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戦闘芸術女神フィナ  作者: 如月いさみ


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進展

変化と言うモノはいつも小さな切っ掛けから大きく広く繋がっていく。


それはあたかも小さな回転軸に付いた歯車が多数の歯車を回すようにあちらこちらへと伝道し多方面へと広がり、やがては全てを変えていく。


そのようなものである。


秋月太一はいつもと変わりのない極々普通の登校風景の中を歩き、校門の前に立っている人物に目を向けた。


金髪碧眼美少女であるマギー・ジョーンズである。


彼女は軽く手を上げると

「ハイ!太一」

待っていたよ

と呼びかけた。


太一は足を止めて彼女を見つめると一瞬の間を置いたものの、直ぐに笑みを浮かべた。

「お、はよう、ジョーンズさん」


些かドキドキと動悸が激しくなるのも御愛嬌だろう。

だが、この時。

太一が一瞬躊躇したのは彼女からの挨拶に胸を弾ませたというだけではなかった。



■ 戦闘芸術女神フィナ



太一がマギーと共に教室へと向かう姿を響夏は武藤のバイクから降り立ち、校門越しに見つめた。

昨夜の彼女が叫んだ内容から太一に探りを入れるだろうことは想定済みのことであった。


だが。

そう、だが…である。


「たいっちゃんは…なんも知らへん」

自分があの時どうなったかなんて

「絶対に知らんはずや」


…たいっちゃんは寝てて、今もあの時間には寝ることしか…

「できへんのやから」


響夏は呟き、彼女をどうするか決めあぐねながら足を踏み出しかけた。


その時。

武藤が無線を手にすると直ぐにバイクを止めて彼の横に立ち

「響夏さま、今、無線で連絡が」

関東地域の組織を束ねている咲良様から連絡が

と小声で告げた。


響夏は目を見開くと彼を横目で見て

「咲良家康、か…あの人なんて言ってきたん?」

と問いかけた。


武藤はそれに

「明日、名古屋の県庁で会議をしたいとのことです」

もちろん

「中部地域の組織を纏めている飛鳥さまもご出席されます」

と小さくクスッと笑って告げた。


関東。

中部。

関西。

それは、ある意味において現在の日本の中央会議と言えるものであった。


響夏はチラリと武藤を見ると

「わかった」

と答え、少し考えて

「別に自分は咲久良さんのこと嫌なんちゃうで?」

少し苦手なだけやから

と言うと駆けだした。


元々、武藤は警視庁の人間で今回のことで府警へ特別に派遣されたのである。

そう、武藤と咲久良家康は顔見知りであり、親密な間柄でもあった。


響夏もそこはある程度理解はしていた。


武藤は響夏の気持ちを理解しつつ苦く笑って見送り、バイクに戻るとそのままアクセルを吹かせて走らせた。

大阪府庁へ向かうためである。


日常の業務が彼を待っているのである。


武藤と別れた響夏が下足室で上履きに履き替えて教室へ向かう頃には、太一とマギーは既にそれぞれの席に座って授業の準備を始めていた。

が、マギーはそれを後回しにして太一の隣の席に座った。


「太一」


呼ばれ、太一は顔を向けると少し困ったように

「う~ん、ジョーンズさん、その、なに?」

と問いかけた。


朝の挨拶…と言うか、待っていたような様子に今は隣に座って声をかけてきたのだ。

軽い話でないのは間違いないだろう。

クラスメイトだが、それほど親密でも仲が良いわけでもないからである。


マギーは警戒心を隠せない太一にクスッと笑いつつ

「実は君に聞きたいことがあって」

と言うと太一の机の中に入っていたスケッチブックをスルリと取り出し

「この女性のこと、教えてくれない?」

と告げた。


太一は一瞬ドキッとしたものの

「それはフィナ姫」

自分が考えたキャラクターやけど

と曖昧に応えた。


実は彼女の夢を…見ているのだ。

始めは本当にぼんやりと。

だけど最近になって鮮明に夢を見るようになってきた。


あの夢のフィナ姫は…自分が考えている物語りのフィナ姫ではない。

それが最近になって酷く気になりだしていたのである。


だが、それを言って意味があるのか?

いや、それ以上に変に思われるのが関の山ではないのか?

そう思えて言葉を次ぐことができなかった。


マギーは視線を伏せて考え事に拭ける太一を見つめ、己の考えに迷いが生じていた。


『女神』は目の前の秋月太一だと思っていたし、今も思っている部分がある。

だが。

本当に『女神』ならもっと違う反応をしたのではないかと思う。


こんな目の前で怪しく悩む素振りなど見せないだろう。

もちろん自分のような人間ならば、演技という事も考えられるが…恐らく秋月太一は『ただの高校生』だ。


それに『女神』には意思があって、それを自分に示していた。

それを今更素知らぬ振りはないだろう。


マギーは軽く息を吐きだし

「僕はこのフィナ?姫と実際にあった事があるよ」

昨夜ね

と告げた。


「もっと言えば、数年前にも映像で見てる」


太一は顔を上げると顔を顰めた。

「ジョーンズさん」

何がいいたいん?

そう問い返した。


マギーは太一を見つめ

「ねぇ、今夜…僕と会わない?」

君の家の近くで

と耳元に唇を寄せて囁くように告げた。


「君は眠らずに…僕に会いに来て」


太一は「えっ?」と思ったものの、固唾を飲み込んで頷いた。

昨夜…自分も夢を見た。

フィナ姫の夢だ。

そして、その夢の中に…確かに彼女がいたのだ。


マギー・ジョーンズと見知らぬ男性が。


マギーは太一の真剣な表情に静かな笑みを浮かべると

「じゃ、よろしくね」

と言い、立ち上がるとスケッチブックを返して自らの席へと戻った。


太一は息を吸い込みフィナ姫の絵を見つめた。

「あの夢のフィナ姫は…現実なんやろか?」

んなことあらへんと思うけど

…けど、そんなんやったらSFファンタジーの世界やん…


太一は授業も上の空で、時が流れてゆくのをぼんやりと雲を眺めながら感じていた。


その日の夕刻。

太一は響夏と共に帰宅の途についたが、何かを話すこともなく、響夏の話に反応するでもなく黙々と歩き、自宅へと戻った。


響夏も太一の反応から何かあるだろうと感じると府庁へ出向き、武藤から簡単な報告を受けるともう一つの日本が目覚める刻を待った。


身体が変化する…時刻である。


響夏は府庁の一室で窓から外を眺め、身体が熱を持つのを感じて目を閉じた。

細胞が活性化し形態を変化させていく。


それはまるで正常なゲノムの転写から変異したもう一つの異常なゲノムの転写へとR細胞が読み取りを切り換えたように身体の全ての細胞を変えていく。


時間で言えば5分くらいはかかっているだろう。

だが、感覚は一瞬である。


響夏はすっと目を開けると鏡に映るもう一つの己の姿を見つめ

「ほな、先ずはたいっちゃんところやな」

と呟き、背後の扉が開き立っていた屈曲の兵士の姿をした武藤を見た。


「たいっちゃんところへ行く」

FBIの諜報部員が動いとったさかい

「もしかしたら、たいっちゃんところへ行くかもしれへん」


それに武藤は頷き

「了解しました」

と答え、響夏が足を踏み出すと同時に後ろに付いて足を踏み出した。


同じ時。

太一もまた自室の布団の上で正座し、睡魔と戦っていた。


考えればいつも同じ時間に寝るようになっていた。

習慣と言えば習慣だ。


だが。

「考えれば原稿ある時は前やったら寝んと書いとったんやけど」

何時から徹夜せんようになったんやろ


太一は呟き、不意に身体が熱くなるのを感じた。

まるで冷えのぼせのように身体や頭がカッカッと燃えるような感覚であった。


■■■


身体が震え。

身体が熱を持っているのを感じる。


太一は強く拳を握ることで指先に意識を傾け

「寝たらあかん」

寝たらあかん

「起きな」

と閉じかけたバッと目を開けるとフラフラと立ち上がって洗面所を目指した。


水で顔を洗えば少しはましになるかもしれない。

そう考えたのである。


太一の自室は二階にあるが、両親の寝室は一階になる。

電灯は既に消えており、そっと襖を開けて中を見ると両親が眠っている。


何の変わりもない普通の風景である。


太一はホッと安堵の息を吐きだすと

「せやろ、せやん」

と呟き、ふろ場の入口の横手にある洗面台の蛇口を捻って水を出すと目覚ましにバシャバシャと顔を洗った。


何も変わりのない。

普通の風景と静寂だ。


そして、身体の熱も顔を洗うと冷めていつもの感覚に戻っている。


太一はふぅと息を吐きだしてタオルを手に顔を拭いて、ハァ~と深呼吸した。

布団の上で身体が熱くなった瞬間はゾっとしたが、落ち着いたら思い込みの恐ろしさを感じる。


太一は鏡に写る自分を見て

「よし!」

大丈夫や、なんもあらへん

と呟き

「ジョーンズさんの言葉に反応しすぎたっちゅうことやな」

とケタケタ笑って、ガッツポーズを取ると彼女が言っていた場所へ向かうために玄関で靴を履いて家を出た。


空には星が瞬き、通りには街灯が闇の道を所々明るく照らしている。

その街灯の下に一台の車が止まっており、門の向こうに二つの影が立っていた。


驚いた表情で自分を見つめる赤い髪をした女性と。精悍な体躯をした兵士と。


太一は目を見開くと足を止めて

「フィ、ナ姫?」

と目を細めると

「自分、だれや?」

夢や思うてた中にいつも現れてたん自分?

と問い掛けた。


それにフィナの姿をした響夏は暫し固まったように立っていたものの一つ息を吐きだすと

「ほんま、びっくりや」

びっくりしたわ

と言い

「たいっちゃん、よう起きてられたやん」

起きられへん筈やったんやけど

と苦く笑った。


そして、すっと街灯のところで止まっていた車を見ると

「…ほんま、心配しとった以上のことになってもうたちゅうことやな」

もっとも、向こうの思惑とも少し違ってたと思うけど

と呟いた。


マギーは車から降りると太一とフィナの姿をした響夏を見て

「確かに、想定とは違うけれども」

私の知りたいことは知れそうなので

「ノープロブレムだと思ってるわ」

と答えた。


「『女神』、貴方は誰?」

そして今

「いや、あの時点で何があって今どうなっているの?」

この日本は


響夏は再々度溜息を零し

「外は、危険やし」

しゃぁないさかい

「ついてきて」

たいっちゃんも

と足を踏み出した。


太一はそれに目を見開くと

「響、夏?」

もしかして自分響夏なん?

と息を飲みこんだ。


響夏は頷き

「せや、たいっちゃん」

と視線をすっとそらせて足を進めた。


マギーも車へ戻り、彼らの後に付いて車を走らせるように指示を出したのである。

夜の世界はまだ…始まったばかりであった。



■ 戦闘芸術女神フィナ



通りには静寂が降っている。

漆黒の空には月が浮かび、光を地上へと注いでいる。


街灯のともる通りにも。

建ち並ぶ高層ビルにも、家々にも。


太一は黙って響夏と兵士の後ろに付いて歩きながら周囲を見回していた。

二人の空気は酷くピリピリしている。


たしか。

『外は、危険やし』と言っていた。

が、そんな雰囲気は感じられない。


極ごく普通の夜の光景だ。


太一は「よー、わからんわ」と思いつつ

「なぁ、響夏」

と呼びかけ

「どこまでいくん?」

と問いかけた。


「そんな、危なそうやあらへんけど」


響夏は足を止めて振り返ると周囲を見て

「せやな」

けど、人の耳にいれとうあらへん話やさかい

「府庁までついてきてくれへん?」

それとも歩くのしんどい?

と少し微笑んで返した。


太一は少し困ったように笑いながら

「いや、別にしんどうあらへん」

分かった

「ついていくわ」

と足を進めた。


響夏は頷いて背を向けて足を再び進めながら、目を細めていた。


確かにマギー達を襲った変化した人の姿はない。

今まで気づかなかったが、襲われたのは諸外国から侵入してきた人々だけである。


日本に住んでいる人間は変化した者か、それ以外の人間は滾々と眠っているからだと思っていたが…もしかしたら違うのかもしれない。


響夏は思いつつも言葉にすることなく足を進め、高層ビルと共に建ち並ぶ府庁の中へと入った。

マギーも府庁の警備についていた兵士に案内され車を地下駐車場に止めると運転していた仲間と共に降り立ち、府知事室へとエレベーターに乗り向かった。


格式高い木目調の机と棚と、革のソファが配置され、太一を始めとしてマギーやFBIの男性を出迎えた。


響夏はキョロキョロしながら部屋に入った太一を見ると

「たいっちゃん、そのソファに座って待ってて」

と笑いながら告げた。


太一は「あ、うん」とソファに座り

「普通はこんな部屋入ることあらへんから、見て覚えてマンガの参考資料にせなって思って」

とハハッと笑って告げた。


フィナ姫の姿をした響夏はプッと笑いつつ

「せやな」

と答え

「この先…そうする時間があったらやけどな」

と小さく苦くつぶやいて、視線を落とした。


そこへマギーとFBIの男性が姿を見せた。


響夏は表情を改めると

「ほな、お二人もたいっちゃんの横に座ってください」

と言い

「約束通りに…今日本で何が起こっているのか」

自分が知っている範囲のことをお話します

と告げた。


太一はコクリと固唾を飲み込んだ。

自分では全く身に覚えのない…だが、知らぬ間にあった出来事を聞くのだ。


僅かとは言えないくらいの恐怖があった。


知らないが体験していたということを知らされるのは本能的に恐怖を感じるものである。

それが良くない事であれば尚更であった。


響夏は一つ息をつくと唇を開いた。

それはコードネーム『女神』に相応しい…宣告のような話であった。


「あの日…2012年のクリスマスの夜…確かに隕石の破壊された衝撃と各国が放った核の衝撃が日本全土を飲み込んだのは間違いあらへん」

ただ津波自体はそれほど大きなものやあらへんかったけど

「爆発の衝撃波の方が、日本にダメージを与えた」


…いや、日本人にダメージを与えた…


太一はゴクリと固唾を飲み込んだ。

ただ。

そう、ただ。


日常から見ればあまりに荒唐無稽な話なので、頭のどこかではSFマンガのワンシーンを見ているような気持にもなっている。


響夏は太一を一瞥し、すぐに視線を落とすと一つ息を吐きだした。

これから話す内容で太一は自分を憎むかもしれない。

そう思うと胸が酷く軋んだ。


この運命を。

マッドサイエンティストな父親の元に誕生し、あの出来事いらい自分は何かを求めることを諦めてきた。


両親の愛情も。

学校での友人関係も。


手に入らないものであり。

何時かは離れていくものだと思っていた。


だが。

幼い頃から共にいた太一にだけはそう言う気持ちが持てなかったのだ。


太一だけは自分から離れていってほしくない。

しかし、それは。


響夏は苦く笑むと

「無理やろうな」

と心で呟き唇を開いた。


「日本人を救うために…そうなるだろうことを予測していた自分の父親を含む数名の医学者たちは隕石が地球に衝突するだろう予測が立った時点から全国民に予防接種と称して、研究していた開発途上段階の薬品を投入してきた」

それが

「今の日本の状況を作ってるっちゅうことや」


マギーは目を細め

「それは、あの怪物みたいなものも?」

そして

「君が【女神】に変身することも?」

と聞いた。


響夏は頷くと

「せや、今日本人の細胞には二つのDNAが存在してるはずや」

一つはそれまでの本来基本となるDNA

「もう一つは衝撃波によって活性し、自己を守るために作られたもう一つのDNA」

それがこの姿を作っとるちゅうことや

と告げた。


「たいっちゃんは、例外中の例外になるな」

本来は

「一つの元素だけの殻DNAが作られ大半の人々のように仮死状態のはずやったんやけど」

それこそ

「なんで動けたん?たいっちゃん」


太一はびっくりすると

「し、知るわけあらへんやろ?」

自分が知りたいわ

と返し

「けど…そんなことなってたんや」

と困ったように笑った。


響夏は視線を逸らせつつ

「呆れたやろ?」

マッドサイエンティストっちゅうのは

「怖いわ」

と呟いた。


太一は響夏を見つめると

「せやな」

けど

と言い、笑みを浮かべると

「響夏も大変やったな」

と告げた。


響夏は恐る恐る太一を見ると

「知らん間に実験体にして…たいっちゃんは怒らへんの?」

と問いかけた。


そう、モルモットにしたのだ。

大義名分は日本人を救うためだったかもしれないが…その奥底では自分たちの理論の証明をしたかったからに違いない。


実験は…何時も純粋なだけではないのだから。


太一は息を吐きだすと

「しゃーないやん」

響夏がしたわけやあらへんし

「それに一応は、自分らを救うためやろ?」

と言うと

「ほんで、これから自分らどうしたらええん?」

と返した。


マギーも腕を組むと

「そうね、昼間は問題ないとしても」

夜のあれは困るわね

「それに他の地域はどうなってるの?」

と問いかけた。


「この大阪近隣は貴方を中心に動かしているみたいだけど」

そういう組織が作られてるってことでしょ?

「他も同じなのかしら?」


響夏は少し視線を伏せると

「それは…自分の口から詳しくは言う事はでけへん」

けど

「明日、他の地域の中心者と会う予定や」

それに参加する気があるんやったら連れて行ってもええ

と言い、太一を見ると

「たいっちゃんは、強制連行やけどな」

と笑みを見せた。


太一はいつもの響夏の様子に安堵の笑みを浮かべると

「わかった、ええで」

と告げた。


マギーももちろん参加するつもりであった。

日本の状況を知り、それを本国に持って帰って今後の日本の対応を決めることになるのだ。


出来るだけ詳細は知りたかった。


彼らの話し合いが終わったのだと感じると、部屋の隅で聞いていた武藤は咲良家康へと連絡を入れた。

外部参加者が二名いるという報告であった。


日本を包み込んでいた夜の闇は東からの陽光と共にいつもの日本を浮かび上がらせた。


何も知らず眠り続けていた人々も目を覚まし、府調子で待機していた響夏の姿も【女神】から元の彼の姿へと変化した。


太一は一瞬うとうとしつつ、ふっと朝日が窓から射し込むのに目を向け、空が白み朝日の一光がビルの間を抜けて照らすその逆光の中の姿に息を飲みこんだ。


赤く長い髪に美しく整った女性のフォルムが光りの中で変化していく。

まるでSF映画の変身シーンを見ているようであった。


そして…振り返ったその姿は自分が良く知っている幼馴染の姿であった。


「少し寝とったな、たいっちゃん」

言われ、太一は頷いた。

「うん、やっぱ徹夜は辛いわ」


二人は小さく笑いあい、窓からの陽光に目を向けた。

時計の針が8時を示すと彼らは武藤と彼の補佐役である海野正と共に名古屋にある愛知県庁へと向かった。


マギーももう一人のFBIの男性と共に車で追従したのである。


これからどうなるのか。

これからどうするのか。


今日の会合が一つの基点となることを誰もがそれとなく感じていたのである。



■■■



「う~ん、全くのイレギュラーだね」

その実例はなかったよ

「君はもしかしたら第三の形態なのかもしれないね」

告げたのは関東地域を統括している咲久良家康であった。


家康と言う名前でありながら、彼女は美しい女性であった。


整った容貌の美女に視線を向けられ、太一は困ったように顔を赤らめながら

「はぁ、そうなんですか」

と返事をし、響夏は「せやな」と返し、最後にマギーが

「昨夜に粗方は聞いたわ」

ただ今の日本の体制とかは聞けなかったの

「貴方が中心者のようだしお聞きしてもいいかしら?」

と告げた。


名古屋にある愛知県庁の一室でのことである。

太一は響夏とマギーに挟まれるようにソワァに座り、居心地悪そうに視線を伏せていた。


関東を統括する咲久良家康。

中部を統括する飛鳥烈。

そして、関西を統括していた漣響夏。


つまり、日本の中央会議のような場である。

やはり緊張する。


家康は少し考える素振りをして

「そうだねー」

さて

「どうする?烈くん」

と飛鳥烈をちらりと見た。


烈は息を吐きだすと

「東京、大阪、愛知の現状だけならいいと思うけど」

他は実際俺たちが感知している訳ではないからな

と答え

「そう言う交渉役は咲久良さんの管轄だと思うから、俺はOKだけだしとく」

と告げた。


家康はにっこり笑うと

「承知した」

と言い、少し考えると

「ん~、そだね。その前に皆に話しておくことがあるんだけど」

今後のことに関わるから

「先に言っとくね」

フフッと小さく笑うと、全員が不思議そうに見つめる中で言葉を続けた。


「実は…僕の苗字変わったの。津村家康、それが今の僕の名前」

結婚したんだ

「津村正明氏と」

子供もここにいるんだよ~

と自らのお腹を優しく撫でた。


…。

…結婚。

……妊娠。

全員が一瞬凍り付き、家康を凝視した。


家康は響夏の後ろで控えていた武藤を見ると

「ごめんね、武藤。武藤はいつでも気を使って僕のこと咲久良って呼んでくれてたのに」

今度からは

「津村でいいよ」

と告げた。


武藤は一瞬視線を伏せたものの直ぐに家康を見つめると

「かしこまりました、津村さま」

ご結婚に…ご懐妊…

と言い、少し間を開けたものの微笑むと

「おめでとうございます」

と付け加えた。


家康は頷き

「うん、ありがと」

と返し

「正明氏の父親は関東一帯の財界や政界では一目置かれた人で今日本に残った財界と政界の人たちと繋ぎを取ってプロジェクトを立ち上げているんだ」

僕は警察や自衛隊、都政一般を掌握しているし

「良い組み合わせでしょ?」

と笑みを深めた。


…そう、完全なる政略結婚なの…

「僕都合のね」


それには飛鳥烈も腕を組むと

「ま、一つの方向性としてはあるな」

と呟いた。


家康は頷くと

「ありがと」

と答え

「それで僕は…関東一帯を支配することに決めたから」

その為の準備を今整えている

「同時に関東より上の地域についても、同じ構造で区間支配構造を構築する」

と宣言した。


それに響夏は

「つまり、それは戦国時代風に日本をするっちゅうことやろか?」

と家康をチラリと見た。


家康はフフッと笑い

「ありていに言えばね」

と返した。


「日本を取り巻く悪天もいつ変わるか分からない」

諸外国から彼女のように乱入者が来たときに制度を整えておかないと

「日本は終わる」


それに

「このまま放置しても…僕らが死ねば混乱するだけだよね?」


一番手っ取り早くて平定しやすいのは

「資本民主主義ではなく…独裁体制なんだよ」


家康は告げて

「もちろん昼と夜の世界が安定して国民が熟成すれば、独裁政権はどのみち倒されて終わる」

それまでの間の

「仮住まいだね」

と付け加えた。


太一は少し頭を傾げて

「俺たちの生活はいま安定してる気がしますけど…その、急いで平定するちゅうのは」

どうしてですか?

と問いかけた。


多少の違和感はあっても、大きな混乱もなく日常が進んでいる気がする。

なのに、何故?


家康は太一を見ると

「うん、表面上はね」

関西なら響夏くんを頭にしてとりあえず軍と警察が組織立って各地の市区町村の政を回しているからね

「だけど、僕を含めて身体が形態変化する人間は長く生きることはない」

と告げた。


「細胞はきっと幾度もの急激な変化でボロボロだからね」

つまり

「近いうちに中心者や軍、警察のトップは消える」


政は止まるってことだよ


響夏は視線を伏せ

「そうしたら、混乱が起こるっちゅうことか」

化けの皮剥がれる前に

「消えてなくなるわけやな」

と呟いた。


家康は頷き、太一を見て

「ね、秋月太一君…後で君の血液を採って良いかな?」

少し調べておきたいから

と言い

「中部は飛鳥くんに、関西は響夏くんに…任せるからどうするかは決めてもらいたい」

もし区間支配構造を受け入れるなら力を貸すつもりはある

と告げた。


太一はちらりと響夏を見た。

どうするつもりなのか。


そして、自分はどうすればいいのか。


響夏は一つ息を吐きだし

「即決は、できへん」

自分もようよう考えてその答えだしたんやろ?

「長く生きられへん事を知って」

と家康を見た。


家康は頷くと

「そうだね」

どんな道を選んでも

「横のつながりは必要だし…決めた道をまた教えてもらいたい」

と言い、飛鳥を見て

「飛鳥君も、ね」

と付け加えた。

が、飛鳥はふっと笑うと

「俺は、家康さんの決めたことに従おうと思ってる」

と答えた。


「区画支配構造を受け入れるので力を借りたい」


家康はにっこり笑うと

「了解」

と言い

「響夏くんはゆっくり考えて」

と告げた。


響夏は頷きふっと

「そう言えば、自分らの管轄外でも形態変化しとる人おるやろ?」

そいつらの行動おかしあらへん?

と問いかけた。


飛鳥は響夏を見て

「それは?」

と問いかけた。


響夏は「実は」と唇を開いた。

彼らは海外からの侵入者だけで、眠っている人や同じ形態変化の者は襲っていないという事であった。


家康は腕を組み大きく息を吸込み吐き出すと

「そう、だね」

と言い

「僕たちみたいに意識があって行動している…かもってことだよね」

と告げた。


響夏は頷いて

「せや」

もしそうで、誰かが裏で動いとったら

「敵になるか味方になるか」

と告げた。


「海外からの侵入者とはいえ」

襲ってええことにはならへん

「命は命や」

ただ、なんで襲うのかも気になるさかいにな


家康は険しい表情を浮かべ

「…そうだね」

調べる必要アリだね

と告げた。


自分たちの感知しない組織が後ろで動いていたとしたら…平定の大きな障害になる。

そこにいる全員が表情を引き締めた。


そして、その危惧は近い将来において現実となるのであった。


■ 戦闘芸術女神フィナ


表面上は、いつもと変わりのない日常が昼間は流れている。

大通りには人がひしめき合って行き交い、郊外でも通りには人の姿がある。


国外への渡航が禁止になった他は電車も、車も、それこそ何もかもが20世紀や21世紀初頭の様子と変わらない。


だが、それは太陽が落ちて夜が完全支配するまでの話である。


午後3時には津村家康は飛鳥烈と区画支配構造の打ち合わせをして東京へと戻り、響夏も話だけは加わって同じ3時に大阪に向かって名古屋を後にした。


その車中で響夏は運転する武藤を背後から見ながら

「その、東京へ戻りたかったら、話つけてもええんやで?」

と告げた。


武藤がそもそも大阪へ赴任してきたのは家康が一番信頼しているからの派遣であった。

それは武藤が家康に対して深い愛情を持っていることを彼女自身が承知して、その上での信頼でもあったのだ。


武藤はふっと笑うと

「御心配なく」

全てが終わったと判断すれば

「戻らせていただきます」

と答え

「今はまだ、こちらに不安材料があるので任務を優先させていただきます」

と付け加えた。


無造作に行動していたと思われていた形態変化する人々のことである。

それに、関西の今後もまだ決まっていない。


太一も武藤と家康の遣り取りから二人の関係に気付き、心配していたがそれ以上の問題があることを理解し、小さく息を吐きだした。

「自分に手伝えることあるやろか?」


ぼやきのような言葉に響夏は目を向けると

「悪いな、たいっちゃん」

ほんまは巻き込みたくあらへんかったし

「たいっちゃんには知られとうなかったんやけど」

と苦く笑った。


嫌われると思った。

敬遠されると思った。

…見捨てられると思って怖かった。


自分の中の唯一の友達なのだ。

信頼できる友人なのだ。


自分の周りにいる大人たちは皆任務で付いている。

信頼はしているが、ただそれだけだ。


漣響夏という固体を見てくれたりはしない。

学校の友達も…見た目、社交性、演じてる自分を見ているだけだ。


だけど。

幼い頃から一緒にいてくれた太一は違う。


自分の悪いところも、嫌なところも、全部全部わかってくれてる。

漣響夏という自分を真っ直ぐ見てくれている。


だから。

知られて『そんなこと知らん間にしていた』と嫌われるのが怖かったのだ。


しかし、それは杞憂で、太一は全てを知ってもなお自分を受け入れてくれたのだ。

だからこそ。

響夏は真っ直ぐ前を見つめるとフロントガラスに見えてきた大阪の町を見つめ

「どうすることが一番ええか考えなあかんな」

と呟いた。


太一もまた響夏が肝を据えたことを理解すると己もまた力になろうと決めて

「せやな」

自分は頭も良くあらへんし、あんまり力になられへんけど

「力になるわ」

と笑みを浮かべた。


二人の見つめる先で大阪の町は夕刻の黄昏に包み込まれ、ゆっくりと夜の訪れを教えていた。

マギーもまた追従する車の中でこれから先について本国にどう報告するかを考えていたのである。


同じ黄昏の中を東京のビルの一角から見つめ、一人の男性がゆっくりとワインを口に運んでいた。


…さて我々はどう動くべきか…

「表の…彼らと手を組むか」

敵に回るか


全ては日本のために


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