弐拾四つ目の記録 蛻の川 ④
注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。
ご了承下さい。
私は、ひぃ婆と婆と一緒に危険地域を周っていた。
「亜津美、どうですか?」
「結界は多分貼り終わった」
經津櫻境尊の力は非常に便利だ。結界さえも境だ。内と外を別け、干渉を拒む境。經津櫻境尊ならその結界さえも簡単に作り出せる。今回の結界は、あの延原愛衣をこれ以上外に出さない為に作り出した物だ。
「……母上」
「分かってます。誰かこの結界内に、侵入しましたね」
ひぃ婆と婆の表情が険しい物になった。流石に私はここまで分かる程力が研鑽されている訳では無い。……それにしても、侵入……。ここに侵入する意味がある人物と言えば、先程までいた昴とミューレンと黒恵。そしてもう一人、帝国特別宗教学研究結社の構成員だ。
異質な気配が近付いて来る。私達の存在に気付いているのか、真っ直ぐ、とても素早く、黒い気配が近付いて来る。どうやら私の予想は当たっていた様だ。この気配は、結社の人間と大きく酷似している。ただそれよりも、もっと恐ろしくて、もっと異質な気配。
仁王立ちで私達の前に立っていたのは、昴と大体同じ年齢であろう青年だった。青年は剣を二振り持ちながら、不意を突かれたのか目を丸くしながら私達を見詰めていた。
「誰だお前等」
「こっちのセリフでもあるんだけど」
「いーや、ただの一般人がこんな所に来る訳も無いだろ。それにお前等、人間じゃ無いな?」
「人権否定? うわー最低。最高裁判所でまた会おう」
「違う。俺と同じだろってことだ」
「ああ、そう言うこと」
青年は二振りの剣を降ろし、あくまで敵意が無いこと、しかし何時でも戦える体勢を表現していた。
「あー、そう言えば、經津櫻境尊から一人娘がいるって聞いたな。そこの婆さんか」
青年は婆を指差しながらそう言った。失礼だとは思わないのだろうか。これだから最近の若者は。
すると、ひぃ婆が強く叫んだ。
「違います! 私です! 私が、經津櫻境尊の一人娘です!」
青年は深い驚愕の感情に襲われたのか、口を餌を待つ魚の様に開けながら目を大きく見開いていた。
「んな訳あるか! お前若すぎるだろ! 精々二十代前半に見えるぞ!」
「百三十超えです!」
「執行憲法がきちんと働いてねぇ! 嘘だろ百歳超えって!」
青年は二振りの剣を子供の様にぶんぶんと危なっかしく振っていた。余程驚愕が勝っているらしい。当たったらどうするんだ。
「……で、何で經津櫻境尊の系列の娘がこんな所にいるんだ」
「それはお主もじゃろうが坊主よ」
婆は警戒心を顕にしながら青年に問い掛けた。
「俺? 帝国特別宗教学研究結社の……まあ、総督だと思ってくれ。と言っても知らねぇか」
「知っていますよ」
ひぃ婆がそう言った。
「私は、貴方方の前身組織が作った第弐番の龍と出会ったこともあるのですよ」
「……何だ、知ってたのかよ。……ま、それはどうでも良い。お前等もあれを止める為に来たんだろ? ククッ……!!」
彼は笑いを堪える様に息を殺していると、抑え切れずに大きく笑った。
「いやーあれはな。下っ端の奴等が俺の管轄外で私利私欲の為に作った俺達結社の汚点だ。分かるだろ? 俺達の目的は『日本国民全員の半永久的で半恒久的な幸福の実現』だ。あれは、多くの日本国民を不幸に招く代物だ。今すぐ封印しないと大問題だ。だから、責任を取って俺が来た」
「……良く口が回りますね」
「何だよ。嘘は吐いて無いぞ」
「それも嘘ですね」
「……バレたか。ああ、だが、半分は本当だぞ? もう半分の理由は――」
青年は、また悪い笑顔を浮かべた。
「あれの研究の為だ。何せあれは俺の管轄外。しかも作った奴の予想と実証から外れた動きをしてるらしい。ああ、だが安心しろ。封印した後は、こっちで厳重に保管することを天照大神に誓うさ。どうだ、今回だけで良い。協力してくれないか? 何せあいつは予想外、何が起こるか分からない。人手はあればあるだけ良い。……金も、払えるだけやるが、どうする?」
ひぃ婆は食い気味にそれの答えを発した。
「ええ、良いですよ。何せ、私達も同じ考えでしたから」
「物分りが早い奴は良いねぇ」
青年はまた笑っていた――。
――私達は延原桐馬の現在の住所を探していた。私達、とは言ったが、正確には黒恵と昴が互いに競い合っている様に延原桐馬の住所を特定しているだけで、私はそんな様子をただ眺めているだけだった。
先に手を挙げたのは昴だった。
「特定完了!」
「わ、私が負けた……!?」
「と言う訳でラーメン奢ってくれ」
「ぐぬぬ……仕方無いわね……」
黒恵はため息を吐いた。私が見ていない隙に、何時の間にこんな血湧き肉躍る熱烈な住所特定になったのだろうか。
延原桐馬の現在住所は、ここからそう遠くは無い。アイは彼を探しているのだとすれば、連れて来ようとも考えたが、それは危険過ぎるから辞めておこう。それに、アイが何故延原桐馬を探しているのかも分かっていないのだ。
私は黒恵の赤い軽自動車に乗って、昴はその後ろから黒いバイクで追い掛けていた。あの地域のあの存在の対処は、八重さんと透緒子さんと亜津美さんに任せている。
「ねえミューレン」
黒恵がそう切り出した。
「どうしたのよ」
「……何か、おかしい気がしない?」
「……やっぱり貴方もそう思ってたのね」
「延原愛衣の死因は自殺。あの堰堤で溺れて発見されたから、そう考えるのも理解出来るわ」
「そして、その延原愛衣は何故か延原桐馬を探している。まあ、愛しの人を探している執念って言えばそれまでだけど」
「もし、そうじゃ無かったら、ってことでしょう?」
「そうそう」
……その答えは、きっと延原桐馬に出会えれば分かることだろう。
三十分程車を走らせれば、もう延原桐馬の現在住所に着いた。時間的に仕事に行って家にいるかは分からないが、様子を見る限り在宅中だろうか。私達としては都合が良いが、確実に怪しまれる。急に女子大生がやって来て延原愛衣のことを聞いて来るのだ。
「で、誰が行くのよ。私は行きたいけど」
黒恵がそう言った。
「私も行くわ。貴方一人だと心配よ」
「そう? じゃあ昴は待機しておいて」
昴は若干面倒臭そうな表情を浮かべたが、それをすぐに隠して快く了承した。相変わらず彼は嘘が得意らしい。
インターホンを黒恵が押すと、そこから『はーい』と明るい声が聞こえた。どたどたと若干騒がしい足音が聞こえると、打って変わってそーっと慎重に玄関の扉が開かれた。
顔を出しながら、私達二人を怪訝そうな顔付きで見詰めている男性こそが、あの神仏妖魔存在か怪異存在か幽霊存在かも分からない延原愛衣が探している、延原桐馬だろう。
歳は私と然程変わらないだろう。恐らく二十代後半くらいの男性で、ゆったりとした部屋着のまま、それに髪が濡れていることから、つい先程までシャワーを浴びていたことが分かる。
そして、左手の薬指には、堰堤の底で見付けた指輪と瓜二つの指輪を嵌めていた。
「……あのー? 何の用でしょうか……?」
警戒心が顕に出ている声で、彼はそう言った。そんな彼に黒恵は親しげな笑顔で話し始めた。
「延原桐馬さんですよね?」
「ええ、そうですが……」
「この指輪に、見覚えはありますか?」
そう言って黒恵は堰堤で見付けた婚約指輪を見せびらかした。同時に、延原桐馬の顔色は一気に変わった。明るい顔立ちは何処へやら、暗い顔で寂しそうに、しかし懐かしそうにそれを恍惚とした目で見ていた。
手を伸ばし、その指輪に触れると、突然延原桐馬は泣き出した。
「……ああ……ごめんなさい……。……一度、中で話をしましょうか」
延原桐馬は私達を家の中に案内した。
延原桐馬は指輪を丁寧に、そして大事そうに白い布で包み、机の上に置いた。私達の前にはオレンジジュースを出した。
「これを何処で?」
「堰堤で見付けました」
「……堰堤?」
「ダムのことです」
「……ああ、愛衣が死んだ……あのダムで、ですか」
延原桐馬は俯きながら、ぽつりぽつりと呟き始めた。
「……彼女が死んで、もう、四年……でしょうか。……それにしても、良く僕の住所が分かりましたね」
「ま、まあ……警察の人にも頼んで、ですよ。アハハ」
「そうですか」
少しだけ、延原桐馬の表情が変わった様に思える。彼から恐怖を感じる不自然な表情が、一瞬だけ写った様に見えたのだ。だが、その表情は巧妙に隠されたのか、親しげな、そして感謝を伝える微笑みが浮かんでいるのだ。
不気味にさえ感じたあの表情の所為か、私の背筋に生暖かい何かの指で擽られている感触が浮かび上がった。気色が悪い感覚だ。
「……愛衣が死んだのは、結婚してから丁度半年の日でした。……どう言う訳なのか、彼女は、自殺して……。……僕が不甲斐無かったのか、僕が彼女に何もしてやれなかったのか。それはもう分かりません」
延原桐馬の目頭から、小さな小さな涙が溢れた。やがて押し殺した息が苦しい嗚咽に変わって行った。
「……ああ……良かった……また、僕の下に返ってくれて……」
そう言って、延原桐馬は布で包んだ指輪を抱き締めて、何粒も涙を落とした。
何だかこの場所に居るのが申し訳無くなってきた。自分の涙を落とすのは、誰にも見られたく無いのだ。だから誰もが自分の涙を拭い、誰もが自分の目元を隠し、誰もが一人で泣き続ける。
一言別れの言葉を入れてから、私達はその家を後にした。
勿論、解決にはなっていない。あの存在が、延原愛衣と言うことだけが分かっているだけなのだ。ああなった原因も、結社が何をやったのかも、まず延原愛衣の目的が何なのかも、全てが謎に包まれたままだ。この全てを解明する為の調査だと言うのに。
黒恵の赤い軽自動車の中で揺れながら、私はこれまでの出来事を振り返っていた。
すると、突然昴から着信が入った。後ろを見てみると、バックドアガラスの向こうには黒いバイクに乗って後ろを追い掛けながらスマホを片手に持っている昴の姿が映っている。
「どうしたのよ昴」
『さっきねぇから連絡が入った。どうやらあっちは解決したらしい』
「そうなの? 結局何も分からなかったわ」
『……これで、この事件はおしまいだ。これ以上の詮索は全て無意味。何か知ってるなら結社の連中だが……現状何処に本拠地があるのか、誰がトップなのかも分からない典型的な秘密結社だ。分からないのは仕方が無い』
……彼の言う通りだ。分からないのは仕方が無い。どれだけ調査を重ねても、真相に辿り着くことが必ず出来る訳では無い。どれだけもどかしく、どれだけ納得が出来ずとも、納得するしか無いのだ。
ただ、残念ながら私は分からず屋の捻くれ者で天邪鬼だ。その程度の障壁で、私の歩みは止められない。……こんな性格になったのも、黒恵の所為にしてしまおう。それくらい許されるわよね?
まず不自然なことは、堰堤の底にこの婚約指輪が沈んでいたと言うことは、延原愛衣の遺体には既に指輪が外されていたと考える方が自然だ。だが、指輪と言うのは本人の指の大きさに合わせる物。水中で腕を必死に藻掻いて簡単に外れる物では決して無い……はずだ。
つまり、この指輪は延原愛衣が死ぬ直前に堰堤に投げ込まれたと言うことになる。
そして延原愛衣は、どう言う訳か延原桐馬を探している。それは彼女がずっと唱えているから分かる。それにも違和感を覚える。
そして何より、延原桐馬の不審な動き。彼はまだ延原愛衣を愛しているのだろう。薬指にまだ指輪を着けていることから良く分かる。愛しの人からの贈り物は手放せないのだ。もう、四年も経っているのに。
……ここから、導き出される答えは……。
……桐馬は、愛衣を愛していた。それは、ずっと、ずっと。愛と言うのは、皮肉な物だ。
人を愛せば、その分苦しむ。その苦しみこそが愛なのかしら。その苦しみを喜びに変えるのが愛なのだろうかしら。私は答えを持っていない。だが、延原桐馬は答えを無理矢理出してしまった。
愛衣の全てを、愛したのだ。その全てを、自分の内にだけ秘めて。
……それも、最悪な方法で。
……まあ、私の勝手な予想だ。私は今、延原桐馬さんにとって、最悪な自論を展開している。これは黒恵に言わなくても良いだろう。
後日。私は昴から、延原桐馬が風呂場で溺死したことを聞いた。
どうやら警察は自殺で調べているらしい。そして、不審な点は一つだけ。
延原桐馬は、左手の薬指に同じ指輪を二つ着けていたらしい。それは、延原桐馬と延原愛衣の婚約指輪。二人の愛を証明する唯一つの物品。
最後まで読んで頂き、有り難う御座います。
ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。
延原桐馬は延原愛衣を愛しています。
延原愛衣は延原桐馬を愛しています。
愛衣は桐馬を、桐馬は愛衣を、愛しています。
それはきっと、永遠に引き裂かれません。桐馬の中では、ね。
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