変わりゆく村
家に戻った私たちは銘々の仕事に戻る。
アンジェラは
「また来るわ。アウグスも手伝ってあげなきゃいけないみたいだし、どうもユリィとジェイクの教育が疎かになってるようだから見てあげなきゃね。特にユリィは脳ミソまで筋肉だもの」
とかなんとか言っていた。
全面的に肯定はできないけど、私は学ばなければいけないことがたくさんあるのは事実だ。
前世の記憶に甘えてこの世界を舐めていた。
私は、ユリィとして、生きようと思う。
予定より遅れてしまったが、明日こそ畑を耕して種蒔きをしたい。
わずかな時間で新しいクワの試験運用をした。結果は素晴らしいものだった。
衝撃波が出るので力加減にコツがいるが、鶏糞入り堆肥を撒いた畑1区画に右左上下の4方向からクワを振るえばあっという間にふわふわの土になる。
あとは板で土を寄せて、畦を作るだけの5分クッキングになった。今年は大幅に作付け面積を増やせそうだ。
ベッドに寝転がった私は、お風呂の用意をする気力もなくそんな今日一日を思い返していた。
お風呂は当然薪で沸かす方式なので大変だ。
──今日はもう寝ちゃおうかな
ああでも今日はドッディのせいで土もかぶったし汚いな……
それでも瞼が重くなってくる。
目を閉じると、外の虫や蛙の鳴き声が聞こえた───
「って聞こえすぎじゃない?!」
私は跳ね起きて枕を見つめる。すぐ耳元で鳴いていたかと思うレベルだ。室内に、しかもベッドに虫や蛙はあまりいて欲しくない。
「いない」
目を閉じる。すると虫や蛙の声が大きくなる。
「まてまて、なにこれ」
そういう能力にも目覚めた?
だとしたら大問題だ。うるさくて寝れない。
冷静に考えてみよう。そう、今日の午前中もこんなことがあった。ドッディを倒したあと、疲れて目を閉じると周りがやけに騒がしかった。
その直前にやったことといえば―――
私はポケットを探る。
「これのせいなの?」
ドッディから発掘された紫の小石。
手に握りしめて目を瞑ってみる。やっぱりボリュームをいじったみたいに周りの音が数段大きくなる。
ドッディは目が見えなくて、音を頼りにしていた。だからなのかこの石も視界を遮断したときだけ、聴覚が鋭くなる効果があるようだ。
「使い途がわからない!!」
体から離せば効力はないようなのでドッディの成仏をお祈りして私はドッディの石を引き出し奥深くにしまった。
「お~いユリィ、風呂沸かしたから入れよ」
珍しくお父さんがお風呂を沸かしてくれたらしい。
「ど、どうしたのお父さん!」
私は驚きながら様子を見に行く。
「いやお前汚いよ。入らないで寝るつもりだったのか?」
「うるっさいな!入るわよ!!」
翌朝。
いつも通り着替えて家を出ようとしたとき、ノックの音が聞こえた。
「朝早くに済まない、ちょっといいだろうか?」
「あれ、村長!」
私は室内に招き入れた。お父さんも呼び、小さなダイニングテーブルの席につく。
「ユリィ、昨日はありがとう。お陰で村の被害は最小限で済んだ。これは気持ちばかりだが、妻が作ったドーナツだ」
「ド、ドーナツ!!ありがとうございます!!食べていい?」
「もちろん」
私は籠を受け取って布の覆いを取る。リング状ではなくサーターアンダギーに似たごつごつした形のものだがこっちの方が好きなくらいだ。砂糖も油も結構高価なものだし、その気持ちがなにより嬉しい。
かじりつくとまだ温かいので外はカリッとして中はフワフワしていた。黒砂糖の素朴な甘さが寝起きの空腹に染みる。
「おいひい!」
「それは良かった。ユリィの卵を使ってるしな。実はジェイクに言って卵を分けてもらったんだ」
「ほへー」
村長はドーナツに貪りつく私を見て目を細めている。が、突然表情を崩す。
「子供は村の希望だ……なのに私はモンスターを前に恐怖で何も出来ず…アウグス、本当に済まない。謝って済むことではないのはわかっている」
「村長……顔を上げてください」
お父さんは慌てて村長の肩に触れる。
「わ、私が勝手にやったことですから!」
私も急いでドーナツを飲み込みフォローに回る。
「……実は良くない報せがある。ドッディが壊した村の鐘だが……あれはモンスター避けのお守りだったんだ」
「え!」
村長があのとき顔面蒼白で震えてたのはドッディが怖いからじゃなくて鐘が壊れたせいだったのか。
「小型モンスターはともかく、ドッディのような大型モンスターが外から入って来られないよう守っていてくれたのだが……」
「でもドッディはどうして……あ、外から来たんじゃなくて元々村の地面の下にいたからですか?」
「防衛隊と調査班の調べでは、そのような結論となった。私がこの村の村長となって15年、また記録によると60年この村に大型モンスターの襲撃はなかった。
鐘があったからこの村は農業ができたと言える。
しかし……あの鐘は特別なモンスターの素材で作られていて修理も新しく作ることもできないそうだ」
村長は眉間の皺を深くして続ける。
「私は防衛隊に、この村に常駐してもらえないか頼んだが、検討すると言われただけだ。こうしている間にも、いつモンスターが来るのかわからない。もう皆でこの村を離れるしか……」
不穏な空気が流れる。
これじゃあ私の牧場計画は───
「で、俺が来たってわけ」
突然玄関ドアが開かれる。




