地下通路
梯子を使って地下に降り立つ。
暗闇の中をお父さんが持つランタン1個だけを頼りに私、ジェイク、アンジェラはぞろぞろとついていく。
足音がどこまでも響くようで少し不気味だ。
「それで……アンジェラがなんで先生なの?」
私は改めて質問する。
「うーん、言っていいのかどうか…」
「あらぁアウグス、大人になったのね。気を使ってくれるなんて。でもいいわ…ユリィ、私はアウグスの子供の頃の、学校の先生だったの」
「は?」
私はアンジェラの方を振り返る。暗闇の中、黒ずくめのアンジェラの白い顔だけが見える。艶々した頬などはどう見ても20代だ。
「我が一族に伝わる秘術を用いているのよ」
「「すごい…」」
私とジェイクは感嘆の声をあげる。
「俺が子供の頃は普通の学校の先生だと思ってたんだが……あ、えーと……今もお変わりなくお元気そうで喜ばしい限りです」
「アウグスは立派になったわねえ、だけど、私の錬金の書はどうして盗んだのかしら?」
「すみません…ちょっと借りたら返すつもりでした」
お父さんが怒られているのはなんだか切ない気持ちになる。ファミコンのカセットじゃないんだから、ダメじゃないの。
しかし、錬金の書ってどんなものなんだろう
アンジェラの異常な若さはそのおかげ?
「全く、久しぶりに教え子が訪ねてきて、しかも私の大好物の宝石をプレゼントにくれて、喜んでたのに!がっかりだったわ!」
私はアンジェラの言葉に数日前の出来事を思い出す。
「お、お父さん!?あの日、王都に宝石売りに行くって言って、アンジェラのところに行ってたの?」
私の7歳の誕生日の日。初めて発掘をして、出てきた金や宝石をお父さんに報告した。するとお父さんは大急ぎで出掛けて、予想より少ないお肉を買ってきたのだった。
「……ごめん!」
「まあいいけど」
怪しいとは思ってた。そういうことだったのか。
「王都に住んでる錬金術師アンジェラ先生の話は結構前から知ってたから行ってみたんだ。そのあと肉屋で、金の欠片1個と物々交換したのがあれだ」
「なんでそんなこと…」
「誕生日プレゼントに、牛の捕獲用の薬を開発しようとしてたが全然間に合わなくてな」
「私の誕生日覚えてたの?!」
「そりゃそうだろう…」
お父さんは振り返らないので表情は見えない。ついでに私の表情も見られることはない。
「あのいつも実験してた薬?また捕獲して飼育するつもりあったの?」
私がいつも牛乳やバターが欲しいと言っていたのを覚えててくれたとは知らなかった。
「子牛を捕まえてきて子供のうちから慣れさせればなんとかなるぞ。ルシファーの刷り込みと同じだ」
「刷り込み?」
また色々と引っかかる。
「覚えてないのか?ルシファーが卵から孵ったとき最初に見たのがユリィだったんだ。俺が見るつもりだったが居眠りしてる間にユリィが触ってた。雛のときはオスメスがわからんが段々大きくなったとき、やばいなと思った。でもユリィはルシファー大好きとかこれからずっと私がお世話するとか言ってたぞ」
「ち、小さかったから記憶が曖昧で…」
言われて私は突然映像を思い出した。
土壁の小さな窓から朝日が射し込んでいた。
赤ちゃんだった私は、丁寧に磨かれた木製の柵を見ていた。ベビーサークルだなと思っていた。お父さんのいびきが聞こえた。
卵の殻をつつくコツコツという音。愛らしい微かな高い声。
私はどうしてもそれが見たくて、滑るサークルをよじ登った。そこにいたのは、真っ黒でふわふわして、嘴の先が黄色い雛だった。あれがルシファーだったの──
幼児の頃の記憶は、脳が未発達なせいか、意識ははっきりしているのに妙に途切れ途切れだったりする。
気をつけないといけない、と心に刻む。
「ケツァルクックのオスは、自分の縄張りに敵が侵入すると相手が死ぬか自分が死ぬまで攻撃をやめない激しい気性なんだが、刷り込みで親として認定されると安全なんだ」
「あ、うん安全…かな。いつもじゃれついてくるけど」
日頃のルシファーの態度を思うと完全に安全とは言い切れない気がする。でも、親として認定されてるとしたら、反抗期みたいなものなのかもしれない。
お父さんは二股になった道を左に進む。よく見ると右側は崩れて進めないようになっている。地下通路全体の安全性について不安がよぎった。
「話がずれたな……そう、牛の捕獲用の薬を錬金の書を参考にして改良しようと思ったんだ。だけどユリィが珍しい鉱石を家にどんどん積み上げてくもんだから、ああこの鉱石は錬金の書に載ってるオリハルコンってやつだなと」
アミルに宝石は買い取ってもらったが、鉱石は専門外だったのでとりあえず家の片隅に積んでいたのだった。
「あらっ!あのクワ!オリハルコンだったの!私もオリハルコンは見たことないの!後でよく見せて!」
「ユリィが25回も折ったから今はなんだかわかりませんが…それでどうしてもオリハルコンでクワを作ってみたくて、俺の爺さんが教えてくれたことを思い出しました」
お父さんは分かれ道を右に進む。
壁には目印だろう、太い釘が打ち込まれ、矢印が描かれている。
「俺の爺さんは武器職人で、武器を作るために使っていた窯炉がまだあるんです」




