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復讐讃歌 〜青き瞳が世界を塗り替えるまで〜  作者: 抹茶堂
序章「仮面を被りし者」
5/25

警邏の罠

ズダンっ。ズダダダンっ。


 前方、後方、左下方、右下方、左上方、右上方から、鉄に何かが当たったような鈍い音がした。俺ほど上手くはない濁音だが、これは間違いなく着地音だ。

 この状況で複数の着地音。まだ目が光に慣れていないが、おそらく警邏の連中が俺と同じように配管に飛び乗ったに違いない。やられた。完全に囲まれたようだ。

しかもこの手際の良さとスピード、用意周到な準備。これは誰にでもできるものではない。指揮官はだいたい予想がつく。


「キルネスか!」

 

今もどこかでこちらを監視しているであろうそいつに向けて俺は叫んだ。

 サーチライトの光に視界が徐々に慣れてきた。片手で光から目を庇いながら自分の置かれている状況を確認する。

 三人、五人、八、十、十二…約十五人といったところか。

 武装した警邏が全方向から俺に向けて拳銃を向けていた。

 これでは身動きがとれない。

 しかも、それだけではない。この武装した警邏は他の警邏とは違い特殊な黒いゴーグルをしている。これはまさか―――


「どうだ、見事なものだろう? 全部お前を抹殺するためだけに用意した特注品だぞ」


 人の神経を逆なでするような、男にしてはやや高めの声。

 その声の主は、真正面上方で蔑みの笑みを浮かべながら俺を見下ろしていた。

 周りの警邏が黒の制服に身を包んでいるのに対して、そいつだけは真っ白な制服を着ていた。制服は金や銀の装飾品で飾られ、胸には鷹を模した大きな紋章がつけられている。制服と同じ白の警帽が、暗闇でなお艶を失わない金髪を覆い、嘲るようなブロンドの瞳は俺をまっすぐ捉えていた。

 警邏第四番隊隊長キルネス。この街、エリア4の実質的支配者。


「おっと、危ない。危うく穢れた瞳に侵入されてしまうところだった」


 そう嘲笑しながら大袈裟に言うと、キルネスは一回だけ瞬きをした。

 その一瞬でキルネスの瞳の色がブロンドから輝く赤に変化した。

 赤の光眼使い。それが第四番隊隊長キルネスだ。

 ルビーにも劣らない美しい赤を瞳から放つキルネス。


「おかしなことを言う奴だ。国家の穢れの象徴である警邏が何を言う。貴様らの穢れは存在するだけで人々に害をもたらすというのに。さっさと滅びればいいものを」

 俺は青く光る瞳でキルネスの赤く光る瞳を睨みつけながら言い返す。


「威勢がいいな、ノードの亡霊。この要塞国家の番人たる警邏に正面切って罵詈雑言を放つ馬鹿は、今の時代そうそうお目にかかれない。お前らもよく見物しておけ。どうせ今夜でこの絶滅危惧種は死に絶えるのだからな」


 キルネスは仰々しく両手を広げてみせる。劇でも演じているかのようだ。


「番人じゃなくて番犬の間違いだろう。腐った犬がよく吠えるな。腐敗臭が漂ってきそうだ。まったく、吐き気がする」


 俺がいくら貶してもキルネスは余裕そうな表情を崩さない。

 それもそうだろう。もうお互いこのやり取りには慣れてしまっていた。

 俺がエリア4に移り住んで、破壊活動を開始して早一年。奴とは何度も顔を合わせては殺し合ったが、一度もまともな決着がついたことはない。


「まあいい。何とでも言うがいい。今日はお前と口げんかをしに来たわけではないのでね。ケリを付けにきたのだ。ノードの亡霊よ。もう気づいているはずだ。今夜、お前のその光眼の力は何の役にも立たないということに」


 キルネスの言わんとしていることは理解できた。


「貴様の部下がつけてる、その黒いゴーグルのことか?」


「そうだ。この対光眼使い専用の遮光ゴーグルは光眼使いの視線を完全に遮断する。そして、これは青の光眼使いとの戦闘において、より有効にその真価を発揮する。私が何を言おうとしているかわかるかね?」


 『侵入』の力をもつ青の光眼の弱点。それは、相手の瞳を視なくては能力を使えないことだ。

 それに対し、キルネスのもつ赤の光眼は───

「まあいい。すぐに身をもって己の不利な状況を体感することになる。……では、始めようか」


 キルネスの光眼の輝きが一層強くなる。

 瞬間、危険を察知した俺は近くの配管に跳んだ。直後に、今俺が立っていた配管の表面から無数の巨大な棘が突き出る。

 赤の光眼の能力。それは『操作』だ。といっても、俺みたいに内面世界の操作はできない。赤の光眼使いができるのは、外面世界の操作だ。実際に瞳に映るものを支配し、操作する。配管の鉄を操り変化させ凶器に変えたり、強制的に人を操ったりもできる。ただ、俺の催眠のように本人の意識まで操ることはできない。あくまで赤の光眼の能力は、外面世界で目に映る対象のみに有効なのだ。

 追い打ちをかけるようにキルネスが叫ぶ。


「今だ!やれ!休む暇を与えるな!」


 それから約二十分間、俺は防戦一方だった。

 キルネスの能力に加え、武装した警邏の発砲から逃れるのは容易でなく、右肩と左わき腹に鉛玉をくらい、その他体の各所にかすり傷を負った。

 息が乱れ、体の至る所から出血し、俺の体力は限界に達しようとしていた。

 青の光眼の弱点をよくついている。遮光ゴーグルをつけられては警邏の意識に『侵入』できない。キルネスは何もつけていないが、奴は光眼使い。光眼使い相手には、俺の精神力が相手の精神力を上回るか、油断した隙を突かない限りは『侵入』できない。

 それに対して、キルネスは『操作』したい対象を視れば能力が使える。しかも、武装した警邏十数名を率いての戦闘だ。

 俺の圧倒的不利は目に見えて明らかだった。

 俺は絶え間なく配管から配管を飛び移り、警邏の発砲とキルネスの能力から逃れる。だが、警邏も俺を囲むように追ってくるため、状況は何も変わらなかった。俺たちは配管の上を跳び移りっているうちに、いつの間にか本部から少し離れた高層ビルの群れの谷間に移動していた。


「さっきまでの威勢はどうした亡霊!」


 キルネスは配管やビルの壁を変化させ作り上げた凶器で俺を襲う。

 まずい。もう限界もいいとこだ。このままでは確実に殺される。


「仕方ない。街中ではあまり使いたくは無かったんだが」


 俺は腰からM22型手榴弾をとり、安全ピンを抜き、下方の警邏目がけて投擲する。M22型は本部侵入時に使ったM27型より数倍強力な爆弾だ。

 轟音とともにビルのガラスやら配管の鉄片やらが飛び散る。爆風が吹き荒れ、火の渦が下にいた警邏を巻き込む。これで少しは警邏の数を減らせたはずだ。

 俺は間を開けずにもう一つ、腰から手榴弾をとる。M12型手榴弾。安全ピンを抜き、今度は上方に向けて投擲。

 それを見たキルネスは部下に向けて叫ぶ。


「離れろ!巻き添えをくらうぞ!」


 すぐさま手榴弾から距離を取るキルネスの部下達。

 それでいい。何故ならこれは───

 轟音の代わりに、もの凄い勢いで煙幕が噴射される。そう、M12型手榴弾は発煙弾だ。半径十メートル四方を黒煙が埋め尽くす。

 これで警邏は視界を奪われて動けない。光眼をもつキルネスだってそれは変わらない。しかも今は深夜だ。本部から離れていてサーチライトの届かないこの暗闇で、一度見失った標的を見つけ出すのは困難の極み。

 発煙弾を使う前に、予め大方の配管の位置は確認し記憶していた俺は、この隙に本部がある方向とは逆方向に向かって下へ下へと配管を移動する。

 鉛玉をもろにくらった右肩と左脇腹からの出血が激しい。このままでは出血多量で気を失いかねない。早く地上に降りて、地下街へ入ってしまおう。そうすれば、もう警邏といえども俺を見つけることはできないはずだ。

 俺は発煙弾の煙幕を抜け、警邏の包囲網を脱出することに成功する。

 ビルの谷間を見下ろすと、地上まであと百メートルといったところだ。

 悲鳴を上げる体を無視して、無理やり跳躍を繰り返す。もう少し。もう少しで地上につくという、希望が見え隠れした時だった。前方の配管へ跳び移ろうと、俺が足元の配管を蹴った瞬間、俺の視界に映っていた無数の配管が瞬く間に鉄くずへと分解された。音をたてて無残に宙に散る鉄くず。これは───


「くっ、キルネス!貴様かあ!」


 複数の配管を瞬時に分解するなんて芸当をできるのは、赤の光眼使いであるキルネスしかいない。

 ビル同士が隣接しているといっても、その距離は狭い場所でも三メートルはある。ここのビルの谷間の距離は約五メートル。ビルまで精一杯手を伸ばすが俺の手は虚空を掴むだけだった。駄目だ。届かない。俺は宙に投げ出された。

 キルネスが遥か上の配管から俺を見下ろしているのが見えた。表情までは分からないが、おそらく俺を嘲笑っていることだろう。

 ちくしょうが。こんなところで死ぬわけにはいかない。こんな───


 成すすべなく、俺は鉄くずとともに空しくも夜の闇に吸い込まれていった。

ここまでが序章になります。

読んでいただきありがとうございます。


次回は「酒場の少女」です。

いよいよ、少年と少女の物語が始まります。

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