妻たちの戦い
「行ってらっしゃーい」 閑静な住宅街の一角に女性の大きな声が響いた。夫の出勤を見送る妻というどこにでもある朝の風景である。夫はシルバーのドイツ製高級外車に乗り込み颯爽と車を走らせ会社へ出かけた。
その様子を隣りの家の窓から見ていた貴子は夫に言った。
「ねえ、八木さんのお宅、また車を買い替えたみたいね。聞えよがしに大きな声出しちゃって、新婚じゃあるまいし。自分の歳を考えろっつうの。」
夫の俊夫は聞こえないふりをしていた。
「ねえ、うちも買おうよ。外車。」夫の無視などお構いなしに貴子はしゃべり続けた。妻の無茶振りにようやく俊夫も口を開いた。
「うちにそんな余裕ないだろう。大体、八木さんのご主人は日の丸物産の部長さんなんだから、外車くらい当たり前だろう。いい加減、お隣の家と張り合うのはやめろよ」
朝からつまらない愚痴を聞かされて俊夫はうんざりだった。
「ふん、あんなジジイなんかと結婚しちゃって。絶対に金目当てだよね」
貴子の愚痴は朝から留まる事を知らなかった。
「毎日毎日いい加減にしろよ。こんな事なら、こんな高級住宅街に家なんか買わなきゃ良かったよ。それをお前がどうしても成城に住みたいって言うから」
「何よ、成城に住んじゃいけないの」
「そんな事は言ってるんじゃない。ただ朝からイライラさせないで欲しいんだよ」
「行ってきまーす」二人の口喧嘩を遮るように長男の弘樹がランドセルを背負って玄関に向かった。
「ちょっと待ってくれよ、父さんも途中まで一緒に行くよ」これ幸いと俊夫も子供の後を追いかけた。
「何よ、私ばっかり悪者にして。大体自分の稼ぎが少ないのが悪いんでしょ。悔しかったらもっと金を稼いでこいっつうの。あーあ、私も金持ちと結婚すれば良かったなー。」
つづく




