第五十三話:ローリーの神業
ローリーはレールガンにかけた迷彩柄の布が風ではためくのを見ながら、レイラに話しかけた。
「お前はコイツをブッ放したことあったっけ?」
「はい、一度だけ」
「まあでも…どんなに遠くても狙ったとこに当たるってのが凄いよな」
「そうですね、風の影響なんてほとんど関係ない」
「カイルが言うには人の目では見えない距離の敵を狙うもんだってよ」
「こっちが見えてねーのにどうやって狙うんだろうな?」
そう言ってローリーは笑った。
と同時に、西の海を見て目を細めた。
首から下げた双眼鏡で海を見渡す。
「きやがったな…」
「総員配置につけ!」
部下に指示を出すと、誰よりも早く狙撃態勢を取った。
狙撃態勢のまま、指示を出す。
「距離800メートルまで引き付けろ」
「訓練じゃねーぞ、実戦だからな!」
「船体に穴を開けて沈没させろ!」
「人間には当てるなよ!」
ローリーは地面に体を密着させた。
冷たい草の感触が胸板を通して心臓の鼓動を鎮めていく。
バイポッドを地面の僅かな窪みに噛ませ、銃床のチークピースに頬を押し当てる。
カイルがミリ単位で調整したこの銃は、もはやローリーの肉体の一部だった。
彼の視線は、スコープという「もう一つの眼」を通じて、800メートル先の海面へと延長される。
10倍率のスコープの中では、空気の揺らぎさえも情報になる。
ローリーの眼は、海面を滑る陽炎の揺れから「風の層」を読み取った。
標的の船が波に揺れる。
普通ならその揺れに視界が酔うはずだが、ローリーの視神経はターゲットの船体の揺れを「静止画」のように補正して捉える。
十字線の中心が吸い付くように一点に固定された。
指先に伝わる、心臓のドクンという拍動。
それがスコープの中の十字線を、数ミリだけ上下に跳ねさせる。
ローリーはゆっくりと息を吐き出し、肺の中の空気を「ゼロ」にした。
次の拍動が来るまでの、わずか0.5秒の『空白』。
指が「純正品」特有の、遊びのないトリガーに触れる。
カイルが磨き抜いた機関部は、まるで薄いガラスを割り落とすような繊細さだ。
「距離820、風速2メートル、左から右へ……。」
ローリーはレティクルの中心を、標的の頭一つ分左やや上にずらす。
重力が弾丸を落とし、風がそれを流す。
その「未来の軌跡」が、ローリーの脳内では一本の光る糸のように見えていた。
衝撃波が地面を叩き、ローリーの肩を力強く押し戻した。
直後、薬室から吐き出された空薬莢が飛ぶ。
ローリーは既に次の『一発』をボルトハンドルに手をかけ、薬室に送り込んでいた。
先頭の船に命中していた。
ローリーは正確に二発目、三発目を撃ち込んでいく。
5隻の船の陣形が崩れる。
「沈まねえな…」
ローリーは呟いた。
先頭の船が「浸水するように」弾を撃ち込んだのに沈まない。
これは、「魔法で」沈まないようにしているものと思われた。
魔法を使える者が乗っているとしたら、魔法でシールドを張っているはずだ。
油断して張っていなかったとしても、最初の被弾で慌てて張ったはずだ。
それでも、被弾した。
魔封石の弾丸なのでシールドは意味を成さない。
「向こうは慌てているのか?」
「想定の範囲内なのか?」
5隻の船の陣形は崩れたまま、右往左往している。
「大人しく帰ってくれりゃいいんだが…」
「帰りたくさせるか…」
ローリーは立ち上がり、横にいるレイラに声をかけた。
「レイラ、レールガンを用意しろ、お前に撃たせてやるよ」
「え?本当ですか?」
レイラの目は爛々と輝いている。
レイラは素早く小型レールガンを覆っている布を外した。
「分かってるとは思うけどな…」
「当てるなよ」
「ええ…先頭の船、沈めようと思ったのに…」
「ダメだ」
「ちぇっ」
一応、言っといて良かった…とローリーは思った。
「ヤツラの船と船の間、海に着弾させろ」
「はい」
レイラは素早く照準を合わせ、発射姿勢を取った。
ローリーは5隻の船の陣形を見ていた。
被弾した船に、他の船が助けようと近づいているように見えた。
船と船の距離が近すぎる。
「レイラ、もうちょっと待て」
というローリーの声と同時に、レイラは発射トリガーを引いていた。
ドシュッ!!!という咆哮音と同時に、音速の金属塊が海面に激突した。
近距離からマッハ7で射出された金属塊が海面に激突した瞬間、水が圧縮され、まるで爆発したかのように巨大な「水の壁」がそそり立つ。
ドオオオオオオオオオオンン!!!!
弾丸が通過した軌道上の空気が弾け、遅れてやってくる衝撃波が、五隻の船を木の葉のように翻弄する。
水煙が海面に落ちていき、5隻の船がなんとか海面に浮かんでいるのが見え始めた。
レイラは二発目の装填を終えて既にトリガーに指をかけている。
「おいおい、二発目はまだ撃つなよ」
「これで大人しく帰ってくれりゃいいんだから」
ローリーはレイラを制した。
「帰らなかったらもう、当てていいですよね?」
レイラは満面の笑みでローリーの方へ顔を向けた。
怖いなこの女…。
レイラに狙われていることを察知したのか、5隻の船は退却行動を取り始めた。
「当てなかったらいいですよね?」
レイラの言葉の意味が一瞬、理解出来なかったローリーが振り返った瞬間、5隻の船の後ろに再び、巨大な水柱が立っていた。




