騎士からの依頼
高い壁と厚い門、そして大きな城塞に守られた都市、メルベンへと俺達は戻っていた。
メルベン北が稼げる狩場となるだけのレベルへと成長したからだ。
今日からは、地下墓地より現れるアンデッドを中心に戦う事になる。
炎術師であるリアには、相性が良い。
しかし狩りばかりでも気が滅入る一方だ。
そんなわけで、冒険者ギルドに顔を出してみた。
メルベンの冒険者ギルドも、ヒルトと同じく中央広場付近に陣取っている。
東西と南北の通りの交差する広場の北東の一角にある、大きな建物がそれだった。
メルベン付近も冒険者はそこそこにいる。
ほとんどがレベル四五以上で、六〇の冒険者もちらほらと見かけられる。
ここより北は、彼らくらいのレベルが適正なのだ。
五〇までは地下墓地辺りまで、五〇からは地下墓地よりさらに北へ行く。
彼らには、四〇の俺達二人はちょっと背伸びしているように見えるだろう。
だが、気にする者はいない。
彼らにとっては、この世界はゲーム。
死んでも生き返るだけのゲームだからだ。
依頼の掲示板を覗くと、討伐や素材確保など一の般的なクエストが多い。
毛色の違うクエストを受けたかったのだが、少々期待が外れた。
「私は狩りでも構いませんよ?」
「今日のところはそうしましょうか。」
結局いつも通りだ。
諦めて冒険者ギルドを後にする。
そうして北へ、城塞の方へ足を向けると、シルクスが歩いて来るのが見えた。
「やあフーヤ殿、リア。
修練は順調かな?」
「ええ、目標まで後少しですね。」
一応、炎術師レベル四〇、魔術レベル五をひと区切りと考えている。
そこでハルバードのデス・ナイト、トラデアに挑むつもりだった。
トラデアを倒せば、ようやく結界を調べられる。
のんびりしてるようでシルクスには悪いけど、こっちも殺されるわけにいかんからね。
その辺りは理解しているみたいで、修練に行く事を了承してくれてる。
「そうだ、フーヤ殿。
二人の力を借りれないか?
冒険者ギルドへ依頼に行くところだったのだが、二人に受けてもらえたら私としてもありがたい。」
げ、シルクス勝手に動き出してないか?
緊急メンテになる程には動かないと良いんだが。
まずは話を、と言う事で、シルクスは俺達を酒場に誘う。
リアは受ける事に異存無いそうなので、連れられるまま酒場に向かった。
場所は冒険者ギルドから北の通りを挟んだところ、中央広場の北西になる。
その酒場でテーブル席に座り、簡単に注文したところで本題に入った。
「領主のロンドバルド様が娘のヘレナ様をヒルトの屋敷に避難させたいと仰せでな。
だが騎士団長のデナファ殿が反発されたのだ。
護衛出来る程の人員を避けない、とな。
それでも騎士を二人は都合すると譲歩されたが、道中をそれだけの護衛で向かわせるわけにもいかず、冒険者を雇うと言う話で事は決着した。
そのために冒険者ギルドへ向かっていたのだ。
フーヤ殿とリアであれば、信用するに値すると私は思っている。
この依頼、受けてはもらえんだろうか?」
街道沿いを行くなら魔物に襲われる事も少ないと思うが、だからと言って騎士二人で護衛するわけにもいかないか。
たまにはこんなクエストも良いな。
冒険者らしい仕事だ。
「受けましょう。
ちょうどそういった依頼を、たまにはこなしたいと考えていたところです。」
「それは良かった!
報酬は銀貨で二十枚。
ヒルトに着いたところで、ヘレナ様から支払われる手はずだ。
よろしく頼む!」
仕事の話も終わり、注文した飲み物と料理をいただきながら近況の話題に移った。
北でのアンデッドとの戦いは、変わらずの膠着状態を維持しているとの事だ。
冒険者が狩りのために加勢している事の影響が少なくないと感謝していた。
冒険者にとっても良い稼ぎとなっているはずだし、持ちつ持たれつの関係だね。
こちらからは、レンブルの町の話などを聞かせた。
シルクスはタルとメルベンしか知らないらしく、目を輝かせて聞いていた。
支度が整うのは翌日と言う事なので、少しだけ訓練する事にした。
これまでは経験値を稼ぐ事第一で来たけれど、地下墓地も見えている段階で、技術的な部分を軽視するのもどうかと思ったのだ。
二人で門から外へ出て、離れたところで決闘状態に入る。
俺は自分のみに強化魔術を使う。
「まずは第一階位を使って下さい。」
「はい!」
リアはファイア・アローを使った。
飛来する炎の矢を手で叩き落とす。
リアの目が点になった。
「魔法抵抗を全力で上げてますから。」
マナの上でのマジック・サークルだからね。
強化無しのファイア・アローなら、多少熱いくらいだ。
それよりも、リアの詠唱が思ったより遅い。
能力から考えても、もう少し・・・と言うか、一瞬で使えるはずだ。
「今のリアさんなら、第一階位程度一瞬で発動出来るはずです。
それが出来るまで、今日は寝かせませんよ。」
「頑張ります!」
何故頬を染めた?
ああ、言い回しが良くなかったか。
ひたすらファイア・アローを使わせた。
そうしている内に気付いたんだが、普通の冒険者ならリアくらいのレベルまでで既にかなりの数の魔物と戦っているはずだ。
たくさんの魔物を倒して来ていると言う事は、それだけの回数魔法を使っている。
それが、リアには足りなかったのではないか。
ゲームとしてなら能力値とスキルさえあればそこから反映されたのだろう。
しかしリアは、ここにいる人間だ。
経験値だけじゃなく、ちゃんとした経験も必要だったんじゃないかと考えたんだ。
だったらこれは、俺の責任だ。
しっかりと教えなければ。
幸いここまで戦ってきた経験ならある。
詠唱を改善するくらいなら容易いはずだ。
そう考えて、出来るまで付き合うつもりでいた。
しかし、なかなか上手くいかないようだ。
「手本とか、お願いしても良いですか?」
「もちろん。」
俺は一瞬の後にファイア・アローを空に放つ。
ついでに助言するために、魔力の動きや魔術の働きなどに注意しながらもう何発か撃った。
「早いですね、さすがお師匠様・・・。」
「第一階位なら、リアさんにも出来るはずですよ?」
使っていてわかった事がある。
魔力はあくまで内にあって、俺はそれをある程度魔術を発動させ易い形に待機させて使っていた。
戦闘を意識すると、効率良く戦うために無意識下でやっているようだ。
他の冒険者も多分こうなんだな。
これが、リアには抜けているのかもしれない。
それから、魔力の流し方や詠唱の役割、魔術への変換など、今まで考えもしなかった事に色々気付いた。
ゲームでは全部、勝手にやってくれていたわけだな。
そしてそれを俺の身体は覚えてて、無意識に処理してくれていた、と。
これは、リアの訓練のつもりが、俺の役に立ってしまったな。
詠唱についても、魔力の動きや変換を把握出来てしまえば要らなくなるとわかった。
これは一つ一つの魔術に対して知る必要があるので要練習だが、これもゲームではシステム側で処理してたんだろうな。
とにかく、教えよう。
それから、撃ち方も工夫させないと。
単調過ぎて防ぐのが容易い。
多少実戦形式の方が良いかもしれないな。
魔力の流れが把握出来るようになると、手だけでなく足からも撃てるとわかった。
ようは末端であれば良いらしい。
ただし杖の効果は、杖を通さなくては働かないようだ。
当たり前か。
こうしてリアのためと始めた事は、俺の強化に繋がってしまった。
格闘ももう一度日の目を見られるな。
リアもファイア・アローだけでなく、第二階位のファイア・ボールまで一瞬で使えるようになった。
日付も変わらず、酒場も閉まっていない。
二人でにこにこと祝杯を交わした。
明日は大事な仕事なので一杯にしておくが、二人共上機嫌で楽しく酔った。
宿の部屋に着く頃には、リアは酔っ払いとして完全体となっていた。
のしかかってくるので色々まずい。
「お師匠様あ、今夜は寝かせませんよ?」
「何言ってんですか、リアさん。
ほら、ベッドですよ。
ちゃんと横になって・・・。」
変な言葉を自分で教えてしまったな。
まあ、可愛いから良し。
腰かけさせて、横たえさせる。
うわあ、色っぺえ・・・。
思わず見惚れる。
熱い眼差しが、俺を見上げていた。
「今日はありがとうございました。
これからもずっと、お願いしますね?」
「え?
ええまあ、こちらこそよろしくお願いします?」
リアは艶やかな笑みを浮かべて、寝息を立て始めた。
心臓がこれまで聞いた事が無いような音をさせている。
焦った。
これからどうなるのかと、正直気が気ではなかった。
迫られていたら完全に落ちただろう。
それ程に、今の空気は危なかった。
いや、リアにその気は無いか。
身体を起こし、深く息を吐く。
そして俺も、隣のベッドに潜り込む。
頭の中がごちゃごちゃとして、整理がつかなかった。
とっとと寝て、忘れよう。
昨夜の事は、リアは覚えていない様子だ。
「おはようございます、お師匠様。」
「はい、おはようございます。」
いつも通りに朝の挨拶を交わし、朝食を食べに酒場へ向かう。
リアは何処か、楽しそうだった。
昨日修得した事を試したくて仕方ないのだろう。
俺も同じ気持ちだ。
待ち合わせの時間は十時。
それまではゆっくり過ごさせてもらおう。




