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レイクス戦記  作者: ゆう
第6章「光の守り手」

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第5話「聖魔法の目覚め」

第5話「聖魔法の目覚め」


 KR251年前半。春の訪れを感じるはずの季節だというのに、エルディナ北部の空気は鉄と泥、そして吐き気を催すような腐臭に満ちていました。アルカディア領から溢れ出した脅威は、ついにこの国境付近を飲み込もうとしています。

「……数が、多すぎる」

 私は杖を握りしめ、丘の上から眼下に広がる黒い波を見つめていました。数千、あるいは一万を超えるゴブリンの軍勢。しかも、これまでの個体とは様子が違います。その瞳は濁った赤に光り、肌には紫色の禍々しい紋様――何者かによる「呪術」の痕跡が浮かび上がっていました。

「ヴィーナ……これは、流石に無理かもしれないよ。あいつら、痛みを感じていない」

 百戦錬磨のレナさんでさえ、盾を構える手に微かな震えが混じっていました。ナツキは肩で息をし、クロエの鋭い耳は警戒で倒れ、エリカは魔力枯渇で顔を青白くしています。

「……諦めない。だってお父さんは、自分にできることをしろって言ったもの」

 逃げる場所なんて、どこにもありません。この丘の向こうには、私が守ると約束した北部の村々がある。

 私は一歩前へ出ました。心臓の鼓動が、胸元の髪飾りに宿る「黒雷」の意匠と共鳴するように、激しく、熱く打ち鳴らされます。

「みんなを、助けたい……。誰も死なせたくない。光よ……お願い!!」

 その瞬間、視界が真っ白に染まりました。

 私の内側から、堰を切ったように溢れ出したのは、これまでの「純粋なる祝福ピュア・ブレス」とは次元の違う、圧倒的な密度の魔力。

「――『純粋なる祝福グランド・ブレス』!!」

 私の叫びに呼応し、戦場全体を覆い尽くさんばかりの黄金の光が炸裂しました。

 光の波は丘を駆け下り、傷つき倒れていた騎士たちの体を優しく包み込みます。裂けた鎧の下の傷が即座に塞がり、枯れ果てていた気力が、焚き火に油を注いだかのように燃え上がっていくのがわかりました。

「な……んだ、この光は!? 体が、軽い……!」

 一方で、呪術に侵されたゴブリンたちは、その光を浴びた瞬間に絶叫を上げて転げ回りました。肌の紫色の紋様が、光に焼かれて煙を上げて消えていきます。

「……これが……私の、力?」

 自分の手を見つめる私の背後に、温かで、けれど凛とした気配が降り立ちました。

「いいえ、ヴィーナ。それはあなたの『祈り』そのものですよ」

 振り返ると、そこには白銀の装飾が施された法衣を纏ったセリスさんが立っていました。お母さんのような、そしてヴァルトニア家の精神的支柱としての気高さ。

「セリスさん! どうしてここに!?」

「あなたが頑張っているんですもの。じっとしていられません。……行きましょう、ヴィーナ。二人の祈りを合わせれば、この呪いなど恐るるに足りません」

 セリスさんが私の隣で両手を合わせました。私も同じように杖を掲げます。

 セリスさんの「浄化の祈り」と、私の「聖魔法」が混ざり合い、戦場に巨大な魔法陣が浮かび上がりました。共鳴する二人の魔力が、呪術で強化されていたゴブリンたちから「狂気」を剥ぎ取り、ただの魔物へと戻していく。

 戦況は一気に逆転しました。士気を取り戻した第二騎士団たちが、逃げ惑うゴブリンを押し返していきます。


 戦いが終わり、夕闇が迫る戦場で、私はセリスさんと肩を並べて座っていました。

「ヴィーナ……。驚きました。あなたの力、もう私に近いところまで来ているかもしれませんね」

「えっ! そんな、まさか! セリスさんはもっと、こう、神聖で凄く強いじゃないですか!」

 私は慌てて手を振りましたが、セリスさんは優しく微笑んで、私の頭を撫でてくれました。

「いいえ。あなたは、守りたいと思う誰かのために、自分を無限に広げることができる。それはレイクス様とも私とも違う、あなただけの才能です。……私たち、一緒に成長しているんですよ。きっと」

 その言葉が、戦いで疲れ切った私の心に一番効く魔法のように染み渡りました。

 そこへ、厳しい表情を崩さない第二騎士団長のゼオ様が歩み寄ってきました。

「……報告する。北部7村の防衛、すべて成功した。……ヴィーナ殿。認めざるを得んな。貴殿の力がなければ、今頃この地は焦土となっていた。礼を言う」

「……ゼオ様。私、もっと強く、もっと広く守れるようになりたいです」

 ゼオ様は私の言葉に、一瞬だけ目を見開きました。かつて「甘い」と切り捨てた私の想いが、結果として数千の命を救ったことを、彼は沈黙で肯定してくれた気がしました。

 ですが、私の胸には一つだけ不安が残っていました。あのゴブリンたちにかけられていた、禍々しい「呪術」。誰が、何のために。

 空を見上げると、東の空――レクシア神聖国がある方向が、不気味なほど赤く染まっていました。

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