牧場計画
私とカルロは牛の唾液まみれにされて、放置された。
牛たちは安心したんだと思う。飽きたのではないと思う。その辺の草を食み始めた。
私は不屈の精神で立ち上がり、ベルを使って、いつか使う予定だった牧草地へ案内した。今姿を現しているのは牡牛が3頭、雌牛が7頭、子牛が2頭。角の大きさで判断した。だが油断するとすぐ透明になってしまうので数え漏れがあるかもしれない。
「柵を作らなきゃ」
「その前にこのベタベタ洗い流したい」
カルロは特に集られていたのでひどい有り様だ。
いつもかぶっている焦げ茶の帽子も脱いで、溶けたバターみたいなキラキラのブロンドが見えた。今は額に貼り付いてしまっているけど。
「家に戻って軽く洗い流して、着替えてくる」
カルロは憔悴した姿で自分の家に戻る。
あんな姿で家に帰して、私がカルロにひどいことをしてるとロック爺に思われたらどうしようと少し心配になった。そうだ、苺が実ってるからジャムを作っておすそ分けしよう。あとこれだけ手伝ってもらってるからお給料も出そう。
7歳の私から渡すと角が立つからお父さんから渡してもらえばいい。私はお金なら持っている。
そう決意して私も軽く流そうと家に入る。すると、お父さんとミルはやっぱり不在で、石板にお父さんの書き置きが残されていた。
私はため息をつく。
とはいえお湯を沸かして軽く洗い流すのにも薪を燃やす必要があるわけで、炎を前にキュンキュン鳴かれたら私も炎をあげてしまうだろうから…。
早めに身支度を済ませた私は、柵を作るためのノコギリの強化もしておいた。
お父さんが作ったミスリルの斧も既に発掘強化している。
丸太が段ボールより簡単に切れるので、木材の用意はすぐ終わった。
キッチンから岩塩を持ち出し、ルシファーたち用の飼料の配合を変えたものや水桶も放牧地に並べる。
牛たちの姿が見えないのでまたベルを鳴らすと、一斉に姿を現してくれる様は壮観だった。
今度は落ち着いた様子で、岩塩を舐めたり、飼料を食べたりしている。元々家畜だったというのも本当なのかもしれない。
基本的には放牧でいく方針だけど彼らのために雨避けと、子牛用の半屋内牛舎を建てたい。
それには王都から大工を呼んでくる必要がある。
柵くらいはともかく、屋根つきの建物は安全に設計、建築してもらわないと。
毎日通ってもらうのも大変だから、宿泊場所を用意しよう。今は住む人がいない家を清掃してそれに当てよう。農業を引退したおばあちゃんに清掃してもらおう。
食事する場所がないのでやっぱり使ってない家で食堂をやってもらおう。そうしたら王都から2人は若い人を連れてこれる。
牛舎くらいじゃ工事がすぐ終わってしまうから、保存用の倉と、ビニールハウス的なものも欲しい。
私はカルロに約束した3年でこの村の人口増やす計画を詰めていく。
ぼんやりしたものだけどジェイクと、ポンさんに伝えれば何とかなりそうだ。
なんせ資金はある。
「戻ったぞ」
「きゃっ」
思索に集中しすぎてぼーっとしていた。カルロの声に驚いてしまう。
「あれ、ロック爺も来てくれたの?」
さっぱりしたカルロと、ロック爺がノコギリを持って立っていた。
「カルロが世話になってるようなので手伝いにな」
カルロがお父さんを連れて戻ってくるとは意外だった。やっぱり私がカルロをいじめてると心配して見にきたのかも。ロック爺はカルロと似た鋭い目をしている。
「あ、いえいえこちらこそカルロにはいつも大変お世話になっております。さっきは突発的な事故でよだれまみれにさせてしまいました。お詫びの品は後日お持ちしようかと」
前世の大人モードで適当に喋る。
「何言っとるんだ?いいから柵を作るんだろ?」
ロック爺は辺りを見回す。
「で、牛というのは…」
知らない人の気配を察知して、牛たちはまた姿を消していた。野良猫のような牛たちだ。
「うーん、危ないから柵ができたら見せるね」
ロック爺がいるのにまたベルを鳴らす程分別がないわけじゃない。
カルロは意外そうに
「へえ」
と笑っていた。少し力の入った腕の筋肉を見るに、私がベルを鳴らそうとした瞬間止めるつもりだったのだろう。
発掘ノコギリも人手もあるので、柵はあっという間に完成した。ロック爺の持ってきたノコギリもサービスで発掘強化しておいた。
「ユリィ、でもこんな普通の柵でいいのか?あの牛たちを止めるのに」
元気な牛の姿を目撃していたカルロが聞いてくる。
「元々飼われてたらしいし、これはあの子たちが安心するためって感じかな。できたら電気を流したいけどね」
「飼われてた?どこ情報?」
「あとで見せる」
電気の部分、カルロにはわからなかったのか。と思ったら、
「電気は柵に雷を操るモンスターの素材を足せば出来ると思う」
とアドバイスをくれた。
「それでは、柵の完成を祝して」
カラコロカラコロ
二人に見守られ盛大にハンドベルを打ち鳴らす。
心地好い音に合わせて牛たち──ウナカテクトリが姿を現した。
カルロと私は一応身構えていたけど牛たちはのんびりしていた。何頭かは顔を見せに近づいてくれる。緑の牧草地に映える黒い大きな牛が点在する姿は、理想的な牧場の風景に見える。
いきなり大人しい牛が12頭も来てくれたなんて、私の牧場計画は前途洋々である。
鋭く尖った角がちょっと凶悪すぎるけど。
「これはすごいな……!どうやって捕獲したんだ?!」
ロック爺はなかなかいいリアクションをしてくれる。
「ユリィがめちゃくちゃな方法で捕まえたよ。な?」
「愛が伝わったの」
「お前ほんとやばいよ。俺まだまだ勝てる気がしない」
「仲良くやってくれてるんだな」
ロック爺のひとことに私とカルロは固まってしまう。
「ユリィ、カルロと仲良くしてくれてありがとうな。それから、ドッディが暴れたとき、ユリィがいなかったらこの村も俺もどうなっていたか…。俺はこんなきれいな風景も見られなかったと思う。ちゃんとお礼を言ってなかったが、改めてありがとう」
「ロック爺…」
今さらドッディのときのお礼を言われて恥ずかしくなってしまう。私なんてただの考えなしなのに。
「カルロ、ちゃんとユリィを守ってやれよ。じゃあ俺は先に帰るから」
ロック爺はすたすたと帰ってしまう。
クールな爺ちゃんなのだ。
「あー……ユリィ、今度から危ないことをする前に説明してほしい。あとさ、防具くらい着けろよ」
カルロが沈黙を打ち破る。
「ボウグ…」
「いや知ってんだろ防具だよ!俺だってこの辺の服で防御力上げてるけど、ユリィの服全部ただの綿だろ」
カルロは自分の帽子やズボンを指差す。




