ミルの自立②
私が拳を握るとミルは口を離した。
燃え盛るファルオスを前に、私は深く息を吐く。慌てて家を出たので武器は持ってこなかったけど、迷っている暇はない。
生きながら焼かれるファルオスの冥福を祈って、私は腰を落として右手を引き、一気に突き出した。
私の正拳突きは空気を切り裂き風圧によって炎を巻き上げる。私の拳は火傷することなくファルオスの顎を砕き、更に首がありえない方向に曲がった。
炎に覆われているなら、風圧で炎をどかせばいいじゃない、の理論だ。
完全に呼吸が停止したファルオスの前で私は目を閉じ手を合わせる。安らかに眠って下さい。
「ひっ…」
後ろでゼフさんの微かな悲鳴と、尻餅をついたような音がしたので目を開けると、ミルが今倒したファルオスを食べていた。
ミルは今まで炎しか食べてこなかったのに、白く丈夫そうな牙でクッキーでも食べるようにサクサクと軽快に食べ進めている。
「ミル!良かった、ご飯食べれるようになったの?あ、そっか、炎は離乳食だったのかな?」
私はミルがご飯を食べてくれていることに安心して笑顔で見守る。カルロが近付いてきた匂いがした。
「ねえ!カルロ!ミルのこと番犬にならないって馬鹿にしてたけどもうそんなことないんだからね!」
匂いの方向に喋りかける私の視線をゼフさんは見つめるが、闇が広がるばかりでまだカルロは現れない。
ゼフさんの顔は赤々とした炎に照らされていて、その瞳に恐怖の色が見えてしまった。
「えっと……大丈夫です!私は平和主義者で……っ?」
浮遊感があった。
そして上下に激しく揺れながら移動している。
私は、いつの間にか首の後ろの服をミルに咥えられて運ばれていた。
「カルロー!ちょっとミルとお散歩してくるけど大丈夫だから!!その辺消火しといてね!!」
多分聞こえているはずのカルロに向かって叫ぶ。ミルが駆けるにつれてガクガク揺れるので舌を噛みそうになってしまった。
私は口をきつく閉じ、手足を母犬に運ばれる子犬のように丸めてぶつからないようにする。
ミルは私をどこに連れて行きたいんだろう?
先程と違ってミルの炎もなく、首の後ろを咥えられていて地面しか見えないので方向もよくわからない。
「ひゃっ」
背中にミルの涎が垂れて伝い、何ともいえない気持ちになる。
これ程長くミルに噛まれていても破れないこのワンピースは、何とかという大蜘蛛の糸を織り込んで作られている高級品だ。丈夫すぎて切ることも縫うことも出来なかったのだが、私が裁ち鋏と縫い糸等の開発に協力して服が作れるようになった。私とソニアの最高傑作のうちのひとつだ。
しかし、丈夫なワンピースがこのような結果を招くとは誰に予想できただろう。
やることがないのでそんな考えごとをしていると、ミルが突然飛び上がり、岩肌が私の眼前に迫る。
「わっ…」
ミルはどこか急斜面を登っているらしい。出来る限り身を縮めてぶつからないようにするが、尖った岩や、枝などすれすれで緊張感がある。
背骨が浮くような浮遊感の後がくっと反動があり、どこか平らな地面に着地したのだと感じる。
ミルは私をそっと地面に降ろしてくれた。久しぶりに地面を踏み締める感覚を味わう──暇もなく私は後ろに飛びすさる。
私のいた場所に鞭のような尻尾が打ち付けられた。その衝撃で岩が砕けたのか、礫が飛んで来るのでもう一度後ろに飛ぶ。チラチラと光る目があるので、どうやら周りに多数のモンスターがいるらしい。
暗闇の中でも銀色に発光しているミルが、流星のように走り回ると爆発と共に火が巻き起こる。
ミルが噛みついているのだと思う。
炎の明かりで見えるようになった巨体は、どれもファルオスだった。全身を炎に巻かれて狂ったように暴れている。
「何でファルオスがこんなにいっぱい…」
答えるものは当然いないけど私は口にせずにいられなかった。大きさはまちまちだが、どれも数メートルはありそうだ。10体以上の火だるまのファルオスに囲まれて一気に明るく、熱くなった中でミルがファルオスの喉元にまた飛び付いている。
何体かのファルオスが私に向かってくるので、飛び上がってかかと落としを入れる。地面に手をついて体をひねり、ためた勢いでもう一蹴り。
四方八方から攻撃されるので頭から言葉が失くなって、ひたすら体が反射するままに私も暴れまわった。
「あははっ」
数が多過ぎて笑いが込み上げてくる。
考えるより先に体が動く。もう全部それでいいんじゃない?
全てのファルオスが動かなくなってから、ミルは2体ほど食べたけどお腹がいっぱいになってしまったらしい。
「ミル……血の匂いなんか嗅がせちゃったから、目覚めたのかな?」
ザンディーラの血と、ファルオスとキーラさんの血。
それらがきっかけになったのかと思う。
「わ、私は食べないよ」
ファルオスの遺骸を前に不思議そうにミルは黒い瞳で見つめてくる。もしかして私にも食べさせたくて連れてきたのかもしれない。
確かに焼き肉っぽい匂いはするけど、ここで食べたら私も野生が目覚めて人間に戻れなくなりそうな気がする。
周囲の木々に鳥が集まってきているので、鳥が食べてくれると思う。
「ミル、私より先に大人になっちゃったね」
クゥンとそれでもかわいく鼻を鳴らすミルだけどまた私の首の後ろを咥えようとしたので丁重にお断りする。
「あの岩壁は自分で移動するから!」
ファルオスの角でも貰って、クナイ代わりに岩に突き立てて降りようと骸に近づく。
「あ、石……」
私が倒したらしいファルオスからは、桃色の石が発掘されていた。日が昇り始めていて見えるようになったので拾い集めると8個も拾えた。
「帰ろう」
帰り道は大変だった。




