第4話「母語」
下北沢の古書店
晩秋、銀杏がいちばん金色になる週
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考えがあった。
軽い思いつきではない。ちゃんと考えたものだ。何週間も持ち歩き、磨いたものを頭の中で回すみたいに、表面がどこもなめらかになるまで何度も向きを変え、どの角度から差し出せばいいかまでわかっていた。紙について。雨の日にペネロペが言ったことについて。本の匂いは、今までそれに触れたすべての人の匂いなのだ、ということについて。僕はそれを家へ持ち帰り、次の段階まで考えた。そしてその次の段階は、よかった。
行く途中で練習した。レコード店のある路地を下りながら二回。銀杏の角でもう一回。そこで銀杏が、僕を止めるようなことをしていた。
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路地の角の銀杏は、ついに決めていた。秋のあいだ見てきた、先だけ少し金色になる慎重な変化ではない。すべてだ。樹冠まるごと、すべての葉が、あまりに具体的で温かい黄色になっていて、午後を上からもう一度灯していた。そこを通って落ちる光は、もう日光ではなかった。木が一年じゅう蓄えてきて、今になって、予告もなく、一気に放している何かだった。路地の石は、どこか別の場所のように見えた。
僕がこの木や、こういう木について、理性的な猫としては考えすぎていることは自覚している。そこはもう受け入れることにした。いちばん金色になった銀杏の下で立ち止まり、ほんの少し、自分が何をしに家を出たのか忘れる生きものより、悪いものはいくらでもある。路地全体が、銀杏の葉を透かした光の色になっていた。自転車が通り過ぎ、乗っている人は見上げなかった。僕はそのことについて小さな私的優越感を抱いた。誇れることではないし、訂正もしなかった。
予定より長く、その下に立っていた。
舗道は乾いていた。雨はない。ただ、惜しみなく明るくあることに決めた晩秋の午後の、淡い青空。古書店はこの先にあり、夏のあいだ閉まっていた戸口が開け放たれていた。舗道の上には小さな木の看板が出ていて、僕が生まれる前から薄れ続けているような文字で「古本」と書かれている。開いた戸口のすぐ内側には、銀杏の葉が一枚、路地のどこかから吹き込まれていた。旅人だ。この木のものではない。こちらの木はまだ持ちこたえていた。その葉は、自分の道で中へ来たのだ。
僕には考えがあった。乾いた日もあった。僕は入った。
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店は同じで、まったく違って見えた。同じ本棚。同じタングステンのランプ。同じ奥の戸口に下がる藍色の暖簾。同じ、やわらかくて聞き取れない何かを流すラジオ。けれど窓の光は、灰色ではなく金色だった。深い琥珀色で、午後が動くにつれて棚の上を移動し、どの背表紙も内側から灯っているように見せていた。匂いは同じだった。匂いはいつも同じだ。僕は、それが肝心なのだとわかり始めていた。この匂いは僕が生まれる前からここに積もっていて、次に来る者を静かに加え、そのあとも急がず続いていく。匂いとしては、気前のいいふるまいだ。古いものの多くは用心深くなる。けれどこれは開いたままだった。新しく来る者を受け入れ続け、僕も含めて、下の棚の紙の暗がりのどこかへ、何も言わず、騒ぎもせず、しまっていく。
ペネロペは窓辺にいた。変わらず。僕は、それが彼女の存在のしかたなのだとわかり始めていた。とても特定の家具がそこにあるように、いつも同じ場所にある。ただし、その家具には銅色の目があり、いくつものものへ同時に注意を払っている。
僕は窓台の下の床に座った。どうやら自然な位置らしい。二回前の訪問で、そこへたどり着いていた。
You came back「戻ってきたのね」、と彼女は言った。
I came back on a dry day「乾いた日に戻ってきました」、と僕は言った。
銅色の目が、礼儀正しい一度ぶんだけ細くなった。大げさな表情は不要だと考えている猫にふさわしい大きさで、彼女なりの笑みなのだと、僕はわかり始めていた。
I noticed「気づいていたわ」
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僕は、かなり近いところまで来ていた。とても近かった。考えは整理されていて、順番どおりで、正しい開始角度にあった。
まず店が僕のまわりで落ち着くのを待った。ラジオ。金色の光。戸口のそばの床に落ちた銀杏の葉。端がもう少し丸まり始め、乾くというゆっくりした決定を下している。
I've been thinking. About what you said, about the smell.「考えていたんです。あなたが言ったこと、匂いのことを」と僕は言った。
彼女は僕のほうへ一度ぶんだけ向きを変えた。聞く姿勢だ。急ぎの用事などなく、あなたの言葉が全部届き終わるまでここにいる、という者の向き。
Mm「ふうん」
僕は言った。慎重に。用意していた順番で。正しい順番だった。
That if the dust on the books is partly ink, and partly the people who turned the pages, then the smell of a book isn't really the smell of the book. It's the smell of being loved by everyone who came before. And maybe that's what aging is. Maybe a thing isn't old when it's old. It's old when enough other things have touched it kindly.「本のほこりが、半分はインクで、半分はページをめくった人たちなら、本の匂いは本そのものの匂いじゃない。前に来たすべての人に愛された、その匂いなんです。古くなるって、たぶんそういうことで。ものは、古いから古いんじゃない。十分な数のものに、やさしく触れられたとき、古くなるんだ」
言い終えた。文は、意図していた場所で終わった。
……
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ペネロペは首を傾げた。ゆっくりと。何かに近づき、よりよい角度で受け取ろうとする猫の、あの傾げ方。
僕は思った。考えている。よし。
それから彼女は口を開いた。そして出てきたのは、これだった。
I'm so sorry, darling. I haven't caught a word of that. Could you try in English?「ごめんなさいね、あなた。一言も聞き取れなかったの。英語で言ってみてくれる?」
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次に何が起きたかは正確に書いておきたい。なぜなら、それは僕の記憶には前例がないからだ。
すべてが止まった。
比喩ではない。猫の内部で常に動いている各種処理、危険評価、周辺温度、雨を監視する低い領域が、同時にゼロになったという意味だ。僕の耳は、その後二度と再現できていない角度になった。ふだんなら独立した生を営んでいるひげは、僕への報告をやめた。数秒間、僕は現在実行中のソフトウェアが一つもない猫だった。
彼女は何かを言った。温かく言った。個々の単語はすべて聞き取れた。それらが一つの文として組み立てられると、僕の中には分類できる棚が一つもなかった。
英語で言ってみて、と頼まれた。
英語で言われた。
僕は一生ずっと日本で暮らしている。
使える返事は一つしかなかった。
MEOW!?
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それは、これまで訪れたことのない音域で出た。高い。端が少し破れている。意味としては、現在の状況に対する枠組みが完全に消失したため、至急説明を求めています、という英語だった。
ペネロペは銅色の目を閉じた。まさに正しい答えを受け取った猫の表情だった。
Much better, do go on.「ずっといいわ、続けて」と彼女は言った。
僕は続けなかった。代わりに顔で続けた。顔はいくつかの状態を順番に通過した。
彼女は片目を開けた。辛抱強い。そこに悪意は少しもない。一つの場所に長くいて、不意をつくものはもう少なくなったのに、それでもそういうものに本物の温かさを持てる生きものの、やさしさだった。
I was raised in Bristol, dear. The owner brought me over as a kitten. I'm fluent in both, but I keep English for the difficult thoughts. Japanese is for weather and small talk. Yours was a difficult thought. I wanted to hear it properly.「私はブリストルで育ったの、あなた。飼い主が子猫の私を連れてきてね。どちらも話せるけれど、難しい考えごとには英語をとっておくの。日本語は天気と世間話のため。あなたのは、難しい考えごとだった。ちゃんと聞きたかったのよ」、と彼女は言った。
僕はそれと一緒に座った。
ランプがかすかに鳴った。午後が動くにつれて、金色の光が棚の上を半センチ進んだ。下の階のどこかで、扉が静かに閉まった。店はいつものやり方で、すべてを抱えていた。
僕は思った。彼女には難しい考えのための言語がある。そしてそれ以外のための、別の言語がある。しかも彼女は毎回悩まなくても、どちらがどちらなのかわかっている。
僕には一つしかない。それが何のための言語なのかを、決める必要が一度もなかった。
この年齢になって、自分が一生考えてきた一つの言語が、実は選択肢だったのだと知るのは奇妙なことだ。選んでいると気づかなかっただけで。なぜなら選択肢は一つしかなく、一つしかない選択肢は選択肢がないのと同じで、選んだことがないのと同じだからだ。ペネロペは選ぶ。難しい考えを一つ一つ持ち上げて、どの部屋へ運ぶか決める。僕は自分の考えを全部同じ部屋にしまって、それを世界と呼んでいた。
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僕は自分を取り戻した。少し時間がかかった。ペネロペは目を半分閉じて待っていた。物事が勝手に並ぶのを長く許してきて、たいていはそれでうまくいくと知っている者の、たやすい辛抱強さで。
僕は口を開けた。
I... と僕は言った。それから、どの言語であってもまだ僕に属している部分を見つけた。...was saying. About the smell. About being loved.「……言っていたんです。匂いのこと。愛されることについて」
彼女は聞いた。二つの言語が僕らのあいだの空気にあった。店はそれらを区別せずに抱えた。古い紙が物を抱えるように。文字と、文字の記憶と、その文字を一生のどこかへ運んだ者の記憶が同時にあり、どれも薄まらない。
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金色が棚から離れ、ランプが引き受け、部屋が借りてきた光から自分自身の光へ移るころ、僕は店を出た。外の路地は涼しく、角の銀杏はまだ同じ、不可能なくらいの黄色だった。ただし今は、夕方と一緒にではなく、夕方を相手にしてその色を保っていた。
I keep English for the difficult thoughts.「難しい考えごとには、英語をとっておくの」
僕はそれを持って帰った。別の音域を持つとはどういうことか。何かを表す別の言葉だけではなく、普通の言葉では場所が足りない考えのために取っておかれた、別の容器を持つとは。自分にも、知らないだけでそういうものがあるのか。誰にでもあるのか。ただそれは別の気分として、別の時間帯として、頭の中の考えを聞こえる場所へ運ぼうとするときに向く別の方角として現れるだけなのか。
銀杏の葉が前足についていた。家から一ブロック手前で気づいた。扇の形で、すっかり金色で、まだ乾ききっていない。僕はそれをつけたまま最後の一区画を歩き、振り落とさなかった。
振り落としていないことに気づいた。そして、それでも振り落とさなかった。季節は季節のすることをしていた。木は言うべきことを言った。どうやら僕は、まだその一部を運んでいた。
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