森王討伐
バルバレスの焦燥は、生命力の減少に比例して大きく膨れ上がっている。
大森林の王たる者が、今やその表情から威厳を失っていた。
生命力は四割を切った。
フレイム・サークルに焼かれ、レイピアの五つある刃に傷付けられ、反対に自身の弓矢やレイピアは時折かすめる程度。
次第に追い詰まっていく感覚は、これまで味わった事の無い不快さだろう。
一方で俺は、少しの余裕が生まれ始めていた。
懸念していた体力も少しずつ回復し、動きにまだまだ含まれていた無駄が、バルバレスとの戦闘のおかげで研ぎ澄まされていく。
この成長は、画面の外で操作していた頃には望めなかったものだ。
マウスで攻撃目標をクリックして、キーボードの対応するボタンを押して魔法を使って、通常攻撃なら自動だったし、命中や回避もステータスやスキルから確率で判定されていた。
いわゆるRPGだったから、プレイヤー側に求められたのは立ち回りや役割などの知識と、それにそってキャラクターに指示出来るだけの慣れだ。
攻略サイトを覗けば大概の知識は手に入ったし、後は計画性や成長指針の決定などか。
技術的なものは然程必要無かった。
と言うか、反映させようが無かった。
経験も、知識のある無しに左右される程度のもので、経験と呼ぶのも躊躇われた。
対人になれば読み合いなどが発生して事情が変わったが。
しかし今手に入れているものは、そういったものとはまるで別種だ。
現代の日本において、まともに生きていれば死力を尽くした殺し合いなど発生しない。
俺は今、それに直面して、その渦中にいる。
今はまだ、振り返って考えたりはしない。
抱いてはならない感情に、心を持って行かれてしまう。
考えるべきは、どうやってバルバレスを倒すか。
全ての脅威を凌ぎ、致命的な一撃をねじ込む。
そこに全霊を注いでいた。
時間の流れを感じる事はこの状況にあって困難だったが、少なくともあれからもう一度強化魔術をかけ直した。
持続時間は現実世界で三十分。
こちらなら二時間に当たる。
それだけの時を戦い続けていた。
「そろそろ終わりとしよう。
私の全霊をもって、お主に死をくれてやる。」
生命力も残り二割となり、セオリー通りの本気状態に移行するわけだ。
バルバレスの弓が風を纏い、大量の矢を射ち出した。
その間を縫い、レイピアで流し、接近する。
変わらずフレイム・サークルは欠かしていないが、この状態を長く凌ぎ切る自信はさすがに無い。
残り二割を出来るだけ早く削り切らなければ、死ぬのはこちらだ。
俺が一番ダメージを稼げるのは、やはりフレイム・ウェポンと増刃のあるレイピアだ。
剣を繰り出しつつ、素早く出せるファイア・ボールも混ぜておく。
バルバレスは、こちらの攻撃を捌きながらもレイピアを刺し込んでくる。
多少強引で、最早なり振り構わぬ気迫だった。
一撃でも受ければ死に至るだろうこちらにとっては、それも脅威となる。
生命力も残り少ないこの局面においてそれが出来る胆力は、覚悟を決めた事によって手に入れたのだろうか。
俺には厄介極まりない事だった。
響く剣撃の音。
無理矢理に突き込まれるレイピアをすれすれで避け、こちらからも攻撃を継続する。
襲い来る五の突きの二を払い、三は受けつつ鋭い一をバルバレスは返す。
それを紙一重で避け、今度は斬りつけた。
瞬時に引き戻したレイピアで三を防ぎ、しかし二は抜けてその生命力を削る。
フレイム・サークルとレイピアによってバルバレスの生命力はいよいよ一割を割った。
吐血しながらもバルバレスは熾烈に攻め立てた。
突きと矢に、こちらからは突きと炎で返す。
突きがかち合い、矢を炎が焼き、薄皮一枚と引き替えにレイピアを、魔術の炎を見舞う。
ひりつく緊張感と金属音、弦の音に炎の熱の果てに、決着の時が訪れた。
突きの二連に続けて斬り払い、さらに弓から一射で大量の矢が射ち放たれる。
レイピアの突きを流してそらし、払いは下がって避けた。
そして構えた弓を半月に蹴り上げ射線を丸ごとそらし、がら空きとなった心臓目がけてレイピアを突いた。
その瞬間に生命力が尽き、バルバレスは力を失った。
刺し貫いたレイピアを引き抜き、大地に横たえてやる。
「見事・・・!」
それだけを言葉にして、バルバレスは風に消失した。
俺は自然と胸に手を当て、冥福を祈っていた。
長い戦いの間に、奇妙な意識を抱いたのかもしれない。
ただ、そうするべきだと感じたのだ。
飛翔の翼を使って、俺もヒルトに飛んだ。
神殿内を見ると、長椅子に座ったリアが祈るように両手を握り合わせていた。
その隣に座り、大きく息を吐いた。
何とか生き延びた。
今はそれだけしか考えられない。
とにかく疲れていて、休みたかった。
「お師匠様!」
リアが驚き、こちらを見ている。
何とか片手を上げて、薄く笑う。
直後、リアは縋りつくように泣き出してしまった。
まあ、しばらくそっとしとこう。
その間にメールを返しておく。
(森王バルバレス、攻略完了!
リアの事、ありがとな。
今隣で泣いてるわ。
こっちはもう大丈夫だぜ。)
返信!
さて、泣き止むの待って宿かな。
教訓としては、ボスにはみだりに近付かない事と、治療術四を修得する事だな。
一人でボス戦とか、もう勘弁だ・・・。
翌日、俺はリアを伴って冒険者ギルドに来ていた。
冒険者は一人もいない。
きっとまだ、緊急メンテが明けないのだろう。
例によって経験値が莫大だわ。
美味しいけどさ。
そんなわけで、ステータス確認!
名前フーヤ
職業強化術師レベル四〇↑
第二職業剣士レベル四〇↑
第三職業魔術師レベル一↑
種族人間男性
筋力十三↑・体力十二↑
知力十五↑・精神十五↑
敏捷十五↑・器用十五↑
魔力二〇↑
武技
剣四↑・格闘三↑・防御四↑
戦術
平地三↑・森林四↑・山岳三↑・水上三↑
探索
野外三↑・屋内三↑・盗族三↑
魔法
魔術六↑・治療三↑
↑は成長出来る事を示す矢印だ。
うん、既に色々言いたい事があるな・・・。
魔力は何となく予想してた。
杖借りたら二一になったしね。
けど魔術はもう、バグだって言っても良いよね?
何で成長出来るんだよ、第六階位までじゃないのかよ!
うわあ上げてえ・・・。
魔術を二つ上げても、矢印は消えない。
そのまま上げてみると、十になって消えた。
経験値が減っていない!
あはは、さては設定されてないんだなこれ。
ついでだ、魔力も行ってしまえ!
結果、二五で止まった。
やっぱり経験値が減らない。
魔力に関しては、最大値二五じゃないかなと予感はしていた。
ゲーム内にいる魔物で一番魔力の高い奴が二五だったのだ。
並んじまったか・・・。
治療術を四に上げ、体力回復手段を用意する。
魔術師レベルもひとまず二〇に。
俺は風術師にした。
元々風とか好きなんだけども、バルバレスが呼んだ気がしたのさ・・・、うわ臭っ。
そして四〇まで上げると、第四職業の文字が。
もう、乾いた笑いしか出て来ませんな。
幾つ取れるんだ、俺は・・・。
水術師を取った。
レベルは二〇で止めておく。
戦術をレベル四で揃えると経験値が無くなった。
こんなところか。
続いて、インベントリを開く。
レイピアと弓があるな。
鑑定は済んでる扱いだ。
森王の剣と森王の弓、そのままな名前だな。
装備可能レベルが六〇だ。
でも装備可になってるぞ?
装備出来るけど、これ普段使うと色々言われそうだな・・・。
人目の無いところで使うだけにしておこう。
弓はいつかユーニ行きだな。
装備出来る頃に渡そう。
キーアイテム扱いの超越者の護符も一つ追加されていた。
装備制限解除。
お前か。
魔術師ギルドに向かう。
そこには古今東西のあらゆる魔法の知識が集まっていると言う。
窓が少なめの建物で、明るい雰囲気のある中央広場に面する中で、異彩を放っていた。
第一階位から第六階位の魔法については、レベルを上げた瞬間に知る事が出来た。
しかし、それ以上は脳内に現れなかったのだ。
期待はしない。
本来修得出来るのは第六までなのだから。
あったら良いな、くらいの気持ちで訪ねてみる事にした。
中は書物に溢れていた。
魔術、精霊術、治療術それぞれの書物。
さらには魔物についての書物もあり、膨大な情報を得られそうだった。
「リアさんは、興味引かれるものありそうですか?」
「あれもこれも新鮮で、選べないくらいです。」
それは良かった。
一旦それぞれに書物を探す事にして、分かれた。
俺は司書に声をかける。
「魔術書の事で聞きたいんですが。」
「はい、何でしょう?」
「第七階位とかって、あるんですか?」
司書は頓狂な表情で俺を見つめた。
無さそうだな、これ。
「あらゆる魔法は第六階位までですが。」
「そうなんですね。
ありがとうございました。」
司書は一礼して、作業に戻って行った。
ふむ、そうなると用事も無いな。
リアは長椅子に座って一冊の本を読み耽っている。
俺も何か読んで過ごすか。
読んでいても、頭の中は第七階位以上の魔術の事でいっぱいだった。
どうにか覚えられないものか。
こういう時の定番は遺跡とか失われた古代魔法文明とかだけども、俺はヒルト周辺の地図しか頭に入れてないんだよな。
まあ、急がなくても良いか。
のんびり探そう。
ふと隣を見ると、リアがこちらを見ていた。
「どうしました?」
「いえ、何でも・・・。」
挙動が怪しいな。
何か、悩みか?
話してくれれば、相談くらい乗るんだがなあ。
昼になり、昼食のために酒場へ向かった。
街にはいつの間にか冒険者達が帰ってきており、いつもの騒がしさに何となく安堵する。
ヒルトはやっぱり、こうじゃなきゃね。
酒場には相変わらず冒険者は少ない。
実際ならそうはならないんだろうけど、この世界の冒険者は現実世界のプレイヤーだからな。
酒も飲めない飯も食えないで、酒場なんて寄り付かないわな。
適当に頼んで待っていると、ようやくリアが口を開いた。
「私、足を引いてるんですね・・・。」




