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第2章(4)



 城の庭には、心地よい秋風が吹いていた。



 「・・・・歌?」



 風に乗って、誰かが歌を謳っている。

 心地の良い風にのって、ゆるゆると当たりの空気を揺らしている。




 誰だろう・・・・すごく綺麗な声だな。



 自分の目的とする方向とさして変わらないようにも思えたので、フィルバートはその声に導かれるように歩いて行った。




 声が徐々に大きく聞こえ、その先の光景に、フィルバートは眼を見張る。




 「・・ウルカ?」



 青黒い龍の姿が目に入る。

 星が、彼をぐるりと取り囲み、その一粒一粒に語りかけるように、ウルカは歌っていた。



 ・・こんな声だったっけ?



 少年の姿の時の甲高い声でも、龍の姿の際に聞いた野太い声でもない。



 そろそろと近づくと、龍は急に声を止めた。



 「・・・フィルか。」

「やめなくてもいいのに。」



 その言葉に、ウルカは顎をそらした。



 「人に聞かせるために謳っているわけではない。」

「もったいないなぁ。音楽の講義で皆に聞かせてよ。」

「大勢に聞かれるのは好かぬ。」


 つんとした態度に、フィルバートは頬をかいた



 「まぁ、無理強いしたいわけではないけど。すごく綺麗な声で歌うんだね。」

「・・何をしに来たんだ?」



 その問いに、フィルバートは当初の目的を思い出した。



 「ナージャが居なくてさ。探しにきた。」

「さっき、厩へ行った。龍の様子でも見ているのだろう。」


 その視線の先には、厩がぽつんと立っている。

 フィルバートは肩をすくめた。


 「やっぱりそうか。」


 ととと、と軽い駆け足で厩に近づく。



 「・・ナージャ?」


 そうっと、入口から中を覗き込むと、馬房の前で座っているナザールの姿が目に入った。



 「ナージャ、何をしているんです?」

「なんだよ。フィルか。」



 顔だけ、フィルバートにむけ、ナザールは再び視線を馬房にもどした。



 「・・・こいつの様子が気になってさ。苦しんでないかなって。」

「シヴァ様が、自己治癒能力を高める魔法域を作ったから大丈夫だって言ってたじゃないですか。」

「・・そうだけど、まだ、自分の魔力も戻ってないし。龍は自己治癒能力高いけど、きっとまだ痛いところあるはずだろうなって思ったから。・・・何もできないけど、せめて傍にいて、此処には誰もお前を傷つける奴なんて居ないって、言ってやりたいし。」


 ナザールの隣に同じように腰かけ、剣を肩に立てかけるようにおいたフィルバートは、目の前の龍の様子に目を向ける。



 強力な魔法の結界の中で、強制的に眠らされた龍はひくりとも動かず、いつもならきちんと閉じられるはずの翼もだらりと広がったままである。




 「なあ、フィル。」



 しばらくの沈黙のあと、ナザールはそっと呟いた。



 「カールって時々、えらく冷たくねぇ?」

「・・今日の言い合いの件ですか?」

「なんか、動物、で片づけるんだぜ? 猫の件にしてもさ、怪我して、にいにいないわめいていても、“少しくらい餌をやったくらいでは一匹で生きていけない、どうせ死ぬなら放っておけ。下手に生き長らえさせるな”って言うし。・・・俺たちも、“どうせ死ぬ孤児”、で片づけてるのかなって思ったら、やっぱ、俺とカールって全然違う世界の人間なんだなーって思っちゃった。」



 膝を抱え、真っ直ぐ前を見つめるナザールの隣で、フィルバートはすこし天井を見上げた。



 「そうしないと、他のものを失うからですよ。カールの場合。」

「・・・お前さ、やっぱりカールの味方する? それって自分が子爵だから?」

「また、それですか。」


 ため息をついて、フィルバートは剣を抱え直した。



 「わたしは、どちらの味方もしません。」

「なんで?」

「・・・なんでって。」



 ちらりと一瞥し、フィルバートはこめかみを軽くかく。

 その態度に、ナザールはやっぱりなと口をとがらせた。




 「なんだよ、格好いいこと言って、結局そうなんじゃねえか。お前だって、あいつの言い分が正しいって思ってるんだろ? 無理することねぇよ。・・・お前だって、立派な子爵様だもん。俺みたいな孤児が言うことなんかより、“公王様”の言うこと支持してたほうが良いってことくらいわかってるよ。自分の立場ってものがあるもんな。」

「ナージャ・・。」

「放っておいてくれよ。こいつの様子見たら適当に帰るし。」



 ナザールの隣で、深いため息が一つ。

 そのあと、フィルバートは剣を手に立ち上がった。



 「気が済むまで此処にいていいけど。わたしは外で待っていますから。」

「護衛のつもりか? カールじゃないんだから。俺、そんな御大層な・・。」



 御大層な身分じゃない、という言葉を、ナザールは途中で止めた。

 薄い明かりの下で、ナザールを見下ろす黒い瞳が、ゆらりと揺れる。

 綺麗に整った造作で見下ろされて、ナザールはしばらく息を止めた。




 「・・・外で、待っていますから。」




 静かに、だが強い言葉。

 ナザールは、その強い瞳の力に押されて、こくり、とうなづいた。






 厩の方を気にしながら、ウルカが草の上に顎を載せてその青臭いにおいをかいでいると、フィルバートが剣を片手に戻ってきた。



 「此処に座って良い? ナージャが出てくるまで待っているつもりだから。」

「構わんが。中に一緒にいないのか?」



 龍の体に凭れるように座り、フィルバートは苦笑いを見せる。



 「・・今は一人にしておいた方がよさそうだ。」

「そうか。」


 自分にもたれた少年のいでたちに、龍は目を細めた。


 「汝は心配性だな。ご丁寧に剣まで帯びてくるとは。」

「武器を手放すなって子供の頃から叩きこまれてるから、癖みたいなものだよ。」


 剣を肩にかけ、フィルバートはウルカの顔を見上げた。



 「ウルカ、さっきの続きを謳ってよ。草原の民謡を知っているとは思わなかったなぁ。どこで習ったの?」

「・・吾がどれほどの永い年月を過ごしていると思うか。大陸のほとんどは吾のみで見聞きしたでな。」


 そうだ、とウルカはまた一節謳う。




 深き森

 深き空

 青き湖

 はるかな大地

 冬に雪は遠くまで白く染め

 春の草木は遠くまで緑萌ゆ

 はるかな大地

 遥かなる空

 遥かなる国フェルヴァンス




 「フェルヴァンスの歌?」

「・・汝は知らんのか?」

「うん。知らない。でも、ちょっと懐かしい感じがするね。」




 にこりと微笑んで、フィルバートは軽く伸びをした。



 「草原の民謡と聖歌はたくさん聞いたけど。フェルヴァンスの歌は聞いたことがないな。ウルカ、“緑の大地”知ってる?」

「知っているぞ?」

「わたしは、それが一番好きだな。」



 そういうと、フィルバートは小さく口ずさむ。

 それにあわせるように、青黒い龍の声も夜空に溶けていく。


 しばらく、星に聞かせるように謳っていると、ふと少年の声が途切れるていることに龍は気がついた。

 長い首をめぐらせて懐に目を向けると、肩に剣を抱え自分に凭れている少年が何時の間にやらくったりと眠りに落ちている。



 「やれやれ。」



 少し、翼を広げ、夜風に当たらぬように少年の体を覆い、幾分声をひそめてそのまま風にのせて歌を口ずさむ。




 「・・・・ウルカ、何やってるんだ? ・・・・何? 寝てんの? こいつ。」




 厩から出てきたナザールが、ウルカに気がついて近づく。龍の懐で剣を抱えたまま寝こけている少年に気がつくと、ナザールは呆れながらフィルバートの肩を叩いた。



 「おい、フィル。風邪引くぞ。・・・こんなとこで寝るくらいなら、待ってなくてもいいのに。」

「・・・ん。あぁ、気が済みましたか、ナージャ。」



 すぐに目を覚ましたフィルバートは、軽く目をこすり、すくりと立ち上がる。



 「ウルカ、ありがとう。お休み。」

「うむ。二人とも、風邪をひかぬようにな。」

「おやすみー。」




 ウルカに軽く手を挙げて、二人は並んで歩き始める。

 龍の視界から姿が消える頃合いで、ナザールはぼそりとつぶやいた。



 「アホか、お前。寝るくらいなら待つなよ。」

「すみません。ウルカの懐が居心地がよくて。」



 呆れたような声に、フィルバートはばつが悪そうに首根を叩く。

 ちらりとその横顔を一瞥して、ナザールはため息をついた。




 「俺の事なんか放っておけよ。」

「そういうわけにはいきませんよ。」

「なんで?」

「どうして放っておくのが当たり前みたいなこと言うんですか?」




 質問に質問で返されて、一瞬答えに窮したあと、ナザールは目を合わせることなく答えた。



 「だってさ。カールは公王だろ。一番守らないといけないのはあいつじゃないか。お前は、王に仕える騎士で、子爵で。俺は・・・ただの孤児だし。お前たちとは身分も立場も違うしさ。俺の為に割く時間があったらもうちょっと別の事に使えよ。国に帰った時の言い訳にもなんねぇしさ。」

「・・・・。」


 そこで、自分の斜め上から押さえる様な気配にナザールは顔を上げる。



 「・・・。」



 フィルバートの顔から表情が消えていた。

 その無言の圧力に、ナザールは唇をそっとかむ。


 しばらく凝視した後、フィルバートの唇が開く





 「・・・・今まで、そんな事思ってたんですか。」





 ガラス玉、と称される瞳が一瞬だけゆらいで。

 その次には、もうナザールの目には相手の背中だけが映る。



 その肩が、何時になく苛立ったようにとげとげしくて。



 ナザールはそのまま一言も口を開くことができなかった。






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