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黒嵐竜①

翌日、私はいつもより少し早くに目を覚ました。少し緊張しているのかもしれない。

とはいえベッドが広くなったのでよく眠れ、体調はかなりいい。ミルは鼻をピスピスさせてまだ寝ているのでそっとベッドを降りた。


カルロも早くに出勤してきたので、黙々とトウモロコシとオレンジの収穫作業を始める。朝露に濡れた草の香りを嗅いでいると心が澄みきってくるようだった。



鶏舎に入り、ルシファーの蹴りをかわしていると体が目覚めて元気が出てくる。


「私になにかあったらルシファーの世話できる人いないし、ちゃんと帰ってくるからね」


ルシファーはわかっているのかいないのか、黒い翼を翻し、私に羽根を一枚くれた。雄々しい背中が何かを語っている。


「ありがとう、お守りとして持ってくね」


私はルシファーの羽根をポケットにしまう。



収穫した卵で人生何回目かわからないオムレツを作り、カルロとお父さんと一緒に食べる。お父さんはいつも通りうまいうまいと言っていたが、カルロは黙っていた。


ご飯の片付けを済ませた私は玄関口に座った。

ジェイクの馬車が飛んでくるのを見つけて、玄関アーチで出迎える。

「ジェイク、おはよう。今日は出荷ないの」


「え…」


ジェイクはぽかんと口を開き、それから一気に顔色をなくす。元々色白なので紙のような白さに私は胸が痛くなった。


「今日、王都に嵐が来るみたい。市場は当然お休みね。農民にはまだ連絡ないなんてひどいよね。私はちょっと行ってヌウアルピリ倒してくるから」


「…ユリィが行かなくても」


「あり得ないよね?だからジェイクはこの令状を村の目立つところに貼っておいて」


私は裏に赤い布が貼られた令状をぺろんと広げた。私への出撃命令が書かれている。ジェイクはそれを受け取り、信じられないといった表情で文面を読み始めた。

私は猫柳色の、ふわふわしたジェイクの頭をそっと撫でる。


「ごめんね、心配かけて…」


「ユリィは悪くないよ。いつも一生懸命やってるよ」

ジェイクは私が昨日カルロにかけた言葉とそっくりなことを言う。私は少し笑ってしまった。私とジェイクは性格は正反対なのに、なぜか気持ちはいつも同じだと思う。


「ありがとう。もう少ししたら避難する人がこの村にも来ると思うから誘導してあげて。よろしくね」


「うん」


まだ嵐の前兆のない青い空を見上げると、遥か彼方に空を翔る馬車の影がぽつぽつと見え始めた。


「そろそろ行こう、カルロ」


「ああ……」


カルロは自分の身長と同じくらいの大弓を担いで、怪訝な顔をする。


「その犬に乗っていくの?」


「そうよ、思いっきり目立っていくの」


私は銀色の被毛も鮮やかなミルに跨がる。ミルにハーネスをつけて背中に乗せてもらうのは何回か試してある。

ミルはハーネスも二人で背中に乗るのも全然問題ないようだった。むしろ私を咥えて移動してたときよりスピードは早くなった。ミル的にも気を使わなくていいのだと思う。


「じゃあね!夕方には帰るから!!」


カルロは私の後ろに乗り、後ろからハーネスの一部を掴む。ちょっと保護者と子供感が出ているけど、疾走するミルのスピードに耐えるにはこれしかない。

この世界の馬は空を飛ぶので、助走のとき以外は楽なものだけど、狼に似た外見のコールティコであるミルは飛ばない。



王都に近づくにつれ、避難する人々の馬車や馬の数が増える。全員に避難指示が行き渡ったのだろうか。灰色の空を馬車や馬が埋め尽くす様は壮観だった。


陸上にも馬を使えなかった人たちがひしめいている。それらを避けながらミルは駆け抜ける。


「モンスター?!」


「人が乗ってるぞ?!」


あちこちから驚きの声が上がる。

「目立ってるな」

カルロは私の頭のすぐ上から話しかけてくる。


「色んな人に証言してもらわないと。私とカルロが戦ったっていうことを」


「……」

カルロは黙っている。


ミルは解放されている城門を通り抜け王都に入る。強い魔力を感じる方向にミルは惹かれているので初めて来た王都でも迷わず港へ向かってくれている。


私が王都に来たのは数える程だが、既に無人となった通りは不気味な静けさに包まれていた。


石畳の道をミルの爪が引っ掻く音が響く。ミルの爪が痛まないかと心配になるが、首を回して来た道を確認すると、石畳の方がきれいに割けている。よく考えたら石畳に負けるようなミルじゃなかった。


店主も売り物も空の露天市場を通り、港に到着した。

そこには防衛隊の人たちが集まり、大砲の準備をしていた。


空は暗くなり、雨が降り始めている。


「ユリィ、ここまでだ」


カルロがミルから降りて私の肩を軽く叩いた。


「え?」


「安全なところに避難しててくれ。命令通り、ユリィは出撃したってさっきすれ違った人たちも、隊の皆も証言するよ。あとは俺たちが戦う。これが隊の総意だ」


カルロの後ろに武装した防衛隊の人たちが並ぶ。今日はいつものフルフェイスの甲冑じゃない。どこかで見た白くてぬるっとした質感の鎧はドッディの素材を使ったものだと思われる。確かに防御力は最高だが──私はめまいを覚えるほど怒りがこみ上げた。



「まだそんなこと言ってるの?!私が子供だから?!女だから?!ばっかじゃないの!」


怒りのあまり私は声が裏返る。


「それ!ドッディの鎧着てる人!あなたひとりでドッディ倒せるの?無理じゃない?私がひとりで倒したのよ」


私は隊員のひとりに歩み寄り、人差し指で腰の辺りをつつく。それだけで彼はバランスを崩してたたらを踏んだ。


「ここにいる誰よりも私は強いし……それに私は前世の記憶があるから、子供じゃない。守ってもらわなくていい」


「は?ユリィ落ち着けよ」


カルロは私を宥めようとしているがもうそれすらも腹が立ってきた。


「だってただの子供にこんなに力があるわけないでしょ!」


私は近くの隊員の剣を奪い、両端を持って折った。鋼と思われる剣は細い枝ほどの抵抗で光る泡となり、新しい剣になる。

私の『発掘』によって剣は少し強くなった。

それにしてもこんなものでヌウアルピリと戦おうと思ってるなんて、笑ってしまう。


私は隊員の剣を次々と奪い、折った。手品のように光ったあと元に戻るので皆驚きの表情を浮かべていた。


私は少し疲労を感じ、荒い息をつく。


「…それでは私が作戦の指揮を執ります。私に従えないのならその剣のように、腕を折りますのでそのつもりで」


言いながら任侠映画みたいだなと思った。


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