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黒嵐竜③

カルロの矢がヌウアルピリに当たったのかはわからないが、岩の表面に特別傷ついている部位は見当たらない。


前衛に出た隊員たちが掛け声と共に一斉に巨体に斬りかかる。

岩と金属がこすれる不快な音が響くが、ヌウアルピリは微動だにしなかった。一人の隊員は苛立ったように激しく剣を振り下ろし、ぶつけた反動で剣が手をすり抜けて後ろに飛んでしまった。


「総員退避!!」


大砲の用意をしていた隊員が声を張り上げた。その声で前衛は素早くヌウアルピリから離れて身を伏せる。


耳を劈く爆音が辺りに響いた。


大砲は無事ヌウアルピリに直撃したらしい。思っていた以上の火力だ。耳に詰め物をしておくべきだったんじゃ、と耳の痛みを堪えながら爆煙の向こうに目を凝らした。


突然、煙が意思を持ったようにヌウアルピリに向かって収束していく。


「何だあれは?!」


誰かが叫んでいる。ヌウアルピリの四角い体の中心に暗い円形の渦が発生していた。周囲に飛び散っていた木屑や先程飛ばされた剣、何もかもが吸い込まれて消えていく。これがヌウアルピリの捕食行動らしい。


「うわあああっ?!」


近くにいた隊員たちもずるずると吸い寄せられている。何とか抵抗しているものの、吸われたらどうなるのか考えたくない。私は駆け出した。ものすごい追い風の中を走っているような不思議な感覚がした。


「カルロ、次の攻撃用意!!」


勢いのまま飛び上がって叫ぶ。暗い渦巻きを避けて、その上辺に発掘済みの愛用の短剣を突き刺した。


「えっ?」


既に限界まで発掘したと思っていた短剣がポキリと折れて光の泡になる。こんなに硬いなんて───すぐに新しい短剣になるが、引っかかりがなくなった私は暗い渦に呑まれそうになる。慌てて両足でヌウアルピリ岩肌を蹴るが、引力が強かったのか一瞬空中で浮いた。


ほとんど力を入れることができないまま、吸われる勢いだけで短剣を突き立てた。ぎりぎりで暗い渦の左側に刺さる。

雷が落ちたような激しい光と音が発生した。

手に痺れが走り、目の前がチカチカしている。見ると、ヌウアルピリは地面に落下していた。暗い渦も消失している。


「カルロ!」


私は叫び、突き刺さった短剣を抜きながら両足でヌウアルピリを蹴って今度こそ後ろに飛ぶ。


鋭い風切り音と、鈍い音。私が短剣で作った亀裂の箇所に、正確に矢が突き刺さる。

その瞬間を私は確かに見た。これは致命傷になるだろう、矢がその体にめり込んでいく。


「やったか?!」


隊長が誰にともなく叫んでいる。


突然、逆再生のようにものすごいスピードで矢がヌウアルピリから抜けて後ろ向きに飛ぶ。



私は短剣を捨て、駆け出していた。矢羽の方向に飛ぶ矢なんてあるわけない。子どもがどこかにいて、矢を吸っている。


「見つけた!!」


いつからそこにいたのか、ヌウアルピリそっくりの浮遊する小さな岩。ゆるゆるとスピードを落とす矢をはたき落とし、小さな体の中心にある暗い渦に吸われるまま、私は抱きついた。


「やめろユリィ!!」


カルロの悲鳴が聞こえたけど、別に痛くなかった。お腹に押し当てた黒い渦はすぐに力をなくした。私でも抱えられるほど小さな子ヌウアルピリは、腕の中で上下左右に暴れている。


──親子で移動してるはずの子どもヌウアルピリは発見次第先に叩く。とは先に決めてあった。親よりは弱いはずだし、戦うなら弱い方から潰すのが定石だ。


だけど、子どもがこんなに小さくて弱いとは想定外だった。力を使い果たしたのかもう抵抗していない。尻尾らしき細い石の連なりだけが時折動いている。


轟音がしたので振り返ると、母ヌウアルピリが浮こうとして浮けず、体を地面に打ちつけていた。何度目かでなんとか傾きながら再び浮遊したが、港の岸壁には隕石でも落ちたような亀裂ができていた。


「……やめましょう」


必死な母ヌウアルピリの姿に、私のお母さんを思い出してしまった。間違ってもお母さんはこんな岩じゃなくてきれいな人だったけど。


私は腕に抱えた子ヌウアルピリの浮力で少し引っ張られながら、母ヌウアルピリに近づく。


「おい!何してるんだ!」

隊員が叫んでいる。


「この子はお返しします」


──流石にこの子を返して欲しかったら出ていけとまでは言えなかった。


私が腕を前に出し、力を緩めるとすごい勢いで子ヌウアルピリは飛び出し、お母さんの周りを衛星のようにぐるぐると飛んでいる。


子ヌウアルピリが5周くらいしたあと、母子は音もなく上空へ飛び上がった。子どもが少し遅れてついていく様子はなかなかかわいらしかった。


皆が見つめる中、ヌウアルピリは遥か上空へ飛んでいく。いつの間にか嵐は消えていた。見渡す限り、青い空が広がっている。


「も、目標は撤退した模様です」


観測班の人が報告した途端、防衛隊の全員が歓喜の声をあげた。


「ユリィ!!」

カルロが駆け寄ってきて、私の肩をつかむ。


「怪我は?!」


「うん、大丈夫」


子ヌウアルピリの黒い渦に密着したお腹をさすっても、特に問題はない。今はワンピースを着ているのであとでひとりで確認しようと思う。


「ごめんね、かわいそうで逃がしちゃった」


「いや、命令は王都を守ることだから。これだけの被害で済んだなら奇跡だ。俺はそれよりも……」


カルロの腕はよく見たら震えていた。あの大弓を構えたままでいた時間が長かったせい、と思いたいけど私が心配をかけたせいかもしれない。


そうだった、全て終わったらカルロを巻き込んだことも謝ろうと思っていたんだった。どこから切り出せばいいのか迷ったそのとき、太い悲鳴が聞こえた。


「おい!大丈夫か!」


騒ぎの方向に目を向けると、私の短剣と、倒れている隊員がいた。


「短剣を拾った瞬間倒れたぞ!?なんだこの短剣?」



「……知らなかった」


私は疲れた声をあげる。


結果、負傷者1名(私の短剣を拾ったことによる)で戦いは終わった。彼は半日後無事目を覚ました。

港は半壊したが、王都の被害はそれだけで済み、避難した人々は家に帰ることができた。

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