その後の話
「陛下。私にその権限はありませんが、私がシスティナ教育に失敗した後の王太子には、八男のヴェルナーを推薦します」
「ヴェルナーの出来が良いのは分かるが、あ奴の王位継承権は四位だ。王位継承権は不可侵のため、王としてそれを認める事はできない」
「はい。ですから、私が彼を推薦し、支援するというだけです」
「愚かな。失敗を前提とするでない。まずは成功のために全力を尽くせ」
最後に決めておくのは、俺が失敗したときの後継者問題だ。
正直なところ、俺はイジメを行う人間の性根が、一年と少しで治るなどという奇跡を見られるとは思っていない。
これは親の資質がどうとか、教育がどうとかいう話とは違うと思っている。
完全に本人の資質、性根の問題で、言うなれば魂の形がそのようにできているから、ああなった。そういう事だ。
もちろん、環境や周囲の人間の影響が全く無いとは言わない。
人格に大きな影響を与える感動などを経験すれば、真人間に成れるかもしれない。
ただ、それを期待してしまうのは、違う。
これは失敗が前提の挑戦になると、俺は考える。
そこで問題になるのが、俺が廃嫡された後の話。
次の王太子に誰が成るかという問題だ。
王位継承権一位が俺だが、それに続く王子二人は、最低だ。
次男から七男までいた王子は権力闘争に明け暮れ、五男と六男が上の王子を害して、繰り上がりで二位と三位を獲得している。七男はそんな二人に恐怖して、早々にリタイアした。
まだ十代半ばの二人が何かしたわけではないと思うと、周囲の大人が駄目なのだろう。二人には悪いが、許容できない。
八男を指名したのは、そんな上二人の脅しに屈しない精神力と、公平・公正に見える人格を考慮しての話だ。
それに八男の母親は俺の母親とは違うし、婚約者はノルド公爵の紐付きではない。将来を考えると政権の勢力図が大きく変わるので、これなら母さんとノルド公爵は本気になってシスティナを教育するだろう。
親父は法に則り、俺の意見を退けた。
しかし、俺がやったのはただの意思表明。退けられようが問題はない。
周囲の貴族に考えを示しただけで目標は達成された。これでいい。
この場でやるべき事を終えた俺は、自分が話すべきはここまでと、話を終えた。
その後の話をしよう。
俺は母さんとノルド公爵の三人と協力し、システィナの人格矯正に全力を尽くした。
専属の騎士を付け、行動を監視し、イジメなど物理的にできないようにした。
しかしイジメそのものはそれで止まっても、暴言をまき散らすのだけはどうしようもない。行動のすべてを制限する事などできはしない。
言っても駄目、押さえつけるのも駄目だったとなると、あとは体罰しかない。
懇々と時間をかけて言葉を尽くせられればまだ話は違ったのだろうが、時間が無いからと安易な手段を選んでしまった。
さすがにこれは堪えたようで、表面上だけは大人しくなったのだが、これが間違いだったと気が付くのはあと卒業まで半年の事だった。
システィナが、件の男爵令嬢を殺そうとしたのだ。
専属の騎士を付けていたため男爵令嬢には傷一つつかなかったが、これでシスティナの評判は地に落ち、卒業を待たずして婚約は解消された。
懲罰と監視の意味を込め、システィナは中央の伯爵に愛人として払い下げられる事となった。
どうでもいいが、侯爵・公爵レべルの令嬢は国外追放などされない。その子供が追放先の国の庇護を受け、血筋の正当性を訴えて何かするかもしれないからね。
彼女はなぜか「乙女ゲーム」「婚約破棄」「国外追放」などという単語を口走っていたが、それが何のことか、俺には分からない。
俺の方は、新しい婚約者を得て、引き続き王太子をする事になった。
あの狸親父は俺を王太子から外すとは明言していなかったので、確かにそういう手は取れるんだけど。予測が外れて困惑している所だ。
婚約者はノルド公爵のストックしていた娘の一人で、俺よりも三つ下になる。
公爵ともなると、こんな時に備えて婚約者のいない娘が用意してあったそうだ。
婚約解消は色々と大変だった。
これが婚約破棄ともなれば、もっと大変だっただろう。
するべき根回しはもっと大変になり、考えなければいけない事も多い。
まったく。婚約解消など、するものではないな。