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弐拾四つ目の記録 蛻の川 ③

注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。


ご了承下さい。

『……延原桐馬……』


 その言葉が囁かれた直後、私の体は大きな巨体の誰かが後ろに引っ張った。


「ぽーぽぽ! ぽぽっぽ!」


 何だか久し振りに姿を見た魅白が、あの女性から離してくれた。


「あ、ああ、あぶ、ない」


 拙い言葉で魅白はそう言った。


 ……確かに、あのままだと光や狛犬の様になっただろう。危なかった。


 何より、私の奥底にいたはずの彼女が現れそうになってしまった。彼女は、私の夢の中にいる存在のはずなのに。


 あの女性は、佇んでいた。ずっと、あの場から動かず、佇んでいる。


 延原桐馬……誰だろうか。普通に考えればこの女性が恨めしく思っている男性……だろうが、色々な謎は残る。


『……延原桐馬……何処にいるの……』


 その言葉には、女性的な恋心にも似た猫撫で声に近かった。だが、違う。明らかに違う。そこまで親しい人物を、「延原桐馬」なんて言わない。「桐馬」と言うはずだ。私が「白神黒恵」のことを「黒恵」と親しく呼ぶ様に。


 すると、女性はまた歩みを進めた。


 何処に向かっているのかも分からないが、私達はそれを追い掛けようとした。


 だが、生理現象である瞬きが私の視界を閉ざした直後、その女性の姿は消え去った。


 私に伸し掛かっていた重圧感と頭痛と、暑苦しさが綺麗に消え去った。呼吸がとても楽になった。


 ……ああ、空気とはこんなに美味しかっただろうか。前に食べたことのある黒恵の手料理と引けを取らないだろう。


「……ぽーぽ?」

「……ええ、大丈夫よ魅白。助けてくれてありがとう」

「ぽぽぽ。ぽぽぽぽ」


 今思えば、彼女も不思議な存在だ。八尺様の初出は恐らくネット掲示板。それなら彼女は怪異存在と定義する方が自然だが、彼女は神仏妖魔存在だ。


 何処かの本で、七尋女房を元にした怪談と言う説を見掛けたことがある。もしかしたら彼女の原型は七尋女房で、その信仰が次第に八尺様に変わっていったのだろうか。


 魅白は昴の方に走り、腕を目一杯伸ばし愛しそうに抱き締め、その巨体を存分に使い彼の体を全て隠してしまった。


「ぽーぽーぽー!」

「分かった分かった。最近構ってやれなくてごめんって」

「ぽぽぽ! ぽぽっ!」

「色々忙しかったんだ。見てただろ?」

「……ぽー」

「だから今は離してくれ」


 魅白はそのまま昴を高く抱き上げた。


「魅白!? 降ろしてくれ!」

「……ぽー……ぽぽ」

「……あー分かったから。ちゃんと作ってあげるから。大福で良いか? ティラミスもパネトーネもウーピーパイもトウファも、チェーも作ってあげるから」

「……ぽぽ」


 魅白は昴を降ろすと、彼の頬を両手で揉み始めた。


「……楽しいか?」

「ぽぽ」

「……そうか」


 そんな昴に、透緒子さんと亜津美さんが同時に飛び蹴りを食らわせた。


 飛び上がりもフォームもとても綺麗で、流れる様な動きだった。流石の昴でも受けるしか無かったのだろう。


 昴は大胆に体を動かし衝撃を逃がした。


「何で突然蹴られないといけないんだ」

「五月蝿いわ! 良く分からん存在に容易に近寄るなと言っておろうが!」

「良いだろ別に。無事何だし」


 亜津美さんは未だに昴に向けて蹴りを繰り返している。その全てを軽くいなし、涼しい顔で会話を続けている昴は流石としか言えない。


「それよりだ。あの女性の素性を色々調べないといけないだろ。どうする? このままIOSPに連絡して死刑囚にでもこの辺りを探索させるか?」

「……死刑囚を使うのは少し……抵抗がありますが、仕方無いですね……」


 八重さんの表情は暗い物だった。


 幾ら、近い将来死ぬことが確定している人間を調査の為に死ぬ可能性が高い場所に送り込むのは良心を痛める行為なのだろう。


 その後の行動は早い物だった。


 今回の超常的存在、正体が一切不明。神仏妖魔存在なのか怪異存在なのか将又幽霊存在なのかも分からない。そして昴が見えたと言うことは、恐らく物理的干渉を受ける。だが触れられない。……それはもう物理的干渉を受けないと言える気がするわね……。


 とにかく、黒恵が定義した三つの存在の定義から逸脱している。私の瞳にも映った情報は、あれは人間だった。


 ……被害はもう何人も出ている。止めないと。


 正直に言ってしまえば、私は今すぐ逃げ出したい。ただ、ここに私が居ないと代わりに黒恵がやって来てしまう。それだけは、駄目だ。


 絶対に駄目だ。


 形振り構っては要られない。どれだけ良心を傷付けたとしても、納得するしか無いのだ。


 IOSPに連絡し、私達はこの場から離れようとした。


 ふと、気になることがあった。あの家の付近の小川には白い靄が見えた。それならこの近隣地域にも白い靄が見えるのだろうか、と。


 私は瞳を銀色に染め、ぼーっと辺りを眺めてみた。


 映る景色は、ホワイトアウトした視界にそっくりな程、真っ白だった。平衡感覚を失ってしまう程に、右も左も上も下も分からない程に真っ白。


 視界を元に戻すと、何時も通りの景色が広がった。


 ……私が思っている以上にあれは危険な存在なのかも知れない。


 避難勧告が出された地域から出て、昴が所有している民家の中で連絡が入るまで待機をする。


 あの地域を今調査しているのは、今日、もしくは明日死刑予定の死刑囚と、執行憲法により年末には処分される予定の人達らしい。IOSPとは言え、良く集められるわね。


 この民家は、昴のセーフハウスらしいが、詳しいことは分からない。詳しく聞こうとすれば「察してくれ」とはぐらかされるばかり。


 だが、相当色々な物が揃えられてある。ボードゲームにテレビゲームに文学作品に、どう言う訳かお酒まである。昴は下戸だと言っていたのに。光も良く飲むとは聞かない。


 ……つまり、ここには光と昴以外の人物が出入りする場所と言うことだろう。……まあ、詮索しないのが友人と言う物だ。


 すると、禍鬼の巨体が私の横を通り過ぎた。どうやらお酒の匂いを察知したらしい。


「……なあ、そこのお前」

「私?」

「おうそうだ。お前だお前。名前忘れた。……どれが一番強い酒だ?」

「これね。アルコール度数20%」

「どれくらいだそれ」

「えーと……清酒が15%前後だったはずよ」

「最近の清酒は弱い奴ばっかりだからなァ……ま、それより若干強いくらいか」


 彼女が頭を僅かに揺らす度に、私の頭に立派な牛の様な角が突き刺さりそうになる。こんな場面で命の危機を感じるとは思わなかった。


「……酒蟲使って酒作る方が強い物が作れるな。ま、それと混ぜりゃ良いか。ありがとよ」


 そう言って禍鬼はお酒を一本握り締め、何処かへ行ってしまった。


 流石鬼。酒豪ね。


 戻ってみると、昴と透緒子さんが将棋を打っていた。一手一手がとても素早い。


「なあ婆」

「なんじゃ昴の坊」

「その飛車怖い」


 何だかのんびりとしている。


 だが、直後にそのほのぼの空間は一気に崩れることになる。


 昴が机の上に置いていたスマホがけたたましく鳴り響いた。この状況の着信音は、何か見付かったことを意味する。


 一気に緊張感が室内に流れ始めた。


 昴はすぐにスマホを手に取り、通話に出た。


「……三人死亡、五人行方不明、十五人軽症もしくは発狂……ねぇ」


 物騒な単語が飛び交っている。相当な被害が出たらしい。


 昴は通話を終えると、神妙な顔立ちで口を開いた。


「一応、怪しい人物は見付かったらしい。犠牲はあったがな」


 ……案外、知らない人が死んだと聞いても、感情は揺さぶられない物だ。ニュース番組で誰かが殺されても、その被害者の親族や友人、家族で無ければ感情は揺さぶられない。


 それが、当たり前だ。無情なのは理解している。


 私達は再度あの地域へ入った。


 怪しい人物の特徴は、高身長、細身の男性らしい。しかも見た限り何人組かで動いているらしい。


 あの女性の素性は未だに分からないまま、延原桐馬の素性も分からない。謎は多く残るが、それが解決出来ることを祈っておこう。


 ある程度進むと、昴が私達に顔を向けた後に、口元に人差し指を立てた。ここから先は音を立てずに進んでくれと示しているのだろう。


 足音を極力出さずにそろりと足を前に出して、それでも素早く動く昴の背を追い掛けた。彼は忍び足で私が走る速度と大体同じくらいだろうか。


 ……まるでゴキブリみたいだと思ってしまったのは、私の心の内に秘めておこう。


 そして、昴はぴたりと体を止めた。曲がり角の壁に体をぴたと体を隠すと、僅かに体を傾け曲がり角の先を覗いていた。


「……いる」


 木々のざわめきよりも小さな声が聞こえた。


 昴はスマホのカメラを曲がり角の先に向けると、写真を撮った。シャッター音も無い所為か、向こうにいる人達に気付かれていないのだろう。


 スマホの画面を私達の方に見せると、その液晶には確かに高身長の男性が五人程映っていた。


 ……写真越しでも分かる。全員、人間では無い。いや、人間の様な、人間では無い様な……。感覚としては飛寧やディーデリックさんに近いだろうか。


 私は声を出す訳にもいかず、念の為覚えていた手話でそれを伝えた。


 昴は一度か二度頷くと、何処からか旧型銃とナイフを取り出した。右手に旧型銃を、左手にナイフを逆手に持ち、臨戦態勢を整えた。


 やはり物騒だ。


 先程までの静寂は何処へやら。直後に響いたのは耳の鼓膜に突き刺さる爆発音だった。


 昴は曲がり角の先に身を曝け出し、旧型銃の銃口を空に向けていた。その曇り空に目立つ白い硝煙が立ち込めている銃口を曲がり角の先に向けた。


「動くな。ああ、手荒な真似をするつもりは無い。色々聞きたいだけだ」


 その声は何時もの昴の声では無かった。元々中性的な声色が、女性的な物に近付いていた。私はひょっこりと顔を出しながら曲がり角の先の様子を見た。


 高身長の男性達は全員同じ目立つ真っ赤なスーツを着熟していた。その男性達の後ろには八重さんと透緒子さんが刀を構えていた。


「……無関係って訳じゃ無いだろ? この地域全体に避難勧告が出てるのに、わざわざ目立つ赤いスーツで、集団で、人間では無さそうな何者かがこそこそと何かやっている。こっちとしても手を煩わせたく無いんだ。ほら、早く言ってくれ。私の指が動くぞ?」


 旧型銃を上へ下へ揺らしながら昴はそう言っていた。


 男性達は不思議な笑みを浮かべながら、妙に冷静な口調で語り始めた。


「名前は?」

「あ? 何で――」

「名前は?」


 昴は眉間に皺を寄せながらその問い掛けに答えた。


「……五常真白」

「……そうか。五常の、呪われた血筋の末裔か」

「おうおう喧嘩売ってるな?」

「……そして、我等結社の同胞を殺戮した憎き仇」


 結社……!?


 こう言う事態で思い浮かぶ結社は、たった一つだけ。


「帝国特別宗教学研究結社の一員か……!!」


 昴が代わりに言ってくれた。


「……ええ、分かっています。それが仕方の無いことであることも、自分達の自由の為にした行為と言うことも。……ですが、彼等は、同胞。……どうしても、恨んでしまうんですよ」

「良いから答えろ。あれは、何だ。また結社が作った神仏妖魔存在か?」

「……あれは――」


 その言葉が紡がれる直前、その男性の頬に一線の赤い糸の様な物がぴっと貼り付いた。


 ……いや、違う。それは、火傷の痕だ。その赤い線から小火が立ち上り、やがてその火はあの男性の左側を焼き始めた。


 黒い髪を燃やし、人の肌を焼き人の脂が火の勢いを更に増させ、そして肉の焦げる匂いと黒い煙が発せられた。


 爛れた皮膚は千切れてしまい、地面へと落ちてしまった。


 匂いと、絶叫が、私の心を締め付ける。胸の下の奥から気色の悪い感情が込み上げて来る。感情が嗚咽となって、吐瀉物となって私の口から吐き出された。


 それと同時に、頭の奥を鈍器で殴られた様な重い重い痛みが走った。


 昴は頭部が燃え上がった男性から顔を逸らし、視線を背後に向けた。


「また出たな……!!」


 水滴が落ちる音が聞こえた。熱い風が私の額を悪戯に擽る。


 あの女性が、また現れた。虚ろな目を昴に、いや、その後ろにいる結社の男性達に向けていた。


 前に遭遇していた頃とは表情が一変しており、憎悪と復讐の火がちらちらと見えていた。


 直後に響いたのは銃声。鉛の弾丸は女性の体を擦り抜けた。


 二度、三度、同じ音が聞こえた。そろそろ私の鼓膜が限界だ。


 四度目の銃声が聞こえた頃、分かり易い舌打ちが聞こえた。その後に、私の体が誰かに持ち上げられた。


「ミューレン、結界作れるか?」


 昴の声が聞こえた。私を抱えているのは昴だろう。


「……多分……」

「じゃあ頼んだ」


 昴から手渡されたナイフを握り締め、コンクリートの地面にルーン文字を刻んだ。刻んだルーン文字は、エオローだ。


 ルーン文字を刻んだ地面に触れると、それは白色に輝いた。


 透明な薄い膜の様な物が私と昴の周辺に浮かび上がった。これが恐らく私達を守ってくれる結界だ。


 だが、女性は私達に目もくれず、曲がり角の先にいる結社の男性達に歩みを進めた。


 私の視界は閉ざされた。昴が私の目を手で隠したからだ。


 だが、その後に聞こえた悲鳴と助けを求める絶叫だけで、この惨状は容易に想像出来る。


 湧き上がる、訳の分からない罪悪感。あの人達は、知らない人なのに、罪悪感が私の心を締め付ける。


 それがまた、吐瀉物として私の口から吐き出された。


 ああ、気持ち悪い。暑い。暑い暑い。


 冷ややかな風が私の前髪を擽る頃、昴は私から手を離した。


「……最悪」


 たった一言、ぽつりと彼は呟いた。


 昴は曲がり角の先に行ってしまった。私はここにいるべきだろうか。


 私の恐怖と遠慮よりかも、親友に教わった好奇心が増してしまった。私は好奇心のまま、曲がり角の先に僅かな惨状の想像を脳裏に過ぎらせながら進んだ。


 ……脳裏に過ぎった想像は、殆ど正解だった。


 赤いスーツは無惨に黒焦げになり、元々人だったであろう黒い炭の塊は未だに仄かな火の種を宿していた。


 白い部分はきっと、肌と筋肉が焼けて露出した骨だろうか。


 ……やはり、見ない方が良かった。また吐瀉物が喉元にまで迫り上がって来た。喉が焼ける様な痛みを飲み込み、何とか吐き出さない様にした。


「……ミューレン、休んでて良いぞ。ただでさえ辛い惨状の現場だ」

「……少しだけ調査をしたら、休むわ」

「……黒恵の悪い所に感染してるぞ」

「なら良かったわ」


 死因は見た通り焼死。火元は、まあ昴も火を出せるのだから、そう言う力で出せると納得するしか無い。


 問題は……一人だけ、生きている。幾ら人間では無いとしても、もう助からないだろう。僅かな呼吸音と共に、その人は痛々しく咳き込んだ。昴も流石に気付き、耳を近付けた。


「……かのじょ……は……」

「あれのことか」

「……そこにいる……あの……かわに……あの……そこに……」

「……川の底? ……おい、川の底に何がある」


 川の底……普通に考えるなら、あの小川の上流にある堰堤だろうか。


 男性は腕を曲げ、手を昴に向けた。


「……あぁ……いやだ……また……みんな……」


 昴はその手を握り締めた。


 焼死体の喉元に指で触れ、息を確認した後に手を合わせた。私も釣られて手を合わせた。


「……託されちゃったわね」

「……そうだな。嫌な役回りを引き受けてしまった……。あー嫌だ嫌だ! 自分でやれって話だろ」

「それでもやるのね」


 彼は私から顔を逸らした。


「……ま、光も犠牲になったからな」

「嘘吐き」

「はいはい何とでも言え。俺の本心は光が犠牲になったからだ」


 そして、私達はまたあの山に足を運んだ。


 堰堤の機能は一時的にコンピューターシステムに全権限が委託され、コントロールはされているが、やはり心配だ。流石に現代では大丈夫だと言うことは分かっているが……。


 堰堤の上に立った私達は、山と緑に囲まれた場所に貯まる青く巨大な水面を眺めた。


 背後から多量の水が放出される轟音と共に、冷たい空気が流れている。


「本当にここに潜るの?」


 私がそう聞くと、昴がにやりと笑った。


「まさか。流石の俺でも装備無しでこんな場所を素潜り出来ない。と、言う訳で、丁度良く俺の中にいるじゃ無いか。水の神様がよ」

「ああ、高龗神に頼むのね」

「そーそー。と言う訳で"高龗神"」


 その言霊が口から放たれると、昴の横に高龗神が現れたが、頬を膨らませて顔を逸らしていた。


「どうした高龗神?」

「どうせ私は都合が良い女ですよ。何時も呼び出さない癖にこう言う時ばっかり呼び出して用無しになったらすぐに追い返すんです。えーえーそうですよ! 私は都合が良い女ですよ! ふんだ!」


 この人、こんなに面倒臭い性格だっただろうか。


 もしくは昴の所為で性格が変わってしまったのだろうか。


「……高龗神」

「何ですか。どうせ私は鬼みたいに強くも無いですし抜け首みたいに可愛気も無いですし狸みたいに貴方の仕事を手伝えない何も出来ない神様ですよ」


 そんな面倒臭い拗ね方をしている高龗神を、彼は優しく抱き締めた。


「な、何ですか! そんなことしても――」

「ごめん。今まで構ってやれなくて」

「だから――」

「許してくれなんて言えない。だけど、俺には高龗神が必要何だ。頼む」

「……んん……仕方無いですね」


 昴は優しく高龗神の背中を撫でながら腕を離した。


 そのまま高龗神は貯められた多量な水に飛び込むと、水面に足が付くと同時にその体は白く巨大な空を這う蛇に変わった。


 身をうねらせると多くの水を空に浮かべ、どんどんと水くらいを低くさせた。


「ちょろいなあいつ」

「……流石女誑し」

「失礼な。ミューレンを誑かしたことは一度も無いだろ」

「まあ、それはそうだけど」

「それに、やる気を出したんだから今回に至っては罵られる理由は見当たらないぞ」

「だから頭に流石を付けたのよ」

「……確かに」


 数分程時間が掛かったが、高龗神のお陰で山の上にダムに貯められた水が全て浮かび上がった。


 昴は空になった堰堤の中に飛び込んだ。


 そんな昴を蛇の姿になった高龗神が掴み、彼は水に満たされていた底を隅々まで凝視していた。


 彼はその中央辺りに降りると、何かを拾い上げ堰堤の上に帰って来た。


「婆、これ、呪物だよな」


 そう言って透緒子さんに見せたのは、結婚指輪の様にも見えた錆び付いた銀色の指輪だ。付着している土を昴の細い指で払うと、小さな小さなダイアモンドが輝いた。


「……呪物じゃな。しかも、典型的な愛に焦がれてしまった女のじゃ。呪いが産まれる大体の原因は、今も昔もそんなに変わらん」

「……嫉妬や復讐か?」

「ああ、それじゃ。やはりなぁ、今も昔も女は嫉妬の象徴として扱われることが多くての。酒呑童子を鬼に変えた呪いも惚れた女が原因だとする物もある。良く聞くじゃろ? 女神は嫉妬深いのじゃと」

「ああ、確かに。橋姫伝説とか」

「……だが、これは少し違うの。嫉妬でも無ければ復讐でも無い。ただ異常な程に抱え込んだ大きな大きな愛が呪いとなってこびり付いておる。こんな物は……中々見ないの」

「……曰く付きではあるが、特殊な曰く付きってことか」

「ああ、何せ見た目からして結婚指輪じゃ。余程互いを愛し合っていたのじゃろう」


 昴が私にその指輪を投げ渡して来た。私に渡されても……。


 瞳を銀色に染め、指輪を眺めてみると、赤い靄が見えた。


 それに、指輪の裏側には、イニシャルが刻まれていた。


「Touma to Ai……桐馬からアイへってことよね?」

「延原桐馬と、延原アイか。闇が深そうだな……」

「昴、延原桐馬を調べられることは?」

「簡単だ。何せ結婚してる二人みたいだからな」


 すると、昴のポケットからスマホの着信音が響いた。


 通話に出ると、そこから聞き慣れた声が聞こえた。どうやら深華らしい。


『もう一つ、先程正気を取り戻した人の情報です』

「……まだ誰か居たのか?」

『……らしいです。……ただ……』


 深華は言葉を詰まらせていた。


『……特徴としては、全身黒い服装、体型細身、身長170cm程度』


 ……嫌な予感がする。


『……そして、白いリボンを巻いた黒い帽子を被っている日本人女性です』

「……あの狂人オカルトマニア……!!」


 昴のスマホを握る手がぷるぷると震えていた。勿論私も頭を抱えた。八重さんもため息を吐き、透緒子さんも亜津美さんも誰か分かったのかはっとした表情をしていた。


「あー、ミューレン。聞いたよな?」

「本当に黒恵ったら……!!!」

「どうする? 取っ捕まえるか?」

「私も連れて行って」

「りょーかい」


 昴は私の体を軽々しく背負うと、そのまま自動車程度の速度で走り始めた。


 すぐに近隣の住宅地に出ると、何度か曲がり角を曲がった先に昴は足を止めた。


「見付けたって言ったのはこの辺りだが……もう逃げたか」

「けど絶対にこの近くにいるわ。だって黒恵よ?」

「黒恵だもんなぁ……絶対近くにいるよなぁ……」

「黒恵だから近くにいるわ」

「……仕方無い。"首藤飛寧"」


 その言霊と共に昴は和紙を取り出した。その和紙は姿を変え、飛寧に変わった。


 首の無い体は昴に寄り掛かると、五つの頭は蜘蛛の子が散る様に辺りへ散乱した。


 昴は左目を手で隠した。


「何度でも思うけど、貴方の体は便利ね」

「視界が左目だけ五つに増えて気持ち悪いんだぞ。応用力だけならミューレンの方が便利そうだ」

「光がいるなら更に応用力は抜群よ。二人居れば馬車も作れるし、まだやったことは無いけどきっと巨人も作れるわ」

「理論上は太陽も作れるとでも言いたいのか? 神仏妖魔存在超えだな」

「それが出来るならフレイも作れるわね。もしかしたらその剣も作れるかも?」

「勝利の剣を作れるミューレンは宛ら勝利の女神か」

「女神なら、光の方が向いてそうね」


 すると、昴の表情は一瞬で変わった。


「ようやく見付けた。黒恵め……飛寧に気付いて全力で逃げてるな」

「さあ昴! あの狂人オカルトマニアを捕らえるのよ!!」

「Yes, ma’am!!」


 私は振り落とされない様にしっかり昴に掴まった。


 そして、ようやく彼女を見付けた。


「待つんだよー!」

「来ないで飛寧! 昴にバレる!」


 二つの飛寧の頭に追い掛けられている彼女は後ろを振り向くと、すぐに私達に気付いた。


 だが、最早遅い。彼女だって分かっているはずだ。昴の速度ではすぐに追い付かれることに。


 必死の逃亡も虚しく、昴は黒恵の前に回り込んだ。


 私は昴の背から降りると、すぐに黒恵の頬に平手打ちを叩き込んだ。


「へぶっ!?」

「自分から『危険だから私は行けないわ。代わりに行って来て』って言ったわよね! 結局貴方まで来たら意味が無いわよ!」

「打ったわね!! 親父にも打たれたこと無いのに!!」

「貴方のお父さんもう居ないでしょ!!」

「好奇心は止められない! それにミューレンだけ狡いわ!」

「……貴方……ああ、そう言えば、前にも『死ぬのは怖いけど、それはそれとして羨ましくもある』って言ってたわね……別に死んでも結局良いってこと?」

「まあ、そうね」


 黒恵はあっさりと言ってしまった。


 彼女は私の心情なんて知ったことでは無いのだろう。彼女が一度死んだ時、私がどんな気持ちで貴方を探して、彼女が居なくなった時、私がどんな気持ちで貴方の背中を追ったのか。


 彼女は分かっていない。


 ……こんなに貴方に対して辛い思いをするのなら、この感情に()()なんて、素敵な名前を付けたくなんて無かったとさえ、考えてしまう。


 こんなに辛い思いも、彼女に恋い焦がれなければ感じなかったのだろうか。


 ……いいや、そんな私も、彼女と親友になっていたのだろう。結局辛い思いはするはず。


「それで、何処まで調査が進んだのよ」


 私は黒恵に今までの捜索結果を黒恵に包み隠さず伝えた。


「ふむふむ、帝国特別宗教学研究結社の関与と、延原桐馬に婚約者であるアイ……。じゃあその女性はアイさん?」

「多分。延原桐馬さんを探してるからきっとそうだわ」

「で、今から延原桐馬の素性を探そうとした直後に、私の存在がバレた……ってことね?」

「ええ、そうよ」

「じゃあ取り敢えずこっちで延原桐馬のことを調べておくわ。三分待って」

「そんなカップラーメンみたいな……」


 そう言って黒恵は自分のスマホの液晶を指でなぞり始めた。


 そして、丁度三分が経った頃、黒恵は声を出した。


「延原愛依、四年前に死んでるわね。丁度あの堰堤で水死体として発見されてるわ。……その婚約者が、延原桐馬」

「貴方凄いわね……」

「今回は名前も二人の関係性も分かってるから簡単だったわ」


 ふと横目で昴の表情を見てみると、若干引き攣った表情をしている。


「……言いたいことは分かるわよ、昴」

「……此奴どうやったらそんなすぐに特定出来るんだ……」

「貴方ならどれくらい掛かる?」

「婚約者の延原桐馬の特定に若干の時間が掛かる。予想だと早くて大体三十分だ」

「……どうなってるのよ黒恵は……」


 彼女の謎の情報網に対しての疑問と好奇心が更に深まった。

最後まで読んで頂き、有り難う御座います。


ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。


愛と言うのは、皮肉な物ですねぇ。

人を愛せば、その分苦しむ。その苦しみこそが愛なのでしょうか。その苦しみを喜びに変えるのが愛なのでしょうか。

私は答えを持っていません。きっと誰も、彼も、彼女も、あの人も、この人も、答えを持っていません。


いいねや評価をお願いします……自己評価がバク上がりするので……何卒……何卒……

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