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偶像世界でべしょりんは凛と生きる。  〜〜誰もが知る、誰も識らない、天才美少女なアイツ〜〜  作者: 吉津部 四嘘
ニノ章:サマー・ワンダー・ランド

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Record16:お姫様は硝子の上で眠る。

 購買部にて購入したコーヒー牛乳。人によってはこの紙パックの匂いが風味を濁している、なんて感想を零すが俺はこれが好きだ。いや、瓶の方が美味いと言われると反論は出来ないが。


「そんなにそれ美味しいんですか?」


 たった二人きりの静かな教室、向かい合わせた机の目の前に座る少女は不思議そうに見つめる。


「ん? そりゃ美味しいけど。どうかした?」


「いや、随分と美味しそうに飲むなあって。ちょっと気になっちゃいました」


 そんなに表情が緩んでいたのだろうか。俺としたことが、はしたない。いやむしろ愛すべきポイントだな。明桜ポイント+(プラス)1って感じだ。

 彼女の視線は紙パックに刺さったストローの先に向いている。まさか狙っているのか。


「委員長も一度買ってみたらどう? 明桜オススメの一品だよ」


 先手を打った。絶対に俺のはやらんからな。間接キスなんて目論んだ暁には俺の霰(あられ)のような眼差しが炸裂するぞ。


「そこまで言われると気になっちゃいますね」


──平和だ。これほど長閑(のどか)な放課後も久しぶりだ。俺の周囲にうるさい人間が多すぎるせいか、「何もない」、その事実だけで心休まる気がする。

 実際は仕事の一環として委員長とともにここにいるのだが。


「本題に入りましょうか。こちらが企画の候補ですね」


 委員長はA4サイズのルーズリーフ一枚をこちらへ差し出す。箇条書きでずらりと並んだ企画の数々。わざわざ手書きで書き起こしたものを持ってきたらしい。この内一つを選び、今日中に申請書を別所へと提出しなければならない。つまるところ時間はない。どこが長閑なんだ。


「どうでしょう、私個人としては演劇を推しているのですが」


「演劇か……」


 嫌な思い出が甦(よみがえ)る。脳裏によぎったそれをすぐに振り払い、話の続きへと戻る。


「何を演(や)るのか、台本はどうするのか、キャストは確保できるのか、練習時間は足りるのか。この辺りがネックだな」


「……そうですか。じゃあ喫茶店はどうです? 演劇よりは手間を抑えられると思うんですが」


「喫茶店は悪くないと思うけど、 似たような企画は多いな。コンセプトは違えど模擬店として喫茶店を選んだ団体は確か九組はいたはずだ」


「なるほど、となるとあまり気は進みませんね……」


 他の候補はお化け屋敷、射的、クレープ屋、謎解き、殴られ屋……殴られ屋?

 とまあ概ねが鉄板の企画案だった。一つ一つの企画としては若干弱いか。


 これらから一つを選び実現すること自体はそう難しくはない。

 問題は別所からの要求だ。「学校全体が盛り上がるようなクラス企画」、それに見合ったものを選ぶ必要がある。もちろんどんな企画でも解雪祭の盛況には貢献できるとは思うが──別所が言いたいのはそういうことでは無いだろう。


「俺たちのクラスの強みを活かせるっていうなら話は変わるんだがな……」


「私たちの強み……と言えばやはり」


「鏡谷くんでしょうか……」


「俺だよな……」


 俺でした。せめて情報収集能力に長けた米白だけでも動けるなら話は変わったのだが、あいつは生憎演劇部の方で忙しいらしいからな。


「鏡谷くんをメインに据えられれば華があるのですが。例えば鏡谷くんの撮影会なんてどうでしょう」


「……それ、委員長も楽しくないだろ」


 委員長も青春っぽいことしたいんじゃなかったのか。青春どこいった。


「鏡谷くんの異装には興味があるんですけどね。クラスでの企画としては少々主旨から外れているかもしれません」


 よくわかってるじゃん。


「鏡谷くんは何か良い案はありませんか?」


「……あるにはある。けど──」


 抵抗も、ある。

 俺という強みを最大限に活かしつつ、俺の流儀に反する、そんな案が思い浮かんでいる。


「! 是非教えてください! なんせ時間がありません!」


「……三つ」


「──え?」


「このリストの中から三つを採り入れる。具体的には、演劇、喫茶店、謎解き。舞台型ミステリー喫茶とでも言おうか」


「詳しく聞かせていただいても?」


 委員長が食いつく。しかしどう説明しようか。言語化が難しい。


「そうだな、まず謎解き喫茶っていうのは知ってる?」


「はい、一度友人に連れられて行ったこともあります。確かお茶を飲みながら謎解きキットを解いていくというお店でしたよね」


「まあそんなところ。でも俺が提案しているのはその謎にストーリーを付けて、かつ校内探索型にした謎解き喫茶。わかる?」


「……イメージがつきませんね」


 説明不足だっただろうか。眉を八の字にする委員長の顔を見ると俺が悪い気がしてくる。いや、俺が悪いなんてことあるわけがないし、あっていいはずもないが。


「そうだな……例えば」


 俺は席を立ち上がり、教壇上に立つ。キョトンとした目の委員長がこちらを見ている。


「『おお、なんということだ! 我が国の秘宝であるレッドダイヤモンドが怪盗の手によって盗まれてしまった!』」


「『そこで諸君らにお願いがある! 君達が探偵となり怪盗の行方を追ってはくれないか!』」


「『怪盗はこの志嶺高校の至る所にヒントを残しているらしい! そのヒントを追えば必ず怪盗の元へと辿り着けるはずだ!』」


「『では、健闘を祈る!』──みたいな感じかな」


 静寂。俺だけ盛り上がってしまったようで気まずい。あくまでも必要だと感じたからやったに過ぎないのだが。

 委員長はしばらく呆けた後、小さく拍手をした。


「なんだか演技中の鏡谷くんって、迫力がありますね。いつものサラリとした口調からは想像がつかないです」


「……それは褒め言葉か?」


「当然、褒めてますよ! 私は演技に詳しくないので具体的に褒めることは出来ないですが……とにかく私は引き込まれました!」


 別にそこまでこだわりを持って演じたわけじゃないが、こう言われると悪い気はしない。


「ありがとう。じゃあ話を戻そうか。こんな感じの導入から校内を回っていくつかの謎を解いてもらう形になる。あとは要所要所に人を配置して、っていう感じ。どう?」


「面白そうだとは思いますが……喫茶店の準備とストーリーや謎の制作を考えると、結局人手が足りないのでは?」


 そこだ。結局のところ、別所の要求である「学校全体を盛り上げる」、なんてのは人手があってこそ出来ることだ。

 これはあまり使いたくない方法だったが、これがうちのクラスの強みなのだから、存分に活かすべきだ。


「──俺を使う。俺が個人に頼んで回れば喜んで手を貸してくれるクラスメイトもいるはずだ。それに加えてクラス外部からも協力者を募る。まあ要するに……俺に任せてくれないか」


 随分ずるい言い方をしたものだなと、我ながら思う。


「鏡谷くんが言うなら、私はそれに従うまでです」


 俺にこんな言い方をされて、断れる女子はそういないのだから。





「ふーん、謎解き喫茶ねー。明桜くんにしては手のかかりそうなものを選んだね」


「どういう意味だ、それは」


「そのままの意味だよ?」


 別所は俺から受け取った企画申請書を嬉しそうに眺めていた。今日は珍しく普段は頭の上に乗せている大きなメガネを机の上に置いている。言い換えれば、普段の奇抜さが抜けた、普通の美少女がそこにいる。


「やっぱ、そのメガネは無い方がいいと思うぞ」


「えっ、あ、忘れてた!」


 別所は慌てた様子でメガネを頭上に戻した。いや、無い方がいいって言ったよな。天邪鬼なやつだ。


「まあとにかく、ちゃんと企画内容が決まったみたいで何よりだよ。ただ問題は──」


 そこまで言いかけて、別所は言葉を止めた。


「いや、なんでもない! 明桜くん、方波見さんの足を引っ張っちゃダメだよ?」


「俺が? 馬鹿言え、そんなことあるわけないだろう、俺だぞ?」


 みくびるなよ、いや、マジで。──それはそうとして、「なんでもない」、なんてことは無いことはないんだろうな。別所の言いかけたこと、問題。


「……本当に生徒会の仕事は大丈夫なのか?」


「んー? 問っ題っなし! だって、アタシだよ?」


 その意趣返しに、俺は何も言えなかった。何故なら、別所だから。別所が問題ないと言い切るのに、どんな顔をしてそれを疑うことが出来ようか。


「……」


 別所の瞳はいつもと何ら変わらなかった。


 ただ、それだけだった。





「だから、θ(シータ)って何!?」


「まだその段階か!? テストまであと三日だぞ!?」


 佐々木の衝撃の発言に思わず声を荒らげてしまった。それも仕方がない。授業をまともに受けていればまず出てこない疑問だ。


「佐々木ぃ、ちゃんと勉強しないと文化祭参加出来ないよぉ?」


「そんなこと言われてもさ。僕の人生において数学なんて絶対使わないし、やる意味ないじゃん」


 佐々木は机に突っ伏して項垂(うなだ)れる。


「じゃあなんで理系選択したんだ。国語の成績は良いんだろ」


 志嶺高校では二年進級時に文理の選択が行われる。ちなみに俺は文理融合の特進コース選択だ。


「入学時点では良い感じだったんだよ! そんなもんだから周りに乗せられたんだって!」


 自己責任だろ。とはいえ、中学時代の佐々木の得意科目が数学だったのも確かで。いくら志嶺のレベルが高いとはいえ、何があったらここまで成績が落ちるんだろうか。


「ま、喚いてる暇があるなら手を動かせ。佐々木には俺たちのクラスの文化祭企画に協力してもらわなきゃいけないからな。死ぬ気で勉強してもらうぞ」


 俺がわざわざ貴重な放課後を割いてまで佐々木の勉強に付き合っている理由がそれだ。

 謎解きに付随するストーリー及び台本を書けて、かつ暇そうな人間は佐々木(こいつ)くらいなものだろう。探せば他にもいるかもしれないが、不確定要素にリソースを割くよりは、こちらの方が確実だろう。


「正弦定理と余弦定理って何が違うんだよ!?」


 もっとも、佐々木が赤点を回避出来るか否かという点ではこちらの方が余程不確定要素は大きそうだが。


 そしてもう一つ、大きな不確定要素が、


「鏡谷くん、問題文の意味がわかりません……」


 隣で頭を抱える委員長だ。これはまずい。

 幸いにも明日明後日は休日。


 ──やるか、勉強会。

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