北の山の洞窟
家に帰ってすぐ、お父さんはいびきをかいて寝入ってしまった。久しぶりにお酒を飲んだせいだろう。
私は、持ち物の確認をして家を出た。ジェイクの家の近くに潜伏してジェイクが出てくるのを待つ。
さっきの会話でジェイクが出てきてくれるのは確信している。地獄耳のカルロにバレたら止められるだろうからそこだけ気を使ったのだ。
問題はジェイクのお母さんがいつ眠りに就いてくれるかだ。「私の料理の効果で今夜は寝られないかもしれません。そのときはお酒を飲んで下さい」
と、帰り際にお酒を押し付けてきたのだけど。
カエルや虫の声だけが静かな村に響く。私は久しぶりに夜の月を見た。私も普段は日没と共に就寝しているが、今夜はとても寝られない。力が漲っている。
「!」
玄関が考え得る最低速度で開いてそうっとジェイクが出てきた。そういえば、ジェイクが夜にこっそり出かけるなんて多分初めてだ。
いつもいつも、悪い道に誘ってしまうのは私なんだなあ…ジェイクのお母さん、ごめんなさいと心中で謝る。
そのまま、慎重にドアを閉めたのを見守って私は手を振る。
「…」
「……」
適当なハンドサインを交わし私とジェイクは小川に沿って歩き出す。ジャリジャリと靴底が地面を踏む音がやけに気になる。この音ってこんなに大きかったっけ?
やっと村を出た辺りで、どちらからともなく駆け足になった。
「ユリィ!今日は僕も負けないよ!」
「私が負けるわけないでしょ!」
自然と笑いがこぼれて、息が切れてしまう。走りながら笑うのは流石に呼吸がしづらい。
今夜のジェイクは、特製ご飯のおかげでかなり足が速くて、戸惑っているのか不思議なステップを踏んでいる。
ちなみに私のご飯の身体強化の効果は、物や量にもよるが大体半日で九割失われる。
残りの一割は蓄積されてる気がする、とカルロが報告してくれた。能力に気付かずに食べていた私自身にはわからないことだった。
ずっと走り続けたので採石場にたどり着く頃には、汗ばんでしまっていた。直線的に切り取られた岩肌が月に照らされている。吹き抜ける夜風が涼しい。
「ふう、夜に来るのは久しぶり」
私は額の汗を拭う。
「昼間には来てたってこと?無茶してない?」
ジェイクが栗色の瞳を厳しく細めて観察するように私を見る。
「ちゃんと言われた通り、石は拾って帰って、発掘は家でお父さんがいるときにやってるよ!」
私は最初に発掘スキルがわかったとき、面白くてここでひとりで発掘し続けて、倒れたのだった。
アミルに助けてもらったからいいものの、そうでなければそのまま行き倒れだったかもしれない。
アミル滞在中はよく三人でここで遊んだがその度に
『ユリィ、もう絶対にひとりで発掘するなよ。ジェイクもユリィによく注意してくれ』
と、言い含められた。
「今日だったらあの洞窟に入ってもいいんじゃないかなって、急に思ったの。入ってみようよ」
ずっと気になっていた洞窟を指差す。アミル、ジェイクが反対するので今日まで我慢していた。
「危ないよ」
「大丈夫、ちょっと見るだけだから!すぐ終わるから!」
悪いところに誘う悪い女みたいにジェイクの背中を押して洞窟に誘う。
私がミスリルの短剣で、洞窟の入り口を塞ぐ古ぼけた板を軽くなぞると、板は簡単に割れてしまう。今のでこの板も強化されたのかもしれないが大した問題じゃない。
ジェイクと中に入って板を戻すと、継ぎ目が見えないくらいぴったりはまった。
真っ暗になってしまったので順番を間違えたなと慌ててランタンに火をつけた。不安そうなジェイクの顔が浮かび上がる。私は暗闇も閉所も恐怖を感じないけど、ジェイクに怪我をさせないようにしなきゃ。
「このペンダント、ジェイクがつけてて」
私は、ソニアがくれた大怪我しないお守りをジェイクの首にかける。
「ユリィがしてなくていいの?」
「私はこの服とかが防御力あるものになってるから」
足元をランタンの光でかざすと、レールの跡があった。トロッコで石材を運び出していたのだろう。所々、枕木がずれたりしているので転ばないよう左手を壁につけて進むこととする。
「ジェイク、私のベルトにつかまって」
「うん…」
大人ひとりがやっと通れるくらいの狭い道がしばらく続いた。
私が持つランタンの光以外に、なにかチカチカと動く光を見つけて少し止まる。光は複数ある。
「あれは洞窟光虫だね。毒はないよ」
ジェイクが教えてくれる。
「すごい、流石ジェイク」
「光があると仲間だと思って近寄ってくるからちょっとやだけどね」
確かにランタンの周りにブンブン集ってきている。転生してから虫が嫌いじゃなくなって本当に良かった。
「はっ」
壁に触れている左手に、毛のような感触があった。驚いてランタンをかざすと、毛だらけのスライムといった形状のピンク色の何かが蠢いていた。
「うぇぇ、これなに?」
「これはピトゥラーダだよ。毒はないどころかおいしいらしい」
「……食べる?」
「僕はいい」
「私も」
歩くモンスター図鑑であるジェイクと来て本当に良かったと思う。これはひとりではきつかった。
更に進むと、かなり開けた広い場所に出た。暗いのでよく見えないが壁に沿ってぐるっと確認すると、左、真ん中、右と3方向の道に分かれていることがわかった。
「どの道に進もう?」




