効果のわからない石
家に帰ると、『紅珊瑚』のシェフが作ってくれた夕食のいい匂いがして一気に空腹を感じた。
私はキッチンに行って鍋の中身を覗く。お金を払っているとはいえ誰かが作ってくれているのはありがたい。鍋には何かのモンスターの肉の赤ワイン煮が入っていた。ワインにはこういう使い方もあったなと感心する。
でも王家御用達の高級ワインを煮込みに使うのは勿体なすぎるかともらったワインは蔵に眠らせることにした。
冷蔵庫の中には綺麗に盛り付けられたオードブルなども入っていたし、ミートパイも合ったので、デザートにプリンだけ作ろうと急いで材料を計量して牛乳を温めて卵と混ぜ合わせる。
バットに張った水を作業台に置いてミルに声をかけた。
「ボイル」
ミルが前足を水に浸けると一瞬でお湯が沸く。そこにプリン液を入れた陶器のカップを並べて竈に入れて、15分ほど湯煎焼きにすれば完成する。食べる前にミルに表面を焼いてもらって、焼きプリンにする予定だ。
「ミルはかわいいし賢いしかわいいし大好きよ」
どや顔をしているミルを撫で回して、キスをしていると後ろにアミルが立っていることに気づいた。
「!」
「…入ってくるときに声をかけたんだけど、気づかなかった?」
気まずそうにアミルは立っていた。
「あ…と…おかえりアミル、アンジェラとは会えた?ポンさんもお仕事早い人だから準備ばっちりだった?」
やってしまった、と恥ずかしさを堪えつつ私は気を逸らすべく話題を振る。
「うん、アンジェラさんは本当にすごい人だった。俺の話を聞いてすぐに、貴族の顧客を多く持つこの国の医者を紹介してくれたよ」
アミルはよく見たら少しだけ疲れた様子だ。濃い一日だったらしい。
「お医者さんを紹介?アミルのライバルになるんじゃないの?」
「いや、俺は見た目がどう見ても外国人だし、まだ若造だから信用を得るのは難しいんだ。だからこの国の医者の手伝いとして始めようと思ってた」
「アミルは医療がこの国よりずっと進んでるウィスカータ国で何年も勉強したから知識とか技術は絶対上なのに…」
私の言葉を聞いてアミルが意外そうに眉を上げる。
「ユリィがそんなに医者としての俺を評価してくれて嬉しいよ。ユリィは健康そのものだから、あんまりその辺の知識はないと思ってたけど、詳しいんだな」
「あ、ほら農業と医療って繋がってるところあるから…」
私は慌ててそれらしいことを言う。実際は前世の知識由来だ。この国の医療レベルは民間医療やおまじない程度だが、ウィスカータでは手術すら行っているという。
「そうだな、農業と医療は密接な関係がある…。まあとにかく、その医者の先生、フランコ先生とは仲良くなれたから良かったよ。明日から弟子として、でもお互いの知識を共有し合うつもりだ」
アミルはにこっと笑って言う。
「アミルはジェイクともカルロともすぐ仲良くなったし、その先生とも仲良くなって、すごいよね。どうしたらそんなにできるの?」
宝石商の息子だから口が上手いとかそういうのを超えてアミルはコミュニケーション能力が高い気がする。
「うーん…俺はいつも自分の気持ちも、事実もそのまま言ってるだけ。ユリィも、そんなに取り繕わなくても、元々魅力的なんだからもっと心を開放してもいいと思う」
さらっとすごいことを言ってアミルは微笑む。私が毎日小さな嘘をついていることに気づいていたんだろうか。
「ありがとう…できるだけ心がける」
嘘にならない程度に私は言う。だけど前世の記憶があると告白するタイミングはわからない。それはとても長い話になる。
「私、今はすごくお腹が空いてるからご飯にしよう?」
取り繕わなくていいとは言っても、お腹の音は聞かせたくなくて精一杯お腹に力を入れて私はアミルに言った。
一旦自分の家に戻っていたジェイクもやってきて、私とお父さん、ジェイク、アミルの4人で食卓を囲んだ。昔の家と違い、10人は席につけるテーブルにシェフ特製の料理が並んだ。
「ユリィ、よかったら明日は俺が夕食を作ろうか?」
「アミルって料理できるの?」
アミルの提案に私は驚いて手が止まる。ジェイクも目を丸くしていた。
「軍医として集団生活してたから、料理もやった。大鍋料理ならできるよ」
「僕、未だに何も料理できないのにアミルはすごいね」
ジェイクは料理上手なお母さんと一緒に暮らしていてやる必要がないから仕方ないと思うけれど、なぜか大いに感銘を受けていた。
「大丈夫よジェイク。お父さんなんか未だに料理できないから」
「そりゃユリィが俺の料理まずくて食えないっていうし散らかるから台所のもの触るなって言うから」
お父さんがむきになって反論してくる。
「だって本当にまずかったしお鍋焦がすし…」
アミルとジェイクが親子喧嘩を見て笑っているので、私は残りの言葉を呑み込む。
「アミルの料理食べてみたいけどあんまり夜にお母さんひとりにしたら悪いから僕明日はやめておこうかな」
2日続けてうちで夕食を食べているジェイクは残念そうに言う。
「俺は大量に作るのに慣れてるから…」
アミルがちらっと視線を送ってくるので私も同調する。
「ジェイク、明日はハンナさんも呼んで?この2日ジェイクを取って悪いことしちゃったから」
ジェイクのお母さんのハンナさんも含めて5人の夕食も賑やかで楽しくなりそうだ。近所すぎて誰かの誕生日などの理由がなければ夕食を共にしないけれど、アミルがいてくれるといいなと思った。
ミルの炎サービスによる焼きプリンを食べたあと、お父さんはお風呂に行ってしまったので3人でカリネックスの石の効果について検証会を始めた。
小さな小石の粒は丁度12個あるので、ひとり3個手に持って目を瞑ったり、耳をふさいだりして効果を探る。
これまでにもモンスターを倒したものの効果がよくわからない石があり、それらは私の部屋に保管されている。
「洞窟を出たときは、その近くに咲いてた綿毛の花のせいかすごく鼻がかゆかったんだけど今は何ともない感じ…」
「俺はこういうのは初めて触るけど、よくわからないな」
「僕も変化を感じない」
アミルもジェイクも首を捻ったり眉を寄せたりして悩んでいるが、私は今までにない怠さを感じて小石を手放した。
「体に良くない効果があるかもしれないし、これはしまっておくわ」
小石に触れるのをやめると嘘のように体が軽くなった。
「うん…僕も眠くなってきちゃった。家に帰らなきゃ」
ジェイクのひとことで今日はお開きとした。
翌日、午前の仕事を終わらせた私はミルに乗って、王都にあるグラソー子爵家に向かっていた。今日は週に一度、子爵家に行って教育を受ける日だ。都全体を囲う城壁まで着くと、ミルから降りて声をかける。
「ミル、ありがとう。ひとりにさせて悪いけどちょっと行ってくるね」
銀色の毛並みを撫でて離れる。ミルも慣れているので、どこかに走り去っていった。ミルが王都の中に入ると騒ぎになるので仕方がない。
徒歩で貴族の屋敷が立ち並ぶエリアに赴く。子爵邸まで着くと、鋳物製の上が尖っている門扉を助走なしの垂直飛びで越えて中に入った。
「おやおや、かわいい若鹿が飛び込んできたかと思えば我が娘ユリアレスではないか。そろそろ淑やかになって欲しいものだな」
待ち構えていた私の養父、レオナルド・グラソーお父様から早速たしなめられる。
「そんなことでは嫁の貰い手がなくなってしまうというものだ」
「ええ、わざとやっているのです」
この辺のやり取りはほとんどお約束と化している。
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