その17
「剣さん!」
玲香は、賢児が“風馬”と呼んだ男性の顔を見て叫んだ。
「やっぱりおまえが剣だったってことか」賢児が彼を見つめる。
「やっぱり?」
「雀のお宿に残ってた、紗由の掌の絵だよ。サインがしてあったのを玲香が見つけた」
「…天馬ペガサスの弟、という意味ですよね」玲香が確認する。
「よく気がつきましたね。…まあそれなら話が早い」
「何でそんなことしてたんだ。日本に戻ってたなら、伯母さんたちのところへ帰ってやればいいだろ。天馬が…」
“亡くなったのに”と言い掛けて、賢児は口をつぐんだ。それは、自分が告げるべきことではないように思えたからだ。
「知ってるだろ? 僕がかあさんに勘当されたのは」
「それは…」
「そして、僕も知っている。天馬が旅立ったこと」
風馬の言葉に、賢児が驚いて彼を見ると、風馬はくすりと笑った。
「感じるよ、誰より。力以前に、俺たちは双子だ。だから一度戻って来た」
「いつ? 天馬の葬式にだって顔出さなかったじゃないか」
「寺には行ったさ。それに事故の直後、病院にも行った」
「風馬、そんなこと言っても、賢ちゃんにはわからないわ」話に割り込む華織。「つまりね、周子さんに何かが起きているのは気づいていると思うけど…原因は風馬なの」
「周子さんに何か伝授されたんですね。どうしてですか?」玲香が聞く。
「自分でも正直わからない。思わずしていたと、いうのが正解かな。
周子さんは、龍を命がけで守ってくれた。彼女なら、これから先も龍を守ってくれるだろうと思って、そのために力の幾ばくかを…と思ったのかもしれない」うつむく風馬。
「でも、龍くんの力に反応できるようにとしたつもりが、周子さんは龍くんにではなく、羽龍の水晶を通じて紗由ちゃんに反応した…ということですか」
「そういうことよ、玲香さん」微笑む華織。「でも、私は最近まで、それをしたのは亡くなる間際の天馬だと思っていたの。それくらい“命”の力でわかるだろうと思うかもしれないけど、この力、実はいろいろ制約もあってね、禁忌日には使えなかったり、過去のことを読むのは禁じられてったり…。でも、周子さんのことはすぐに調整しようと思ってたんだけど…」
「様子が少し違ってきてしまったんだよ」躍太郎が言う。「遠隔で解除…周子さんの状態を調整しようとしたときに、簡単にはできなかったんだ。それで華織は気がついた。それを伝授した人間が、それなりの力の持ち主で、その人物は、まだ生きていることにね」
「だから風馬だと…。でも…伯母さんは、天馬が、その…生きてるって思ってたんじゃ…」申し訳なさそうに聞く賢児。
「賢ちゃん。私を誰だと思ってるの?」
「え?」
「わかってたわ。天馬がこの世から消えたこと。…その兆候を受け取ったとき…正確には、私はその事実を受け止めきれずに眠りに落ちた。そのとき天馬は別れを告げに来たわ」
「じゃあ、どうして、天馬が生きてるって言い張ってたの?」
「僕のせいなんだよ、賢児。天馬がいなかったら、僕が“命”を継ぐことになってしまう。
…ああ、こういう言い方じゃ、わかりづらいな。本来、機関が選んだ継承者は僕だった。かあさんは、そのつもりで僕を育てたし、僕もそう思っていた。
でも、途中で天馬が、自分がやると言い出したんだ。力で遜色は無かったはずだし、長男だし、そのほうが自然だったんだろうけど、“あの子”が承知しなかったんだよ。
天馬は自分を認めさせようと、いろんな場面で自己主張を始めた。結果としては、それが逆効果で、よけいに彼を狂わせた。事故だって、元はと言えば…いや…」口ごもる風馬。
一瞬、風馬の視線が龍に向いたのを見逃さなかった玲香は、その事故の裏にある何かを、龍に聞かせたくないのだと感じた。
「“あの子”というのは、“命”様の腕にあるブレスレットですか?」話題をそらす玲香。
「いや、天珠です。ブレスは決定権を持っていません」風馬が玲香の目を見て答える。「天珠が天馬を拒否した時点で、彼は“命”にはなれなくなったんです。でも、僕が“命”になるのも、家の中がぐちゃぐちゃになりそうで憚られた。だから消えることにしたんです」
「ケンカして勘当されたっていうのは嘘だったんだな」
「ああ。かあさんは別れ際に、羽龍にもまさる“命”の証、天珠とブレスを僕に渡した。
だから、喧嘩をしたのは僕とじゃなくて、いわば機関となんだ。僕が“命”にならないように、僕に行方をくらまさせた。大胆だろ?」
華織のほうを見ながら笑う風馬。
「伯母さんが無鉄砲なのは昔からだけど…いや、だったら、天馬が亡くなったときに何で家に戻らなかったんだよ。伯母さんたちの傍にいてやるべきじゃなかったのか」
「そうだな。でも、その時は、それこそ“命”をやりたくなかった。このシステムさえなければ、僕たちは天馬を失わずに…僕と天馬は普通の兄弟でいられたはずだ。僕は、自分の力を、自分なりのやり方で活かしたいと考えた」
「それでヒーリングアートの作家になられたんですね」玲香が言う。
「そうです。あの時は本気で西園寺家とは決別しようと思った。だけど逆に、天馬の弟だということは忘れてはならないとも思った。彼の人生を狂わせたのは僕だろうから」
「だから、クリュサオルを名乗ったんだな」
賢児が切なげに風馬を見つめると、風馬は賢児に笑顔を返した。
「本当におまえは昔から優しい子だよなあ」
一同が一瞬黙り込む。
賢児の悲しげな顔と、部屋を包む沈黙に耐え切れなくなった玲香が、思い切って口を開いた。
「あの、それで結局、風馬さんがお戻りになったのは、ご自分が伝授された周子さんの状態を元に戻すためなんですか?
周子さんが羽龍の水晶に反応すると、何かまずいことでもあるんですか?
まずいなら、なぜもっと早くにお戻りにならなかったんですか?」
「玲香さんの頭の中は疑問だらけですね」
「す、すみません…」
「周子さんが反応すること自体はいいんです。本来、もっと早く反応してもおかしくなかったし。でも困ったのは、紗由の側が周子さんの反応にさらに反応して、力がどんどん増して行ったことでした。そのままだと今度は紗由が機関からご指名を受ける。
そもそも、龍が指名されたときに、かあさんがそれを退けたのは、まずは僕が継ぐべきだと思っていたからです。龍の継承を延期してもらって、紗由が代わりになるのでは意味がない。
保叔父さんも、紗由が継ぐのを絶対に阻止すると言ってきかなかった。それなら自分がやると」
「でもね、保ちゃんがやるのは絶対に困るの。彼はこの国のまつりごとに必要な人よ。最近は壱の命の質が落ちてて、機関はそんなこともわからないのよ」腹立たしげに言う華織。
「ですから、周子さんの状態は元に戻す必要があったんです。紗由と反応してしまう限りは。
…ところがかあさんは、それなりの手順を踏めばそれができたはずなのに、周子さんの力には触れず、逆に紗由の力を大きくしたんです」
「紗由ちゃんを?」
びっくりする玲香。龍も驚いて風馬を見つめる。
「どうして、そんなことしたんですか?…」
「僕を呼び戻すためです。…異常が起きていて、事態が悪化しているとなれば、僕が戻るだろうと踏んだから」
「それに華織は、最初に紗由の件で伊勢に行く、ちょっと前から、宿の周辺に異変が起きているのを受け取ったんだよ。彼女が再就任する前に、黒亀を復興させる前に、それらもいろいろと片付けておく必要があった」躍太郎が言う。
「それは関根さんの縞猫と、雀のお宿のことですね」
「そうだよ。特に縞猫の天珠が怒っているのを感じたらしい。その怒りを鎮めて、宿全部の状態を何とかしないといけなかった」
「つまり、龍くんと翔太が参加した“宝探し”というのは、風馬さんを探して呼び戻すための布石で、華織さんの“命”再就任、黒亀亭の復興にもつながっていたんですね。宝探しの過程で翔太が関根さんと関わることも」
「ええ、そうよ。翔太くんには、思っていた以上に力を貸してもらったわ」華織が微笑む。「もっと言うなら、飛呂之さんが清流の気をきちんと守ってくれていたから、翔太くんは特別な童になるべくして生まれてきたんだわ」
「でも、父はあまり信心深いほうでは…」
「信心というのは、日々の生活を、人として正しいあり方で過ごし、感謝することです。その感謝の先にいるのは、神という名前でなくてもいいんです。
それに、飛呂之さんはちゃんと清流の天珠を守っていらした。“あの子”を預かりにうかがった時、驚いたわ。あまりにも穏やかで優しい光を放ってたから。玲香さんも、見たことあるんでしょう、清流の天珠」
「は、はい。幼い頃に一度だけ…でも、私にはそういうのが、わからないので…」
「あなたは十分わかってるわ」華織が微笑む。
「縞猫の天珠とは大違いだ。清流のは名前の通り、清らかな流れの中にある」風馬も言う。
「あ、そうだ…風馬叔父さん、僕からも聞いていい?」
「何だい、龍」
「翔太くんは、影童と関根さんの天珠を交換して、僕に渡してくれた。でも、翔太くんが持ってきたのは、西園寺家の天珠だった。関根さんの天珠は、誰かがおばあさまのところに届けたの?」
「僕が縞猫の天珠と自分の天珠を交換したんだ。そして、かあさんに届けた」
「何で? ただ、おばあさまに自分の天珠を持っていけば、二つの天珠はそろうのに」
「…縞猫のあの天珠は、禊屋の欲に対して、大層ご立腹だったからね。中途半端に開かれた状態の人間が触れるのは、かなり危ないんだ。翔太くんが触れたら、どうなるか…」
「翔太を守ってくださったんですね。ありがとうございます」玲香が頭を下げる。
「いや、結果としては必要なかったかもしれません。僕より、翔太くんのほうが扱いが上手だったかもしれない」くすりと笑う風馬。
「そうね。あの天珠は属性が女性だから、翔太くんのほうが、きっと卒なく扱えるわ」
「はいはい。僕は実の母親でさえ持て余すくらい、女性は苦手ですよ」
二人のやりとりに玲香が思わず微笑む。
「あ…すみません。それにしても風馬さんのお力って、すごいんですね。“命”様と離れていてもお互いに先々起こることがわかって、ジグソーパズルのピースを交互にはめ込んで行くみたいに行動してきたってことですよね」
「いや、どちらかと言うと、彼女が僕の描いた絵を強引に塗りつぶすんですよ。塗りなおすと、こっちの位置と行動意図が読まれる。その繰り返しです」
「ずいぶんと戦闘的なオセロですね」目を丸くする玲香。
「どちらかというと格闘技ですね。しかも全部が必殺技の」
風馬が答えると、言われた当の華織まで笑い出し、部屋はその場にいた皆の穏やかな笑いに包まれた。
* * *
「そんな昔から、つながってて、そんな先までつながってるのかって感じだよなあ…」
「50年も前、そして20年後って…想像しようもないですよね」
「伯父さんさ、俺が30になったら会社を譲るというのは言ってたんだよ、ずっと。自分には以前から考えていた、やりたいことがあるって。
でもそれが、宿の復興で、そのために様々なことが絡んでるとは思わなかった」
「最初に後継者として選ばれし人が、風馬さんだったというのも、びっくりです。だから封印の必要はなかったんですね」
「ソファーの下にあった、あの封印の水晶と写真、あの時点では、彼が勘当された人間だから、除外されているのかと思ってた」
「逆だったんですね。突き放したのではなく、守るためだった」
「でも、なんだかなあ…。他の人たちの、そういう、誰かを守りたい気持ちを、伯母さんはある意味利用したんだ。それって、ちょっとなあ…」
「…でも、人って、大切な人のために働きたがるものです。働く場を与えていただいて、ちょうどよかったとも言えますよ。翔太が一生懸命動いたのだって、結局、紗由ちゃんのことが好きだからですし」うふふと笑う玲香。
「伯父さんだって、伯母さんのために…ってことだしな。そうか。それでいいのかもな」
玲香を見つめながら賢児も笑った。
* * *
「あ、そうや。倒れてた木下はん、どーして、いななったんですか?」華織に尋ねる翔太。
「ああ、ごめん、ごめん。僕が運び出したんだよ、隠し部屋の掛け軸の裏から。…この先のことも心配しなくていい。
禊が済んだら、いつかきっと、彼女は禊屋よりも、いいヒーラーになるよ。そしていつか翔太くんに会いに来る。今度は誘拐じゃなくて、お礼を言いにね」風馬が答える。
「なら、ええです。元気になってくれるなら、ええです」
「彼女が元気になれるのは、翔太くん、あなたが夢を見ることで、未来の現実を半分変えたからよ」
「…ようわかりまへん」困った顔の翔太。
「翔太くんが夢に見た悪い部分は、君が夢に見たおかげで現実にならずに済んだものなんだ。
つまり君が、先に危ない夢として見ることで、現実のほうを安全にさせた」
「本来、それは“命”側の力だから、そこまでできるとは思ってなかったわ」
「僕は万が一に備えて待機していたんだけど、僕が介入する部分は最小限で済んだ」
「本当にありがとう。紗由のことを守ってくれて」
「違います。紗由ちゃんが“命”さまとお話して、それで助けてくれたんです。
…あの、それより、龍くん大丈夫ですやろか。元気なくなったいうか。部屋入ったきりです」
「大丈夫だよ。後で僕から話しておくから。いろいろと、ありがとう」
風馬は翔太の頭をふんわりと撫でた。
* * *
龍が震える声で言った。
「かあさまの“手術”…包みを取り除こうとしたときに抵抗を強めたのは、おばあさまだったんだね。翔太くんを遠ざけたのは、それに気づかれるかもしれないと思ったからなんだ」
「ええ、そうよ」
「僕が閉じられている時も、おばあさまは“使えた”んだね?」
「ええ…そうよ」
「風馬叔父さんに帰ってきてほしいから、僕を騙してたんだね」
「ええ…」そこまで言いかけると、華織の目から涙がこぼれた。「ごめんなさい…」
華織の涙と共に、彼女の気持ちが龍の中に流れ込んできた。
“失いたくないの。おまえまで失いたくない…”
龍は、心の中で振り上げていた怒りの拳を下ろした。
“おばあさま…すごく悲しんでる…そうか、僕は半分よりもっと、ほとんど閉じてたんだ。
だから、おばあさまが考えていたこと、かあさまと紗由のこと、よくわからなかったんだ。
…何で閉じたの?…そうか、縞猫の天珠に触れるだろうと思ったからだ…危ないから、僕のこと守ってくれたんだ…心配してくれてたのに…僕、おばあさまのこと怒っちゃった…どうしよう、おばあさま、涙が止まらない…どうしよう、僕のせいだ…”
「もういいよ…」龍は華織を抱きしめた。「泣かないで。おばあさま。わかったから、もう泣かないで…。おばあさま、大好きだから。本当に大好きだから…」
* * *
翌日は祭日だったので、翔太は玲香と一緒に賢児の家を訪れた。翔太は到着するなり、元気になった龍とヒソヒソ話を始める。
そして、二人の姿が消えたかと思うと、15分ほどして、トマルレッドの衣装を着た翔太が賢児と玲香を呼びに来た。
「玲ちゃん! 賢ちゃん! 部屋に来てえな! 皆でファッションショーや」
「おおっ。カッコいいじゃん、翔太」
「やだ、翔太ったら。かわいい。ふふ」
「ところで、ファッションショーってどういうことだよ?」
「龍くんと紗由ちゃんも着てるんや」
「あら。それは見に行かなくちゃ」
母屋のリビングには、サイオンゴールドの衣装を着た龍と、サイオンイエローの衣装を着た紗由がいた。
「いいじゃん! 二人とも可愛いぞ」
「あ。かいじんが来た!」部屋に入ってくる賢児を見て紗由が叫ぶ。
「違うよ、紗由。一応俺、サイオンレッドだから」
「…ふーん。かいじん、いつくるの?」
言われてみれば、紗由の言う通り、正義の味方しかいない。
「わかったよ。じゃあ、今だけ怪人やるから」
「それはあかん! サイオンジャーは、最後にレッドが決めるんや」
「あ、やっぱり。レッドは要だもんな、戦隊の。…で、決め技って何なの?」
「じゃあ、今から説明するから、よーく聞いてな。イエローはダイヤモンドビーム、ダイヤモンドをばらまくんや」
「ダイヤモンドは…きらきらした、きれいなのだ!」うれしそうな紗由。
「怪人がダイヤを拾おうとしてしゃがんだところに、レッドが後ろからそーっと近づいてな、怪人をぼっこぼこにするんじゃ!」
「う、後ろから?」
「そや。ダイヤ拾ってるところに前から行ったら、怪人怒るやろ」
「う、うん、まあ…」何となく納得のいかない賢児。
「ねえ、レッドの必殺技は何なの?」玲香が聞く。
「レッドの技か? そりゃあもう、セレブな技やで」ニヤリとほくそ笑む翔太。「札束パンチや」
「…もしかして、札束で怪人の頬を叩くとか?」
「ちゃう、ちゃう。ばらまくんや。で、怪人が、」
「拾おうとしてしゃがんだところに、後ろからそーっと近づいて、パンチして怪人をぼっこぼこにするんだな」諦めたように言う賢児。
「そや! 賢ちゃんはやっぱり飲み込み早いなあ」
「ちなみに、グリーンはどんな技なんだい?」夕べ出張先から帰国していた涼一が訪ねた。
「グリーンは科学者なので頭を使う技です」
「なるほど。レッドとはちょっと違うわけだね」
自慢げに賢児を一瞥する涼一を、苦々しい顔で見返す賢児。
「はい。まずは難しいご本を並べて結界を作って、その中に怪人を放り込みます」
「西洋科学史的には、魔術は科学の礎だったりもするからね。いい線、ついてるなあ」
「そんで動けなくなった怪人に向かって、グリーンは説教を始めます」
「せ、説教…?」
「説教されると、頭がいとうなって、よう立っていられんよう、なりますやろ。そこを!」
「うしろから、ぼっこぼこ!」紗由が楽しそうに叫ぶ。
「そや! さすがは紗由ちゃん、賢いなあ」途端にでれっとする翔太。
「さすが科学者は違うじゃない」うれしそうに笑う賢児。
「ちょっと、翔太。何か失礼じゃない。科学者設定なら、もっと他にあるでしょ」
「そうですよね」救いの手を差し伸べた玲香を感謝のまなざしで見つめる涼一。
「白衣で首を絞めるとか、ミサイル打ち込むとか」
「白衣で首て…二時間ドラマでもあらへんやろ。それに玲ちゃん、ミサイルって遠くに撃つもんちゃうのか?」
「うーん、じゃあスタンガンとか?」
「あ、あの、翔太くんがせっかく考えてくれているんだから、最初どおりでいいですよ、ははは」
よけいにしょぼくなっていく必殺技に耐えられなくなったのか、涼一はあきらめたように玲香に微笑んだ。
「ん、もう、翔太ったら、涼一さんに気を遣わせちゃったじゃないの」
口を尖らせる玲香に対して皆は心の中で思った。
“気を遣わせてるのはおまえだ”
「ねえ、翔太くん。オレンジはどんな感じなのかしら」周子も興味深げに聞く。
「オレンジはですな、ブランドもんの綺麗な洋服とバッグと靴で現れると、怪人がその美しさにふらふら~てなって、その場に倒れこむんです」
「えー、そこをレッドが後ろから近づいて、ぼっこぼこにします」淡々とつぶやく賢児。
「はい!」うれしそうに叫ぶ紗由。
「ねえ、僕は?」ワクワクした様子で聞く龍。
「ゴールドは、サイオンセイバーで怪人をめった切りや。レッドはいらんで!」
「かっこいいね!」
「セイバーは3段階に変化するんやで」
「でもレッドは、卑怯者の挙句に用なしなんだ…」賢児が悲しそうにうつむく。
「シルバーはどうなるのかしら?」
「シルバーは現れただけで、女の怪人はポーっとなって動けなくなるので、レッドが再び活躍します」
「…活躍するのに、何であんまりうれしくないんだろう」半分涙目の賢児。
「男の怪人の場合は、オレンジが担当します」
「あら、私けっこう活躍しちゃうのね」うれしそうな周子。
「かいじんはぁー?」不服そうに叫ぶ紗由。
「わかった! 俺が怪人なったる。紗由ちゃん、やっつけに来てええで!」
「うーん…」紗由はしばらく考え込んだ後、意を決したように翔太の前に一歩踏み出した。「あのひとは、わるいかがくしゃです! ちきゅーのめつぼーさせます!」
そう言って紗由が向き直り凝視した先には涼一がいた。
「確かにそういう設定多いよね、特撮って。すごいや、紗由」感心したように言う龍。
「賢児…世間の人たちは科学者を何だと思ってるんだ?」
「この場合は、マッドサイエンティストだよね」
「俺は真面目に研究してる!」
「かいじんが、もんくをいっています!」
「ほら、紗由が遊んでくれって言ってるぞ、兄貴」
「いやだ。ここで怪人をやったら、ずーっと、ずーっと、やらされるんだぞ」
「とうさまは、ずーっと紗由と遊ぶのが嫌なの?」龍が聞く。
「い、いや、そういうことじゃ…」
紗由は、口ごもる涼一をじっと見つめると、くるりと背中を向けた。
「さゆは、しょうたくんちの子どもになる」
「さゆちゃん! 俺の嫁さんになれば、自動的にうちの子やで! そう、しい」
「紗由、わかったよ。とうさまが怪人やるから、な」
諦めたように小さく溜め息をつくと、涼一は紗由を高く抱き上げ、左右に大きく揺らした。
小さい子供の頭は、あまり揺らしすぎてはいけない。絶妙なバランスで腰から下だけ揺らし続けるのは、かなりの高度な技だし、腕の力も使う。
「ほーら、地球は滅亡するぞー」
「きゃー、きゃー、めつぼー、きゃー!」
「もっと滅亡するぞー」今度は抱きかかえるようにして、くるくる回る涼一。
「めつぼー、もっとー!」
「あかんな。このままやと、地球は何度も滅亡や」二人の様子を見ながら翔太が呟いた。
そして、しばらくの間、地球は滅亡し続け、涼一の体力が尽きたところで、ようやく地球は滅亡から救われた。
「ちきゅうは、だいじょーぶ!」
「よ、よかったな…」
息も絶え絶えに答える涼一に、紗由がにっこり微笑んだ。
「おとうさま! ごむりなさらないでくださいね!」
「さ、紗由…」じんわりと涼一の目に涙が滲む。「いい子だな、紗由。お前は天使だ」
「とうさま。それ、かあさまの真似だよ。最近、じいじが風邪気味で、かあさまが心配してそう言ってるのを覚えたみたい。皆に言って回ってるんだ」龍が淡々と涼一に告げる。
「龍、お前、可愛い顔して、時折何気に悪魔だな…」別の意味で涙を滲ませる涼一。
紗由は、体力ばかりか気力も一瞬にして滅亡した涼一の腕から離れると、今度は賢児のところに駆けて行った。
「ちきゅうをすくったので、賢ちゃんにのぼります!」
「え…俺?」後ずさりする賢児。
「…のはやめて、おうまさんがくるので、おうまさんにのります!」
皆の視線が一斉にドアのほうに集まる。
「な、何?」
ドアを開けた風馬は、全員がこちらを見つめているので、驚いて声を上げた。
「紗由が遊んでほしいって」
涼一と賢児がにっこり笑った。
* * *
「僕も2人と一緒に黒亀へ行くよ」
「…そんなこと、十年以上前から知ってるわ」微笑む華織。
「そこは知らなかったふりをして涙ぐむのが、大人の女ってもんだよ、母さん」風馬も微笑む。
「私は少女のような華織が好きなんだがな」
「それは、それは。ごちそうさま」
「あと15年くらいは平和でいられるかな」躍太郎が部屋の外を見つめる。
「…いや、周子さんを元に戻しちゃったからね。事故のときの記憶ももうすぐ戻るだろう。それからどうなるかは…今は読みたくない」
風馬がつぶやくと、華織が言った。
「そうね。今は…いいわ。それよりあなた、筋肉痛なんでしょ。ほら、横になりなさい。マッサージしてあげるから。本当に世話が焼ける子なんだから」
「ああ、お願い。まったく紗由のやつ、容赦ないんだぜ」
「そうそう。紗由は悪いやつには容赦ないのよ。今も、これからずっと先も…」
一瞬の間の後、3人は静かに笑った。
* * *
弐ノ巻 終 続いて 参之巻その1へ




