ファルオスの石①
へとへとになって家に入ると、ダイニングテーブルに両肘をつき、手を組んでいるカルロと目が合った。
「あっ……おはよう。早いね?」
居るとは思わなかったので心臓が縮み上がったが、平静を装って声をかける。夏は日の出前から仕事を始める我が牧場なので、もう出勤時間だったのかとドアを閉める前に太陽の角度を確認すると、少し早い気がする。
「遅い」
「え?」
「その犬とどこまで行ってたんだ?そんなに汚れて何やってたんだ?」
カルロは目を吊り上げて煤や泥やミルの涎で汚れた私を怒鳴り付ける。だけど──その様子がお母さんみたいに思えてしまった。いっそエプロンでもつけてくれたら似合いそう、と想像する。
「何がおかしい?」
うっかり笑ってしまった私にカルロは更に怒りを増長させるので、私は慌てて口を両手で隠す。寝不足からの幻覚だと思うけど怒りのオーラがカルロの後ろに見える。
「ご、ごめんなさい寝てないから私も頭がおかしくて……」
「子供なんだから!!夜は寝ろよ!」
鬼の形相で常識的な指摘をするカルロにまた笑いそうになり、必死に顔を覆う。
「5分待って!5分でお風呂入ってくるから」
私は顔を見られないようにミルを連れてお風呂場に駆け込む。怒ってる人の前で笑うのはいけない行為だと思うと余計おかしくて危なかった。
ミルにボイル、ドライを使ってもらい、きっかり5分で髪まで乾かしてカルロの前に戻る。
「お待たせー。出荷の準備しよう」
「………」
カルロは呆れた表情で立っていた。カルロが言いたいだろう事に私は内心で言い訳をする。だってミルが、ミルが私を連れていくから。
でも抜け出すほどは抵抗しなかった。
カルロはもしかして、あの後から自分の家に帰らないで待っててくれた?
カルロが何も言わないので無言の攻防が続く。その間をミルはあくびしながらトコトコと歩いていく。私の部屋のベッドに倒れこむ音がしたのでこれから眠るつもりらしい。すごく羨ましい。
「……そういえば、これ拾った」
ようやくカルロが口を開き、小石をテーブルに置く。そこには桃色の小さな石があった。昨日私が畑で倒したファルオスから発掘したものだと思われる。拾っていてくれたらしい。
「あ、私もいっぱいあるの」
服を替える精神的余裕がなかったので昨日と同じ服を着ている私はポケットからファルオスの石を8個取り出す。
「へぇ、8体も倒したんだ」
「ミルがその……燃やすからとどめを……」
片眉を上げるカルロになぜかビクビクしながら私は答える。
「飼い主を危険な目に遇わせないよう躾しろよ……でもこの石、色々試したけど効果がわからないんだ」
カルロの口調は怒ってないのに妙に胸に突き刺さる。私はなんと答えたらいいかわからなかったので、後半の石の話だけに合わせた。
「うん……私も帰り道持っててもよくわからなかった。今日は作業中ずっと持っててみたら何かわかるかな?」
「ふーん?」
「あの、そろそろ収穫始めないとジェイク来ちゃうし…」
朝帰りして風呂に入っている身で言い出しづらかったが私は何とか仕事の方向に話を展開させたかった。実際ジェイクが集荷に来る時間も迫りつつある。
「わかった。じゃあ諸々終わったら俺から話があるから」
「うん」
無愛想に話すカルロに、再び平静を装って私は返事する。内心はドキドキしていた。後で話がある、なんて何を言われるのかわからなくて苦手すぎる。
とりあえずオレンジの収穫を、とオレンジの爽やかな香りを感じながら私は木に登った。水分が多いのでずっしりとした実を収穫しながら、私はカルロがいるはずのトウモロコシ畑の方向に目を移す。
「うそ?」
畑4区画先のカルロの焦げ茶色の帽子を被った後ろ頭がくっきり見える。転生してから私は視力が良くなって2.0かそれ以上あるとは思っていたけどいつもは人影らしきもの、という程度だ。今はてきぱきとトウモロコシを収穫しているカルロの一挙一動が観察できる。
「カルロ!ねえ!カルロ?」
驚いて、今ドッディの石を使って聴力を強化しているか知らないカルロに勢いで呼び掛ける。すると、カルロが私の方向に振り返る。カルロは片目を瞑っていた。
目を閉じると聴覚が強化されるドッディの石には、そんな使い方もあったのかと私は思う。
「カルロ!私今カルロのことはっきり見えてるの。試しに指を何本か立ててみて!」
私の指示に眉を寄せたのまで視認できたが、カルロは指を4本立ててみせる。
「4本でしょ?」
私が言うと両目を見開き、驚きを隠せない表情のカルロが見えた。
「ファルオスの石は遠くが見えるようになるみたい。持ってる数も見える距離に関係あるかも!」
カルロからは私が見えていないようなので私はそう考えた。私は今8個、カルロは1個だからだ。
カルロはぱくぱくと口を動かす。
あ
と
で
そう見えたので、私は返事をする。
「あとでね!」
カルロが頷いたので、私は急いでオレンジの収穫の続きに戻る。ふとザンディーラの石を使うと、少し離れたところにゼフさんがいたけど気にしないことにした。
出荷作業、いつもの賄いを終えて私とカルロは全速力で走った。ゼフさんをまき、巨木の上で落ち合う。
「よし。ユリィ、まず俺に話しかける距離だけど。周りに人がいる場合は通常の距離にしてくれ。どうしてもっていうときは俺の名前なしで、用件だけ言ってくれればわかるから」
「う、うん」
「このドッディの石はどこにも報告してないし、知られていいもんでもないからさ。昨日みたいにゼフさんの前でバレそうな言動は困る」
「よくわかりました……」
カルロは淡々と話す。そうだ、カルロの言うことはいつもまともだったと私は思う。
「まあ昨日はユリィの頭がおかしいってことで済んだけど」
「うんん?」
聞き逃せない言葉に私は顔をしかめる。
「ユリィは妖精とお話が出来る不思議少女で、その妖精の中でも俺と同じ名前のカルロってやつとよく話してるってゼフさんに言っといた」
待って待って……
昨日の夜と今日の午前中の自分の言動を思い出して私は顔が熱くなる。




