カルロの姉②
ソニアさんに手を洗ってもらって、いよいよホットケーキを焼こうと
思ったときだった。
キッチンの地下通路入り口の扉がゴトゴト動いて、ミルが出てきた。
真っ黒な瞳と、笑ったようなお口。
「ミル…!!ひとりで帰ってきたのお?えらいでちゅね~よーしよしよし」
頭をごしごしして首にくくりつけられたお父さんからの伝言を読むと
『ミルが炎を食べたがるから預かってて。夜はごはんを運ばせてほしい』
と書かれていた。お父さんは私のミスリルの剣を作るため、基地に行っていて今夜は帰れないかもと言っていた。
「はっ」
我に返った私は、ソニアをちらっと見る。キッチンが地下通路に繋がっているとか、モンスターであるコールティコを飼っているとかどこまで説明したらいいんだろう。
「あら、かわいいコールティコ?の子犬ね」
ソニアは微笑む。地下通路のことは何も言わない。もしかしてこの村ではどこのご家庭にも地下通路くらいあるのかもしれない。
あるいは地下室、床下収納くらいに思ってくれた方に賭けて、ミルの説明だけする。
「この子は、お母さんを討伐されて肉屋に売られてたかわいそうな子なんです!ちゃんと躾けてるので危なくないんです!!」
「ふふ、誰にも言わないわよ。それとも私がモンスターと見るや皮をはいで防具にしちゃう悪い人間に見えるかしら?」
「そんなこと…!!ソニアさんはそんなことするわけないです!」
ミルは尻尾を振ってソニアに走り寄っていく。炎をたくさん食べて成長を続けるミルは、立ち上がったらソニアと同じくらいじゃないかと思う。
「ふわふわ…」
カルロに『番犬にならない』と言われているミルは、ソニアに撫でられてうれしそうだ。
「あの、ミルの毛を使って、耐熱防炎の手袋を作れませんか?」
私はソニアが来たら絶対聞こうと思っていたことを切り出す。
モンスター図鑑にもあったが、コールティコの毛は決して燃えないそうなのだ。
「ブラッシングして抜けた毛をフェルト状にして、キッチンミトンを作ったらすごく良かったので、お父さんにもあげたいなって。あ、お父さんは今、炭焼き小屋にいるんです!」
予め考えていた炭焼きという嘘を混ぜる。
基地で作業するようになってから、お父さんの手にできている火傷の跡が気になっていた。
「これ、ユリィちゃんが作ったの?良くできてるわ」
ソニアは私が出したキッチンミトンを裏表ながめて褒めてくれた。
ミルの毛のフェルトを厚めの綿の布地でくるんで縫っただけのものだが、竈の火に突っ込んでも全く熱くないし、不思議と表面の布も燃えないのだった。
ただし私が縫った縫い目はあまりきれいではない。
「これは私が今まで見たコールティコの毛皮よりすごく強い魔力を感じるわ」
「魔力がわかるんですか?」
「職人なら誰でもできるわよ。慣れね」
ソニアは簡単そうに言うが、そこに確かに職人としての自負を感じた。一朝一夕でできることではない。
「お父さん用の手袋、作ってみるわ。材料が余ったらうちの工房でも使いたいくらい」
「ブラッシングしたらいくらでも取れますよ」
ミルの毛は長毛で極上のふわふわだけど、すごく抜けるのだった。
「いけない、ユリィちゃんの防具の話をしに来たのに、脱線しちゃったわね」
「あ…」
すっかり忘れていた。
「ユリィちゃんがお父さんを心配するように、ユリィちゃんの周りの人もユリィちゃんを心配してるのよ」
そう言いながらテキパキとソニアは巻き尺で、私を採寸する。
すこし恥ずかしい。
「かわいくて動きやすくて、防御力もある服を作ってくるわね」
私のサイズを書き留めたソニアは、私の手を握る。ソニアさんの手は、細いけれど少し手の平が固くなっている職人の手だ。
「ユリィちゃんの手、すごく魔力を感じるから普段は手袋をした方がいいかもしれない。それも作ってくるわね。とりあえず、これ」
ソニアがペンダントを首にかけてくれる。
「大怪我を防いでくれるお守りよ」
手に取って覗き込むとクリスタルのような透明な結晶の中に小さな鳥の羽が入っている。
「あ、ありがとうございます…これおいくら…」
「カルロの給料から天引きしたらいいのよ」
ソニアがワントーン声を低める。ソニアみたいな優しい人でも、弟の扱いって雑なのかと思ってしまう。
「あー休憩休憩」
そのとき、ドカドカと大きな音を立てて、カルロが乱暴に家に入ってきた。
絶対今までの会話を聞いていたと思う。
「いいよ天引きしても」
やっぱり。
「俺はさっきのユリィの顔と態度で、当分笑えるからいいや」
足を組んで椅子に座りながらカルロがこらえきれないようにくっくと笑う。
「さっきのって?」
「最初にソニアの顔見たとき、俺とソニアを見比べてびっくりして、ソニアが話始めたら簡単に陥落してただろ?
隊の同期のやつに紹介したときとまんま、同じで…。ユリィって中身野郎だよな?」
「はあ?そんなこと言うんだったらホットケーキカルロにはあげないんだから」
「あ、うそうそ。だから早くして」
私とカルロを見守るソニアさんはなんだか嬉しそうに見えた。




