07
王家の馬車では目立つからと、ベルラーシ家の馬車に乗り込んで街に出た。御者を含む護衛が三人外にいるが、車内は二人きりだ。何も言われなかったことをいいことに、握った手は離さなかった。
二人で外出などいつぶりだろうか。
二人で街を歩いていることに浮かれながらそんなことを考える。入学してからは初めてだし、おそらく数年ぶりだと思う。アリスは夜会に出ることも少ない引きこもりだし、これだけ近くにいることすら久しぶりだ。
制服姿も似合っているが、ドレス姿は女神のように美しい。また見たいものだ。
淡い水色のドレスを好んで着ているが、新しいものを贈ってもいいだろうか。確か年間行事にパーティがあったはず。あとで少し見てみよう。
城に戻ったらドレスのデザイン画を漁ろうと決めていると、アリスの視線がこちらに向いていることに気がついた。アリスの瞳に私だけが映っていることに胸がじんと疼く。アリスが私だけのものになったような気分だ。もっと、と思ってしまう。欲張るのは良くない。
気持ちを切り替えるために話しかける。
「どうした?」
「前から思っていたのですが、少し見ないうちにまたお綺麗になりましたね」
アリスは目を柔らかく細めるとゆるく口角を上げた。突然の褒め言葉に頰に熱が集まる。
そういうこといきなりいうのは狡くないか?
綺麗という表現に思うところはあるが、そもそもアリスはあまり外見を褒めるようなタイプでもない。
「き、みは……」
「ふふ、赤くなって可愛い」
「〜〜ッ、格好いいと、言われたいものだな」
ニコニコとアリスは楽しそうに笑む。この悪戯っ子のような表情は嫌いじゃない。むしろ好きな表情だ。心臓が鷲掴まれるように痛い。アリスの言葉一つで一喜一憂してしまう自分が男として悔しかった。
「頑張ってくださいね」
繋いでいた手を優しく握られる。言動の一つ一つに余裕がありすぎないだろうか。どうにも彼女には勝てない気がしてならない。
「楽しみにしてろ」
「楽しみですわ」
負け惜しみのように言った言葉もアリスにさらっと流される。悔しい。
「あら、この区画に露天商なんて珍しい」
うじうじと引きずる私とは違い、切り替えの早いアリスは珍しいものを見つけてそちらへと足を踏み出した。手を繋いだままの私ももちろんついていく。
その先にはアリスの言う通り露天商が商品を広げていた。今いるここは謂わば、貴族街で貴族達が好む店が立ち並ぶ治安のいい地区だ。こんなところで露店を開いたところで貴族達は店や行商を呼んで買うだろうに、儲けは出るのだろうか。例え物珍しさに人が寄ってきても露店で並べられるものなんてそう高いものじゃないはずだ。半端なものじゃ売れないだろうに。
下世話な心配をしながらアリスと共に商品を眺める。種類豊富なアクセサリーが所狭しと並べられている。一つ一つの装飾は細かく、腕のいい職人が作ったものだろうと思われる。とはいえアクセントに付いているのは宝石ではなく色ガラスで、宝石ではないようだ。……本当に色ガラスだろうか?目利きに自身はあるが、何かもやもやする。
しかしそれを差し引いても作りは素晴らしい。さすがにこれをつけて夜会は無理だろうが、普段使いくらいならできそうだ。アリスが好きそうな類だと思って隣を見てみれば、彼女は眉間にしわを寄せていた。
「どうした?」
呼びかけてみると、アリスは大きく首を傾げて、それからあっと声をあげた。
「これ、認識阻害魔法がかかってるのね!」
スッキリしたと言わんばかりに顔を輝かせるアリスに、言葉を飲み込むのに時間がかかる。
認識阻害魔法がかかっている。これ……どれだ。アクセサリーか。
目に魔力を集中させて商品を見る。認識阻害魔法や幻覚を見破るには目に魔力を集中させればいい。自分よりもレベルの高い魔法を使う相手を見破るのは難しいが、ある程度の違和感を感じることはできる。しかし普段からそんなことをしている人は滅多にいないのでとっさで見破るのは難しい。
つまり、なんと言うか。確かに商品に認識阻害魔法はかかっていたし、なぜアリスは気付いたのだろうか不思議でならない。露天商の店主はにやりと口角を上げると、満足そうに頷いた。
「よくわかったなお嬢さん。高価なものをそのまま並べるわけにはいかないからな。自衛ってやつだ」
一瞬なるほどと思ったが、だったら店舗で売るなりなんなりすればいいのではないだろうか。そちらの方が手間ではないはずだが。
それをそのまま伝えれば、店主は首を横に振った。
「店舗を出すほど数は作れねえからな。かと言ってギルドに仲介してもらうのもなんかな」
並べてあるアクセサリーは冒険者くずれだという店主自身が材料を集め、作ったものらしい。多彩だ。
「それに直接どんな奴が俺の作品を手に取るか見たいじゃねえか」
「そういうものか」
「おうよ」
ニッと笑う店主を尻目に、改めて商品を見た。色ガラスだと思っていたところにはなかなかに貴重な宝石や魔石が嵌っている。それだけで一気に高級感が増して、稀有なデザインと相まって確かに自衛も必要だと感じた。これならどこで着けても遜色ないし、私自身がこの装飾を気に入っていた。こんなところで露天商をさせているのがもったいない。専属の宝飾師として召し抱えたいくらいだ。
アリスを見れば彼女も好しげにアクセサリーを眺めていた。趣味があって何よりだ。
「アリス、何か気に入ったのはあったか?」
「どれも素敵ですわ。選べないくらい」
その言葉はお世辞でもなんでもないようで、行ったり来たりと視線を走らせている。即断即決のアリスにしては珍しいなとその様子を眺めた。
「ルード様はどれが似合うと思います?」
「俺が選んでいいのか?」
アリスにプレゼントを贈る機会が巡ってきたことに気分を上げながら、それを悟られないように平静を装う。
「ぜひ選んでいただきたいわ」
優雅な笑みを讃えるアリスに装ったはずの平静はあっけなく崩れ去る。可愛い。
出来る限り表情を取り繕いながら、私は並んでいるものの中から薔薇の髪飾りを手に取った。
「君は薔薇がよく似合う」
昔城の薔薇園で度々遊んでいたことを思い出しながら言えば、アリスは嬉しそうに髪飾りを受け取った。
「ルード様の色ね」
なんの気なしに取った髪飾りは銀の土台にルビーが嵌っている。他にも別の石が嵌ったものはあったというのに。
「嫌か?」
恐る恐る尋ねれば、アリスはゆっくりと首を振った。
「いいえ、嬉しいわ」
ふんわりと微笑みを向けてくれるアリスに胸が穿たれた気持ちになりながら、店主に金を払う。面白いものを見たと言わんばかりの表情を隠さない店主はアリスから髪飾りを受け取ると、簡単な箱に包んで渡してくれた。礼を言いながら、ついでに名前も聞いて気に入った旨を伝えておく。召し抱えることはないにしろ唾をつけとこうと言う奴だ。
それからは喫茶店に入ってのんびりと二人でいる時間を過ごした。色々考えていたと言うのに、アリスが嬉しそうにプレゼントを受け取ってくれたことに満足してしまったのだ。
浮上した気分は次の日まで続き、その上、学園内でもアリスとともに出来る時間が増えることになったと言われさらに浮かれた。
ブクマ、評価有難うございます!
ハピエン至上主義が時間軸追いついたので久しぶりに。
両作ともに引き続きよろしくお願いします。