第五十一話:スキーンズの思惑と西の影
大統領執務室での会議が終わり、グレースだけそこに残った。
スキーンズは、しばらく窓の外を眺めていたが、おもむろに口を開いた。
「なぜ自分が?と思っているのかね?」
グレースは言葉を詰まらせた。
拳を膝の上でギュッと握っている。
「30年前、私とキミは共に戦った」
「私は既に軍人だったが、キミはまだ少女だった」
「キミの想いは、理解しているつもりだ」
「年端もいかない少女が、帝国軍を滅ぼした大魔法使いと対峙したのだからな」
「死の恐怖を感じながら、でもキミはプホルスを制圧した」
スキーンズは一度言葉を切り、グレースへ優しい視線を向けた。
「しかし、だからこそ、キミが大陸を見極める必要があるのだ」
「カイルは神の目は持っているが、技術屋としての『利』を主に見ている」
「エドガー殿は優れた技術者だが、かつての仲間、そして実の弟への『情』がある」
「そしてノーラン殿は、良かれ悪しかれ、楽観的な性格だ」
「外交とは難しい、騙されてはならん」
スキーンズは一歩、グレースへ歩み寄った。
「大陸には旧帝国の傲慢な思想を持つ者が生き残っている可能性もある」
「そもそも、プホルスが率いる魔法使い軍団は本当に信用に値するのか?」
「特使団が『資源』や『友情』に目を奪われている時、誰が冷徹に『敵意』を見抜ける? 」
「誰が最悪の事態を想定して、私の代わりに『NO』を突きつけられる?」
スキーンズの声が、一段と低く重くなる。
「君のその『疑い』と、三十年経っても消えぬ『怒り』こそが、この特使団における最強の安全装置だ」
「大陸を信じていない君の目こそが、私の目となるのだよ、グレース」
「これは君にしか務まらん役目だ」
グレースはじっと自分の拳を見つめていたが、やがて深く、重い溜息をついた。
「人使いが荒すぎますよ、大統領」
「ああ、自覚はある」
スキーンズは再び「ニヤリ」と笑った。
大陸とロサーナ王国から西に300kmほど離れた西の国、クローンワース帝国。
西の国の王宮は、静かだった。
謁見の間には、国王であるクロンワース三世とマチャドの二人だけがいた。
マチャドは、カウフマン帝国の特使としてクローンワース帝国を訪れていたため、プホルスの難を逃れていた。
マチャドは膝をついていた。
「陛下のご厚情に、深く感謝申し上げます」
クローンワース三世は玉座に深く座り、マチャドを見下ろしていた。
「プホルスは、このまま大陸の覇者になるつもりであろう?」
「はい、そうに違いありません」
「それは我が国にとっても、好ましくないことだな」
「おっしゃる通りです」
クローンワース三世は静かに手を叩いた。
扉が開いた。
足音もなく、人影が現れた。
背が低く、細身だった。
顔には深いフードがかかっていて、表情が見えない。
ただ、その存在感だけが異様だった。
この世の者とは思えない、絵画に描かれる死神そのものに見えた。
マチャドは思わず息を呑んだ。
「ディアス、プホルスを頼む」
「ロサーナにも探りを入れろ」
クローンワース三世が静かに言った。
ディアスは何も言わなかった。
ただ、ゆっくりと頷いた。
謁見の間に、冷たい空気が流れた。
マチャドは永年の付き合いのある西の国の王宮に潜伏していた。
帰る場所も、親族も全て失った。
カウフマン帝国は、もう存在しない。
マチャドは復讐の鬼と化していた。
プホルスを倒して、カウフマン帝国の再興を成し遂げたい。
ロジャーズ帝国も存在しない今、自分が大陸の支配者になる絶好のチャンスでもあった。
クローンワース帝国としてもカウフマン帝国は「良き取引先」だった。
カウフマン帝国で捕らえられた罪人を奴隷として「買う」ことで、自国民を危険を伴う重労働から解放していた。
クローンワース帝国はマチャドを立てて大陸の奴隷利権を確保しておきたいはずだ。
クローンワースのチカラを利用し、プホルスを倒し、大陸を手に入れる。
そのためには手段は選ばない。




