森の王
大森林の奥深く。
その中央にそそり立つ大樹の麓に、何十人もの悲鳴が響いた。
それは帰路についていた白狼狩猟団に聞こえる程で、彼らはとって返してきた。
「何が起きた?」
「あんたらか。
敵意のコントロールが出来なかったのさ。
正直蒼炎のタンク達で駄目なら、現状誰にも倒せないんじゃないか?」
白々に、たまたま近くにいた冒険者が答える。
白狼狩猟団はチャンスだと思ったようだ。
蒼炎十字軍の全滅を待って、バルバレスに挑むつもりなのだろう。
それぞれのパーティーに分かれ、配置につき始めた。
蒼炎の全滅は既に誰の目にも明らかで、だから誰も止めなかった。
「倒せないボスか。
ふふ、昂って来るな!」
千刃のケイリンが、一人で熱くなっている。
白狼が倒れたら挑戦するつもりなのか?
しかし辺りに団員はいない。
そういうわけでもないのか。
強い奴を見ると燃えるって感覚はまあ、理解しないわけじゃないけどね。
俺はお断りだな。
結局蒼炎は全滅した。
同時に白狼が襲いかかって行くのだが。
俺は一瞬、背筋が凍った。
バルバレスの目が、俺を見た気がしたのだ。
だが白狼が挑んだ事で視線は外れた。
白狼狩猟団は、恐ろしく脆かった。
彼らは連携も考えず、好き勝手に動いていただけだ。
最初に魔術師達が、次にヒーラー達、そして回復の無いタンク達が沈み、近接職が葬られた。
蒼炎とは練度が違い過ぎる。
時間にして、およそ三分と言ったところか。
観客からは笑い声が聞こえていた。
一方俺は、嫌な予感が拭えずにいた。
一人、強化をしっかりかけておく。
ユーニとリアが訝しがっていたが、備えあればと言う奴だ。
そして、白狼の最後の一人が倒れる。
矢が一筋、観客に放たれた。
その先には当然の如く俺がいる。
予感はしていたから、斬り落とすのは難しくなかった。
バルバレスはさらに、五本の矢を一度に射る。
俺はリアを突き飛ばして範囲から逃がし、矢の前に身を投げ出すようにしてレイピアを振る。
それで何とかユーニを守り、駆けて二人から離れた。
「離れてろ!
手も出すな!」
二人に言って、バルバレスと向き合う。
冒険者達は困惑していた。
何もしていないプレイヤーが狙われたのだ。
逃げる者、備える者、倒されても構わないと、そのまま観戦する者。
それぞれにそれぞれのスタンスで行動し始めている。
「フーヤ、どうして?」
「わからん!
ローグリアスもそうだった!
ユーニ、リアを頼む。
翼で連れ帰ってくれ!」
飛翔の翼なら、ここから瞬時に帰還出来る。
それだけ頼んで、意識をバルバレスに集中させた。
そもそも、それ以上の会話は出来なかった。
矢が連続で飛来する。
強化した速度で逃れ、避け切れないものだけ斬る。
ユーニがまだ何か言っているが、最早構っていられなかった。
「ローグリアスと言いこいつと言い、何で狙って来るんだ!」
悪態をつくように吐き捨てる。
しかしそれが、意表をつく事態を招き寄せた。
「お主が、御使いだからよ。」
喋った?
お前喋れるのかよ!
いや、NPCがああなんだから、魔物もそうであっても不思議は無いけどさ。
「喋れるのかよ!」
「当然だろう、御使いよ。
言葉は貴様らだけのものではないわ。」
話しながら、バルバレスは矢を射る。
避けて斬って防ぎ続けるがこの矢、後で着弾する音が嫌なんだよね。
ローグリアスと同じで、また一撃ももらえない展開じゃないか、これ。
「力をつける前に、その命をいただくぞ!」
何か、やっぱり死んだら復活出来ない感じだな。
とにかく攻められるばかりではいつかやられる。
こちらからも攻勢に出た。
(ファイア・ボール!)
炎の球を投げ、同時に接近する。
バルバレスはレイピアを抜き、魔法を斬った。
そしてそのまま斬り結ぶ。
こちらは増刃を使った。
炎纏う四つの刃がバルバレスを襲う。
他の冒険者に対した時と同様に避けようとしていたが、強化された俺の飛び込みと正確な突きは、その身体を捉えた。
腹に刺し込まれた刃が内側からバルバレスを焼くが、表情をほんの少し歪めた程度だった。
「やはり届くか。
危険な存在だな、御使いとは。」
激しい打ち合いが展開された。
剣と格闘と防御のスキルを総動員した上で大幅に引き上げられた能力値と、増刃により増えた刃の恩恵により、何とか凌いでいる。
(フレイム・サークル!)
魔術スキルの向上により、以前よりも早く発動出来るようになった。
バルバレスを炎の円環が捕らえる。
この魔法自体には、束縛する効果は無い。
取り付いて、焼くだけだ。
持続型で総合ダメージは高いから、長期戦向きだ。
バルバレスの生命力をじりじりと燃やしていく。
炎に構わず、バルバレスは剣を振るう。
そして唐突に矢も放つ。
仰け反ってかわし、そのまま宙返り、すぐに横へ跳んだ。
矢が地に深々と突き刺さる。
直ぐ様飛び込み、さらに剣を交えていく。
増刃の刃もバルバレスを襲い、その剣はけたたましい音を鳴らせている。
時折フレイム・サークルをかけ直し、炎を絶やさないようにして焼く。
白狼との戦闘が終わった瞬間には、バルバレスの生命力は全快になっていた。
だから俺は、万全のバルバレスに襲われたのだった。
そのバルバレスの生命力が、やっと一割程減った。
戦闘中、メールの受信に気付く。
脳内に片手間で開けるのはありがたいな。
「リアさんはヒルトに避難したよ。
でも直後に切断、緊急メンテナンスに突入してる。
後でも良いから、返信してね。」
何がどうなってこんな事態を引き起こしているのかわからんし、運営も大変だな。
少なくとも俺はその渦中にあるわけか。
ともあれ、今は目の前の敵だ。
大樹の麓に金属音が響く。
だんだんと動きが見えて、こちらの攻撃が通る機会が増えてきた。
バルバレスの攻撃にも慣れ、凌ぐ事が少しずつ容易になり始めている。
極限の状態にあって、研ぎ澄まされているのかもしれない。
対人戦の腕前がめきめきと上達しているようだ。
フレイム・サークルは相変わらず欠かしていない。
おかげでバルバレスへのダメージも二割になった。
まだ二割かよ、とも思うが、そもそもボスだしな。
多分通常のボスよりは、これでも生命力は低いだろう。
増刃をかけ直す程度に時間が経った。
現実世界の時間で十分。
こちらの時間では四十分だ。
その時、刃の数が増えている事に気付いた。
レイピアの刃周辺に、四枚の刃がフォーメーションを組んで浮いている。
経験値を振っていないのに、剣のスキルレベルが上がった?
そんなシステムは実装されていないはずだ。
斬り結びながら、頭の片隅でステータスと念じる。
名前フーヤ
職業強化術師レベル四〇
第二職業剣士レベル四〇
第三職業魔術師レベル一
種族人間男性
筋力十三・体力十二
知力十五・精神十五
敏捷十五・器用十五
魔力二〇
武技
剣四・格闘三・防御四
戦術
平地三・森林四・山岳三・水上三
探索
野外三・屋内三・盗族三
魔法
魔術六・治療三
把握する余裕をなかなか取れないんだが、剣と防御、森林が上がったか?
森林が上がったなら、強化もかけ直すべきだ。
接近戦の合間に、一つ一つ使う。
バルバレスはこの意図を掴めていないようだ。
だが、こちらの動きが変わり、それで気付いたのか表情を歪める。
「勘を掴んだだけでなく、成長まで遂げたと言うのか。
御使いめ、厄介な!」
滑るような踏み込みと同時に繰り出される連続突きを何とか捌き、最後に増刃をかけ直して強化は完了した。
少し速く、鋭くなっている。
数字にして一や二程と思われるが、思うより違っていた。
魔力も当然だが、同程度上がっているはずだ。
それだけバルバレスに与えるダメージも増えて、フレイム・サークルの重要性がさらに高まった。
もちろんフレイム・ウェポンでレイピアに纏わせた炎や増刃も威力が上がっている。
戦術スキルの有用性を実感しつつ、俺は攻勢に出た。
バルバレスの生命力が五割を切った。
奴に焦りが見え始めた。
このままではじり貧だと思ってしまったのだろう。
しかし俺もまた、焦っていた。
魔法力は薬により確保出来ている。
しかし問題は体力、いわゆるスタミナだ。
疲労が限界に達しようとしている。
むしろよくここまで持ったとも言える。
精神が昂っていて、これまで意識の外にあった。
それがいよいよもって無視出来ないところまで消耗してきたのだ。
治療術系統にスタミナを回復する魔法はあるのだが、残念な事に第四階位だった。
意外に高い。
せめてそこまで修得しておくべきだった。
疲労を悟られないように、気合いで身体を動かす。
背筋を伸ばし悠然と、泰然と歩いて近付く。
様子の変化に、バルバレスの目は戸惑いを見せる。
俺はなるべく、最小限の動きを心がける事にした。
バルバレスの動きには慣れた。
集中も高く保たれている。
ならばその感覚を信じ、最小限で対処する。
それが生き残るための道筋だと考えた。
放たれる矢は手首でレイピアを回して、斬り払うと言うより射線をそらした。
接近戦ではカウンターを狙い、バルバレスに危険を意識させる。
これまでの戦い方から一変して、静かに迫って行った。
「不気味な男だ。
これも作戦だったと言うのか?」
突然スタイルを変える戦法と言うのはあるのかもしれない。
ただ、俺のは単なる苦し紛れだからな。
一緒にしては、本気でそうしている人達に申し訳ないな。
とにかくこれで、少しでも体力を回復させなければならない。
戦いはようやく、折り返したところなのだから。




