第三話:師団長との邂逅
カイルとタティスは5本の穂先を完成させた。
普段、工房で作っている穂先とは明らかに違う輝きを放っていた。
タティスは工房の主であるカイルの父親、ノーランにそれを見せた。
「ノーラン、コイツを見てくれ」
ノーランは、カイルが作った穂先を見て驚いた。
言葉が出てこなかった。
見ただけで分かる。
これは「本物」だ。
タティスはゆっくりと、噛みしめる様に言った。
「カイルは天才だ」
「お前の息子だ」
「誇っていいぞ」
「俺まで誇りたいくらいだ」
タティスはタバコに火を点けながら目を細めた。
「でも、コイツを作るには凄く手間がかかる」
「高く売らないと合わないけどな」
タティスは笑いながら煙を吐いた。
ロサーナ王室騎士団の第二師団長、スキーンズは北部勤務を終え、宮殿への帰還の途中だった。
ロサーナ王国は大陸から突き出た大きな岬の様な地形で、大国との陸の接点は北部の森林地帯であり、国防の要諦はそこにあった。
兵士は師団単位で交代で北部を守っており、半年毎に宮殿に戻って来る。
スキーンズ師団長は部下達を従え、馬に乗って長旅から帰って来たところだった。
故郷の市街地に入って来たところで、どこからか金属音が聞こえてくる。
「槍を交えている音か?」
「まさか戦ではないだろうしな…訓練か?」
スキーンズは音のする方へ向かった。
槍の穂先を作る工房が見えてきた。
音はその工房の裏手から聞こえてくる。
カイルとタティスは槍の本体に鋼の穂先と、普段工房で作っているナマクラの穂先をそれぞれ取り付け、耐久テストをしていた。
カイルの操る鋼の穂先はタティスのナマクラの穂先を簡単にへし折っていた。
「タティスさーん!今何本目?」
「今、20本目だ、そっちはどうだ?」
「全く刃こぼれしてないよ」
「こっちはすぐ折れるな、流石ナマクラだ」
スキーンズはその様子をずっと見ていた。
あの少年が操っているあの槍はなんだ?
あんな青白い光を放つ穂先は見た事が無いな…。
スキーンズの部下、コービンが近付いて来た。
「スキーンズ様、何をご覧になっているのです?」
「コービン、あれをみてみろ」
「はぁ…」
コービンはカイルとタティスの槍試合を見守った。
ちょうど、21本目の槍の穂先が折れたところだった。
タティスは言った。
「キリが無いな、全く歯が立たんぞ」
タティスは22本目の槍の穂先を手に取り、器用に槍に取り付けていく。
カイルは槍をクルクルっと回し、軽々と槍を操っている。
スキーンズが2人に近付いていく。
「すまんが、その槍を見せてくれんか」
スキーンズは2人に話しかけた。
カイルとタティスは顔を見合わせた。
タティスは小さな声で、「師団長様だぞ、失礼の無いように気をつけろ」と声を発した。
近付いて来たスキーンズに、カイルは槍を手渡した。
スキーンズは槍の穂先をじーっと見つめ、角度をいろいろ変えて観察している。
やがて、槍を構えた。
そして、クルクルっと回し、ビュッ、ビュッ、と実戦の槍の取り回しを始めた。
ひとしきり槍を振り回すと、「軽いな」と、ひと言言った。
そして、タティスに向かってこう言った。
「さっきの様に、私と槍を交えてくれ」
タティスはナマクラの槍を構えた。
タティスはビュッと槍を師団長に向けて突き出す。
スキーンズは視認が難しいほどの速度で鋼の槍をタティスの槍にぶつけた。
「キーン!」
という金属音を発してナマクラの槍の穂先は折れ、先端部が近くの地面に突き刺さる。
スキーンズは鋼の槍を再び観察する。
刃こぼれひとつしていない。
「ほぅ…」
スキーンズは感嘆の声を漏らした。
「ふぅむ…」
スキーンズは何か考え事をしていた。
そして、コービンにこう命令した。
「我が師団の第一槍部隊を5名、ここに呼んでくれ」
コービンは「ハッ!」と返答と敬礼をし、走って行進中の師団に戻っていく。
暫くしてロサーナ王室騎士団の第二師団、槍部隊の精鋭が5名やってきた。
その5名はスキーンズが持っている槍を見た瞬間、「師団長、その槍は…」と、口々に声を上げたり、顔を見合わせたり、無言で槍の穂先を食い入る様に見つめている。
スキーンズはニヤリと笑った。
「さすが我が師団の精鋭達だな」
「この槍の違いがわかるか」
そして、精鋭5人の内のひとりに、その槍を手渡した。
その男は第二師団の槍部隊の中でも一番の槍の使い手「ローリー」だった。
ローリーは、刃こぼれひとつせず艶々と青白く光る槍の穂先を見つめていた。
スキーンズは他の槍部隊4名に声をかけた。
「ローリー対他の4名で交戦訓練だ」
「他の4名はローリーを同時に攻撃しろ」
槍部隊4名はサッと陣形を取り、中央のローリーを取り囲む様に槍を構えた。
ローリーはクルクルっと槍を振り回しながら「軽いな…」と感じていた。
スキーンズは声を発した。
「始めっ!!!」
4名は同時にローリーに向け槍を突き出す。
「キーン!!!」という金属音が4回聞こえた。
目にも止まらない、というのはこの事だろう。
タティスは目を丸くしていた。
「槍の動きが全く見えなかったぜ…」
「あれがローリーの槍か…」
折れた穂先は全てローリーの足元に転がっている。
スキーンズは満足そうな笑みを浮かべていた。
そして、槍部隊にこう声をかけた。
「折れた槍の穂先を見てみろ」
槍部隊は各々の折れた槍の穂先の断面をあらゆる角度から興味深げに観察している。
「師団長殿!綺麗に真っ二つ、であります!」
スキーンズ師団長はタティスに話しかけた。
「この槍の穂先はこの工房で作っているのか?」
タティスはいえいえ、というジェスチャーを交えながら、こう答えた。
「ウチの工房はこの、折れた方の穂先を作ってるんでさぁ」
「バルカス商会から買ってる粗悪品の材料だと、あのナマクラしか作れません」
スキーンズは少し眉をひそめた。
「我が師団の槍もナマクラか?」
タティスは慌てて
「いやいや、ウチがバルカス商会に納めてる槍の穂先の話ですよ」と取り繕った。
スキーンズはこう言葉を継いだ。
「では、この青白く光る穂先はどこで手に入れたのだ?」
タティスはこう答えた。
「これはあそこにいる、この工房の息子が作ったモノです」
「まだ試作品で、5本しかありません」
「作るのにすごく手間ひまがかかるので、やっと5本作り終えたところです」
「今、どれくらいの強度があるのかウチのナマクラ穂先を使って試していたんですよ」
スキーンズはこうため息をついた。
「この槍に比べたら他は全てナマクラだ」
そして、コービンに聞いた。
「我が師団の槍の穂先はどこから買っているのだ?」
コービンはこう答えた。
「我が師団はターナー商会ですね」
「よその師団、特に後方支援部隊はバルカス商会から購入している様です」
「他の商会より安く納めるからと王室に売り込んで来ている業者ですね」
スキーンズ師団長はため息をついた。
「戦場で、戦士の命に関わる兵器を安いからと粗悪品を使わせているのか」
コービンは答えた。
「我が師団は王宮での武器入札の際に必ず試技をして、私が最も品質の良いモノを選んでいます」
「ターナー商会はバルカス商会より割高ですが、品質は遥かに良かったのです」
「あの少年の槍の穂先には全く敵いませんでしたけどね」
コービンも感心した様子でカイルの方を見ていた。
スキーンズ師団長はあごひげを触りながら、考え事をしていた。
そして、カイルの方を向き、こう言った。
「少年、名は何という?」
「カイルです」
「この槍の穂先はどうやって作った?」
「質の良い鉄を鍛造して作りました」
「この鉄で剣や他の武器も作れるのか?」
「もちろんです」
「では、剣を1本、作ってくれんか?」
「剣は材料も時間もたくさん要りますね」
「それに、技術的にも簡単には作れません」
「もちろんタダとは言わんし、待つぞ」
「では、金貨3枚と、3週間ください」
金貨3枚は、最高級の剣の20本分くらいの金額だった。
ノーラン武器工房で作っている槍の穂先の納品金額で言えば約3ヶ月分だ。
スキーンズ師団長は一瞬目を見開いたが、すぐに元の落ち着いた表情に戻った。
「いいだろう」
そして、すぐにコービンに命じた。
「金貨を3枚、ここに持ってこい」
そして、カイルの目を見ながら、金貨をカイルの手に握らせた。
「では、3週間後に、また来る」
「楽しみに、待っているぞ」
「期待通りのモノを見せてくれ」
スキーンズ師団長と兵隊達が立ち去り、見えなくなってから、タティスはカイルに話しかけた。
「お前が金貨3枚、と言い出したのは驚いた…」
「心臓が喉から出そうになったぞ…」
タティスはその場にヘナヘナと座り込んだ。
カイルは涼しい顔をしていた。
「タティスさん、この槍の穂先、そしてこれから作る剣は他のモノとは全く違う」
「今までの単価で比較される方がおかしいよ」
「金貨3枚でも安いくらいだ」
「他の連中は逆立ちしたって真似出来ないレベルの精度と強度だからね」
「まあ、これからみんな分かってくれるさ」
タティスはへたり込んだまま情けない声を出した。
「あの師団長様に認められて良かったよ…」
スキーンズ師団長一行が去って暫くした頃、バルカス商会の経営者、バルカスがノーラン武器工房にやってきた。
目つきの悪い部下を二人、引き連れていた。
「ノーラン、前回の納品分でまた二割五分も不良品があったぞ、相変わらずだな」
「かつてロサーナいちの鍛冶屋と呼ばれたお前も腕が落ちたな」
ノーランは無言でバルカスの言葉を聞いていた。
「不良品の分は引いてあるからな」
そう言いながら、銀貨の入った小さな麻袋をノーランの机の上に置いた。
ノーランは、ひとことも返さず、バルカスを冷めた目で見ていた。
「なんだ、その態度は…」
バルカスはノーランに詰め寄ろうとしたが、腕組みをしたノーランの腕の太さに怖気づいた。
チッ…と舌打ちをして、バルカスは去って行った。
カイルはスキーンズ師団長から受け取った金貨3枚全てをノーランに渡した。
その代わり、タティスを槍の穂先を作る仕事から外し、自分といっしょにスキーンズ師団長に依頼された剣を作る仕事に専念させて欲しいと頼んだ。
ノーランはコトの顛末をタティスから聞いていた。
ノーランの机の上には、カイルの書いたバルカス商会との取引の矛盾点や薄利の構造、取引を続けてもメリットは無いという「レポート」が置いてあった。
「親愛なるお父さんへ」
「時間のある時にゆっくり読んでね」
というメモが添えてあった。
御覧頂いた皆様に心より御礼申し上げます。
初回投稿から毎日投稿を続けておりますが、最終話まで毎日投稿で走り切るつもりです。
常時、原稿ストックを40本以上キープして公開を続けます。
「エタりません、完結までは。」
最終話までお付き合い頂けましたら幸いです。




