようものなら即座にぴしりと叩かれる。私はこれを正直、楽しみにしている。


初めてブリアンナ先生に叩かれたとき、私の体はまだ7歳だった。骨付き肉をうまく切れなくて、ガチリとナイフとお皿が当たるうるさい音を立ててしまった。ブリアンナ先生の白い手が、ひらりと舞うのを私の動体視力ははっきりと捉えていた。まるで蝶がとまる場所を探すかのように、ふわふわと私の手にとまったのだった。


他人から見るとただぴしりと叩かれているだけでも、私にはとても長い一瞬だった。そもそも災害級のモンスター撃退に駆り出されるような子供をぶつ勇気がある女性を私はほかに知らない。自分の職務に一途で気高い女性だと思った。


それから8年経ってテーブルマナーが染み付いた今でもわざと間違えてブリアンナ先生の反応を楽しんでいる。


そっと、ブリアンナ先生の視線を盗み、魚のソテーに添えられた緑色の豆を指でつかみ口に運んでみる。


「ブリアンナ先生、私どこかおかしくなかったですか?」


「いいえ、全く。やっとマナーが身について来たようですね」


──失敗だったらしい。動きが速すぎた。ブリアンナ先生を始め誰も気づいていない。私は落胆してわざと背中を丸める。


「ユリアレス様、姿勢を正して下さい」


ブリアンナ先生は手を出すことなく口頭で注意する。もしかしてブリアンナ先生は私の考えなど全てお見通しなのかもしれない。



食事のあとはブリアンナ先生とお勉強をする。この国の貴族の家系図、最近の結婚、出産などを頭に叩きいれる。


それから貴族の嗜みの有名な詩や物語も何度も繰り返し読む。一体何の意味があるのか、考えてはいけない。頭の体操だと思う。


次に音楽。これは問題ない。私は前世でピアノを弾いていた。田舎の農家なので、近所迷惑もなく日がなピアノの練習が出来たからだ。なので音楽的素養がある。


楽器の進歩の当然の帰結といえるピアノもこの世界にあったので、指が忘れているとはいえ初心者よりはましに弾けた。


音階は古代ギリシャでピタゴラスが発見したように、この世界でも発見されている。人の耳に心地好い音は共通なので同じものだ。


弦の長さが2:1、3:2、または4:3のときに音は調和する。この原則に基づくと音はドレミファソラシドの8音で構成される。つまり始めのドと最後のドは同時に鳴らすと1オクターブ違いなので完全に調和するが、このときの弦の長さは2:1となっている。


音階の呼び方や楽譜の書き方に多少の違いこそあれどすぐに慣れた。



レオナルドお父様の二人の息子、オルランドとランベルトと私でトリオの演奏会を開くというお父様の夢の為、短時間だが練習に励んでいる。


だけど音楽家の教師、ウィリアム先生が席を外した途端に、ふたりは揃ってヴァイオリンとチェロから手を離す。


「お姉様、何か弾いてよ!」


兄のオルランドがいつものようにおねだりを始める。血は繋がってないが小さな弟たちにお姉様と呼ばれるのは何かに目覚めそうな魔力がある。小さな頃のジェイクみたいで本当にかわいい。


私は請われるまま、前世の記憶にあるアニメの主題歌を弾く。キャッチーで、メロディアスで、テンポが早くてノリがいい曲だ。家に置かれたピアノでもこういう曲ばかり思い出しては練習している。


二人は楽しそうに体を動かし始め、次第に自由に踊り出した。この国の人は基本的に音楽好きで踊るのも好きだ。


Bメロで盛り上がっている最中、バン、とドアが乱暴に開かれてウィリアム先生が肩をいからせて入ってきた。


「その曲は誰の作曲なんですか?」


一気に静まり返る中、弟たちが私を見ている。日本で有名なあの先生とは言えずに私は口を開く。


「私です……」

心の中で作曲家の先生に土下座した。お菓子の作り方と違って曲は盗作のようで、というか盗作と言えるので罪悪感がある。


「ユリアレス様、素晴らしい曲ですね。編曲して私の曲としても良いでしょうか?もう一度聴かせてください」


「は、はい先生」


ウィリアム先生は宮廷の演奏会にも呼ばれる人気のある音楽家だ。お城のパーティーでアニメの主題歌が使われるようになったらどうしようと私はわざと間違えながら弾くが、ウィリアム先生は恐ろしい勢いで楽譜に音符を連ねていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。