人々の前夜祭
宴の最中リシェアオーガの姿が見えなくなった事に気が付いたルシェルドは、彼の気配を探り出して王宮の外に出た。
時刻は夕刻に迫り、光の精霊達の髪の色が銀色を帯びて行く頃。
一際輝きを増している姿にルシェルドは近付く。同じ髪の色の幼子を抱えて楽しげに人々の中に交じっている姿に向こうの守護神も微笑む。
「あ…ルドお兄ちゃま♪」
嬉しそうに自分の方を向いて手を振り、その名を呼ぶ幼い神子にルシェルドの微笑は深くなる。
「アフェ、兄君と一緒だったのか?」
敢えてリシェアオーガを兄と称した彼へもう一人の妹が口を挟む。
「ルドお兄さま、私も一緒ですのよ。
…リシェアお兄さまだけを見てるから、気が付かなかったんでしょ?」
口を尖らせて文句を言うもう一人の少女へ、ルシェルドは安堵の微笑を返す。
「いや、フィーナの気配もしたが、周りの緑にフィーナの髪の色が同化していたんで見つけ難かったんだ。
……フィーナの髪の色は、周りの森と同じで優しく綺麗な色なんだな。」
ルシェルドの褒め言葉に彼女は、お母さまから貰った自慢の髪だと告げる。そんな彼女へ大きな声が掛る。
「フィーナ様、あちらにお菓子を御用意してますよ。…おや、アフェ様も御一緒ですか?
でしたら、御二人共いらして下さいな。」
人間の女性と判る気配だったが、この呼び声に反応してリシェアオーガは片方の妹を下す。
下された妹は直ぐ上の姉とその声に答えて呼ばれた方へと走り出していて、その後を兄がゆっくりと付いて行く。
まるで彼女等を護るかのような行動であったが、妹達が転ばない様にと言う配慮であった。
案の定、末の妹が転びそうになって兄に再び抱かかえられる。
「アフェ、余り急ぐと、転ぶって、何回言われた?」
半ば呆れて半ば怒りの籠った声に御免なさいと小さな声が返る。
それを聞いて良く出来ましたとばかりに兄は妹を抱き締め、このままの状態で人々の中へと入って行く。彼等の後を何の気無しにルシェルドが付いて行くと周りから声が掛る。
「向こうの守護神様…ですよね。
今宵の宴と明日からのお祭りを存分に楽しんで行って下さな。」
「そうそう、存分に楽しんで行って下さいよ。」
口々に告げられる歓迎の言葉にルシェルドは微笑を添えて頷く。
神々を敬いながらも不必要に畏れない彼等が好ましく思え、そして…自分の神殿が造られている村の人々を思い出させた。
破壊神であった頃から自分を慕ってくれた村の人々…彼等とルシフの人々が重なっていた。
あの時…自分の神殿の騎士達が守護神の就任を祝ってくれた時、リシェアオーガの傍にいた白き龍が彼に囁いた事。
この国の人々からの伝言を聞いた時の彼は優しい微笑を浮かべていた。この事を思い出したルシェルドは、彼の一番護りたい者達がこの国の人々であると気が付く。
自分を慕ってくれる者達を護りたい…その想いは、今のルシェルドとリシェアオーガにとって掛替えの無い物であり、一番必要とする物。
ふと、リシェアオーガ達を見ると…幼い妹が他の子供達と共にお菓子を食べていた。その楽しそうな様子を彼女の兄弟達と回りの人々が微笑ましそうに見つめている。
そんな彼等がルシェルドにも呼び掛けて料理や酒を勧める。彼等の気さくな態度を嬉しく思ったルシェルドは、その勧めを受け取って彼等の輪に入って行く。
周りには何時の間にか混ざっている光の神や命の神、他の見知らぬ神々…。
彼等の殆どが違和感無くこの場に居座り、人々共に宴を楽しんでいる。人間と神の境を失くした宴にルシェルドは苦笑してしまった。
その彼に聞き覚えのある声が届く。
「ルシェルド様…でしたね、此方の神で在らせられる方々の特徴を御存じですか?」
先程の物言いの中心となっていた光の騎士の質問にルシェルドは頷く。一応知っているが目の前で見るのは初めてだと告げると、光の騎士は微笑を添えて話を続ける。
「初めてなら、驚かれるのは当たり前ですね。
特にジェスク様とリシェア様はこの様な席ならば、この世界に生きとしける者達にも砕けた対応を望まれます。」
私的な事ならば神と創られた者の垣根を超えると言う、この世界の特徴。
ルシェルドの世界では見られない光景にふと彼は微笑を浮かべた。向こうの世界にも目の前の風景が広がれば…と思ってしまったのだ。
彼の様子に光の騎士は微笑んだままであった。そして…何かを悟ったらしく、それを口にする。
「ルシェルド様、貴方がこの光景を御望みならば、そうなる様にされたら宜しいのですよ。
貴方には慕われる方々がいらっしゃいますし、良いのか悪いのか判りませんが御手本もございますから。」
誰の事を示しているのか判り易い騎士の言葉で自然とその人物達へと目が移動する。
光の騎士が示した光の神と戦の神。
恐らく彼が特に示したかったのは己の神である光の神と思われるが、その子である戦の神も同じ特徴を体現している。
今、目の前で繰り広げられている光景を見ながらルシェルドは、とある事に気が付く。
彼等は一往に周りの者達を愛称で呼んでいる。普段から個人の区別を的確にする為に己がしている事とは違う点に気が付く。
「ルシナリス、ここの神々は個人を特定しないのか?」
問われたそれにルシナリスは答える。
「して御出でですよ。その場合は正式な呼び方をされます。
私の場合はルシナリスか、神聖語での光の精霊騎士の呼び名であるジェスリム・カルフェイルパル・ルシナリスと呼ばれますよ。」
返って来た呼び名に少し考えたルシェルドは、何故かカルミラの事を思い出して己の方針を変えた。
「有難う、参考になった。ルシェ…で良いのか?」
己の愛称呼びに一瞬驚いた顔になったルシナリスだったが直ぐに微笑み、それで宜しいのですよと返す。
創った者達との垣根を越える決心をしたルシェルドは、後を追ってきた自分の騎士に気付く。
「ルシェルド様、やはり、こちらにおいででしたか。エルシア様が御探しでしたよ。」
「判ったアル。エルには、こっちにいる事を知らせてくれ。」
いきなりの愛称呼びに面食らたアルフェルトだったが、この二人の遣り取りをリシェアオーガとジェスクは微笑ましそうに見ていた。
「アルもこっちに来ればいい。エルシアには、神龍達から伝える様に言っておく。」
この場にいない神龍達の事を告げられて不思議そうになる向こうの神とその騎士だったが、その理由を傍にいた光の騎士が説明する。
神龍達とその王であるリシェアオーガは、距離が離れていてもある程度の意思疎通を出来ると言うのだ。
但し世界を離れると少々難しくなるが、それでも彼等の居場所だけはリシェアオーガにだけが判り、その他の神龍同士では、この世界の中だけなら幾ら距離が離れていても心での会話は出来ると教えられる。
便利な物だなと言うルシェルドに自分達精霊も同じだと告げる。自分の精霊を持たない為、向こうの世界の精霊がどの様なものかも詳しく知らなかった。
後でカルミラから教えて貰う事に決めたルシェルドは、自分の騎士を伴ってリシェアオーガの傍に近付く。無論光の騎士も一緒にそこへ赴き、周りの人々と和気藹々に宴会の中へと紛れて行く。
戦の神の祝福を持つアルフィートも特別視されずに、そこいらにいる騎士と同じ対応をされて嬉しそうに微笑んでいた。
「ルシェルド様、リシェア様の世界の方々は、この様に気楽な方々ばかりなのですね。」
アルフィートの言葉にルシェルドが頷こうとした時、彼等の会話に乱入者が入って来た。
「ちょっと違うな、アル。厳密にいうと、此処の国の人々限定だぜ。」
紅の髪と炎の剣とを持つ騎士が彼等の会話に加わった。
服装は…と言うと銀色の長龍の装飾の物であった為、リシェアオーガの騎士として赴いた事と判る。
彼の言い草にアルフェルトとルシェルドには、その意味を悟る事が出来た。
神々の護る国…以前本人から説明された事柄を思い出して彼等の人柄に納得する。
加えて彼等は、ここがリシェアオーガの護る世界…いや、この世界の神々が護る世界であり、国である事を実感出来た。
人々に囲まれて優しく嬉しそうな微笑を浮かべているこちらの神々…彼等の様になりたい、いや、なるのだとルシェルドは思う。
「本当に…ここの神々は、私達のとって良い手本になるのだな…。」
囁かれた言葉に紅の騎士も、彼の聖騎士も頷き、人々の中にいる神々を見つめる。
気さくで慈悲深くはあるが時に厳しい神である事は向こうの世界のの出来事で知れたが、護る者達の前ではこれ程までにも穏やかで優しい微笑を浮かべている。
そんな神々と人々の姿を見たルシェルドとその騎士であるアルフェルトは、己の使命に新たな決意をした。
夜通し行われる宴の為に人の数が疎らになる頃リシェアオーガは、己の腕の中で眠っている末の妹と少し眠そうにしている直ぐ下の妹を伴ってこの場から去ろうとしていた。
「私はこれから王宮に帰るが、ルドとアルは如何する?」
尋ねられたアルフィートはルシェルドの意向に沿う事を告げ、その本人は自分の騎士の事を考えて王宮へ帰る事にした。
後から来た紅の騎士は自分に似た焔の騎士と共に宴を楽しんでいた。
その姿に、ふとルシェルドが口を開く。
「あの二人…人間と精霊なのに似ているのだな。」
漏れた言葉にリシェアオーガが答える。
「ああ、べルアは、とある事の報酬で精霊に転生した元人間でティルの先祖に当る。
人間の時の姿のままだから、似てて当たり前だ。」
報酬と聞いて不思議そうな顔をしたが、彼がリシェアオーガに関わっていた事を思い出し、それに関する事だと思い当たった。
それを敢えて口にせず、楽しそうに語らう先祖と子孫の姿に微笑ましく思った。
そんな彼等と未だ宴を続けている人々と神々を後にして、リシェアオーガの姉妹とルシェルドとその騎士は王宮へと返って翌日に備えて休んだ。
無論リシェアオーガの妹達は彼と共に休み、明日の生誕祭の事を心待ちにしていた。




